選択をするということ
選択をするということは、
何かを選ぶことで、いくつかの候補の中から決定して、その決定に責任を持つということ。
そして、その他の可能性を捨てるということ。
今まで僕自身も多くの選択をしてきたし、
誰もが一人一人、人生の中で多くのことを選んできたと思う。
あぁ、こっちを選んで良かったと、思える瞬間もきっとあると思う。
でも逆に、
選ばなかった可能性に思い馳せることもあるはず。
もしあのとき、ああしていれば。
もしあのとき、こうだったら。
後悔先に立たずとはよく言うけれど、
そう考えずにはいられないほどの選択をしてしまったときもきっとあったはずで。
いわゆる世の成功者の思考には、
前向き、ポジティブがあるらしく、
ダメだったらまた始めれば良い、
とパッと切り替えて、またチャレンジを出来てしまうような性質が共通しているという。
人間は現在とこれからしか生きられないから、
過去を嘆くよりも、今に目を向ける。
そんなこと、頭ではハッキリとわかる。
ポジティブが良いのはわかってる、理解できている、と思っていても、
気持ちはそうはなれなかったりする。
そんなふうになるには、習慣なのかはわからないけど、エネルギーが確かに必要で。
今現在の自分を受け止めることにも勇気が必要で。
ただ、やっぱり自分の嫌なこと、ダメなこと、失ってしまうことに目を向けるのは、怖いもので。
それらに目を向けず、受け止めないフリをすることもまた容易くできてしまう。
とても簡単なのだけど、それではただ自分が死んでしまう。
でもそれが案外楽だったりする。
いわゆる、選んだフリ、考えたフリ。
誰かや何かに選択を任せることもあって、
最もらしい正論や、世間一般論や、
周りの友人や、ChatGPTで、
自分の考えを代弁することもできるし、表すこともできる。
そして、嫌なものやネガティブなことから逃れるために、自分のための自分による意志ではなく、
人に委ねた選択をしてしまうこともある。
ただ、自分以外の誰かや何かに委ねて教えてもらった答えや選択は、
そのときは心地良さがあるのだけど、
時間が経ったり、次の壁や問題が出てくると、
どこか自分の手のひらからスルスルと抜け落ちていってしまったりする。
あれ、なんで自分はこうしたんだっけ。
あっ、あのとき、ああした方が良い、こうした方が良いって言われたからだ。
でも、何でその方が良かったんだっけ。
迷子。
自分で決めて選んだことは、しっかりと自分の血肉となって、自分の意志を以て、
こうしたいと思ったからと、自信を持って言えたりする。
自分で悩んで考えて、
掴んだ考えや気持ちは、
時間が経っても忘れない。
今のありのままを受け止めて、そこからまた選んでいくための原動力になったりする。
本当にこれで良かったのか、
そう思うこともこれからいくつも出てくるのだと思う。
だから、どんな選択をしても、
結局揺らぐときは揺らぐのよね笑
だから、どんな選択をしても、
その決定に責任を持っていくこと、持とうとしていくこと。
そして、ときどき選ばれなかった選択肢にふと思い馳せてさ。
今と未来に目を向けていく。
大事なことは、誰かや何かに囚われず、
自分の心で、
ちゃんと選んでいくこと。
なかなか選べないときは、
食事か、睡眠か、休養が足りてない可能性もあるので、まずはちゃんと休みましょう笑
今日はカレーうどんが食べたいと思ったので、
カレーうどんを食べます。
これが、今日の私の選択です笑
皆様も皆様にとって、これだと思える選択を。
それでは、ごきげんよう。
選択日和