なぜだか幼いころの記憶が頭の片隅にずっと居て、
それは、父と行った中華料理屋さんで中華丼を食べた、という取り立てて何でもないこと。

記憶の中のお店は薄暗くて
油と埃がうっすらこびりついた壁は私を威圧してるみたいで。
父の姿がいつもより大きく頼もしくみえた。
なぜ中華丼を頼んだのかわからない。
ちゃんぽんでも、チャーハンでもなく。
でも、確かに中華丼は美味しかったし、私はその中華丼が好きだった。

どろっとした薄茶色の濃いあんの中で、いくつかの野菜やお肉と、きくらげの黒がせめぎ合っていて、大きなどんぶりにどすっと乗せられたそれは、普段食卓に並ぶ食べ物とは明らかに様子が違う。
なんの配慮や飾り気もなく、ただむさくるしくてすべてが濃い。
一瞬ひるむが、正面から立ちのぼる異質な迫力は、私を一人の人間として認めてくれているようで誇らしかった。

先日、十数年ぶりに一人でその店を訪れた。
ちょっとだけの緊張と高揚感と一緒に。

お店の外観は変わらない。
覚悟を決めてドアを開け、私は少し戸惑った。

明るい。

店内は改装されていて小ざっぱりと、すべてがコンパクトに収まっていた。
ただ壁のクリスマス飾りだけが所在なげに私を見つめている。

とりあえず空いている席についた。
クリスマス飾りを見ないようにして、そっとメニューを開く。
最初のページに、それは確かにあった。

よかった。
私はメニューを最後まで見てから「中華丼を下さい」と言った。
そうして待っている間にうっかりクリスマス飾りを見てしまった。

運ばれてきた中華丼。
それは、とても淡く優しい色をしていて、その中でそれぞれの具がおとなしくそこにいる。
私の中に二度目の戸惑いが寄ってきた。

一口食べてみる。

美味しい、確かに美味しい。
でも何か違う、何か違うよ。

きくらげの黒は見つからない。

私は心に湧いたノスタルジアに向かってつぶやく。
「記憶だけが濃度を増してくみたい。あの日の私を連れて。」

会計を済ませて外に出たら
なぜだかほっとした。