仕事に行くのが憂鬱だ。毎日身体を動かす仕事は、身体にこたえる。しかも、たいして給料も良くない。この年齢にもなると、仕事を選んでいられる立場でもないが、いい加減まともな仕事を探したいと思っていた。

とある事情でまとまったお金が必要になった。どんな事情なのかは聞かないでほしい。割と重要な件なのだ。話すと長くなるのでここでは割愛する。さて、そのお金だ。まとまったお金など、今の俺にあるわけもなく、手当たり次第に金策に移る。まずは友人に借金の依頼だ。電話をかけまくるが、色よい返事はなかなかもらえない。「俺も金ないよ」「また今度な」「俺の方が貸してほしい」「そんなことより明日は握手会に行かなきゃないから忙しい」と、つれない返事が続く。電話帳リストの友人が次々と消えていく。金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったものだ。こんな歳になってもアイドルの握手会に行っている友人がいたことも驚きだけれど。そんな電話を繰り返しているうちに、一人だけまともな情報をくれた友人がいた。

「転職すれば祝い金がもらえる会社があるぞ」。そういう制度があることは聞いたことがある。転職できる挙げ句に祝い金という名のまとまったお金がもらえるなら願ったり叶ったりだ。その友人がいうには、知り合いが祝い金のもらえるタクシー会社に就職したのだという。「金は貸せないけれど、情報やったんだから金くれよ」と言い出す友人。「もう絶交だ」というセリフが出かけたがこらえた。

急いで入社祝い金が魅力のタクシー求人サイトを探す。何せ急ぎの用だ。早い方がいい。もらえるものなら何でもらおう。できることなら少しでも祝い金が高い方がいい。休みを丸一日使って調べた。今の俺は、日本で一番タクシー会社の求人に詳しいだろう。タクシーのことなら何でも聞いてくれ。まとまった金が手に入ったら適当に数日だけ仕事して辞めてしまえばいい。そうしてタクシー会社を渡り歩けば億万長者も夢じゃない。こんなことを思いついた俺は天才じゃないだろうか。

そんなこんなで、あるタクシー会社に就職することを決意した。けっこうな金額がもらえるようだ。とりあえず電話だ。電話の応対もいい感じだ。ところが「保証人を用意していただきます」という一言に絶句した。要は祝い金の持ち逃げを防ぐため、身元の保証が必要らしい。急にそんなこと言われても困る。求人の件は一度保留した。これでは祝い金ではない。ただの拘束だ。

冷静に考えたら、簡単に金が手に入る方法などあるわけもない。俺の億万長者計画は夢に消えた。