川岸露天風呂の湯 塩の湯温泉「明賀屋本館」(栃木県) | ひつぞうとおサル妻の山旅日記

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はじめまして。
アラフィフのひつぞうです。
おサル妻との山旅を中心に日々の出来事を綴ってみます。

サルヒツの温泉めぐり♪【第82回】

明賀屋本館

℡)0287-32-2831

 

往訪日:2019年9月28日~29日

所在地:栃木県那須塩原市塩原353

泉名:Ⅰ)明賀屋源泉/Ⅱ)苅子の湯

泉質:Ⅰ)単純温泉/Ⅱ)ナトリウム・塩化物温泉

泉温:Ⅰ)52℃/Ⅱ)55.8℃

色合:Ⅰ)無色透明/Ⅱ)淡褐色

味匂:Ⅰ)無味無臭/Ⅱ)鹹味無臭

pH:Ⅰ)6.8/Ⅱ)6.0

■自然湧出・非加熱・加水・かけ流し

■営業時間:(IN)14時~(OUT)10時

■日帰り利用:10時~20時/料金:3200円(2時間・休憩所タオルつき)

繁忙期は宿泊のみ

■料金:(太古館プラン)10,000円

■カード:不可

■駐車場:20台程度

 

≪一度ここに来たかった…≫

 

こんばんは。ひつぞうです。いよいよ塩原の温泉宿に向かいました。塩原温泉郷

とひと口に言っても、その範囲は広く、箒川に沿って11の温泉があります。今回

お邪魔するのは鹿股川沿いの秘湯、塩の湯温泉の老舗旅館明賀屋本館です。

 

★ ★ ★

 

明賀屋の歴史は1674年(延宝二年)。つまり江戸初期まで遡ることができる。国道

400号を南会津方面に走ること三十分、塩湧橋から鹿股川に沿って遡ると、じきに

心細い林道に分岐する。その奥に、現在柏屋旅館明賀屋本館の二軒が塩の湯

温泉として商いを続けている。

 

 

敢えて本館と由緒を正す屋号になっているのは、塩原にグループの温泉宿があ

る(もしくはあったと云うべきか)ためだろう。塩釜温泉ホテル明賀屋は惜し

まれつつも休業に至ったが、姉妹店「彩つむぎ」がスタートしている(本館宿泊

者はこちらも利用可能)。

 

ここ本館の名を高らしめているのは、かつての湯治宿の名残りである川岸露天

風呂と、和洋折衷式の太古館である。無類のクラシックホテル好きの僕としては

一度は泊まらねばならない場所だった。

 

 

太古館の設計は鈴木愿一郎(すずき・げんいちろう)。明治期のクラシックホテル

特有の高い天井と、控えめなネオバロック様式が採用されている。ロータリーの

正門は現在使用されておらず、新館からの渡り廊下と階段を使って客室まで歩

かねばならない。そのせいだろうか。料金は新館と較べて廉い。この傾向は老舗

温泉旅館全般に当てはまる。僕などは率先して歴史的情緒に浸りたいタイプな

ので大歓迎なのだが。

 

「歩けるうちにどんどん行けばいいんじゃね?」サル

 

 

バルコニーは三島由紀夫が自決した旧市谷駐屯地一号館を髣髴させる。

 

 

タイルによる装飾は、いずこのクラシックホテルにも共通している。ちょうど美濃

や常滑で盛んになった窯業の発展により、安い外装材が手に入るようになった

こともあるのだろう。

 

なお、太古館の名付け親は、明治大正期のジャーナリスト徳富蘇峰である。

 

 

チェックインの14時前についてしまったので、ロビーで待たせて頂くことにした。

社長は登山愛好家と聞いたので、書架に古い山岳雑誌を期待したが、財テク

や健康関係のハウツー本ばかりだった(笑)。ターゲットの客層が判ってしまう。

 

客室は三十五室。そのうち太古館が五室といったところか。この日の宿泊者で

太古館に部屋をとったのは僕らだけだった。

 

 

太古館へは鶯張りの渡り廊下を進む。歩くとキャッキャッと啼く。

 

「それじゃサルなんじゃね?」サル

 

 

そして急角度の階段をあがる。一階は厨房、二階が食堂、三階が客室とい

う構成。食事は新館旧館の宿舎を問わず、ここで戴くことになる。

 

 

緋色のカーテンと絨毯が往時の栄華を物語っていた。決して寂れているという

訳ではないが、どことなく斜陽の兆しが看取されるのは、震災以降の客足の遠

退きに理由ありと想像するが、いかがだろうか。

 

確かに紅葉の季節には早く、観光客のラッシュはこれからかもしれない。

 

 

間取りの大きな期待通りの部屋だった。トイレは室内にあって、広縁もゆとり

のスペース。

 

 

それでは着替えをすませて温泉にゆこう!

 

当館の攻略方法

 

■温泉は全三種類

 

言わずと知れた川岸露天風呂大浴場家族風呂の三種類。うち家族風呂は宿

泊にも関わらず、四十五分で千円の別料金がかかる。別に泉質が変わる訳でな

いので僕らは割愛した。

 

■利用時間と特徴

 

●川霧露天風呂(混浴)

24時間利用可能(朝7時~8時は女性専用)。湯浴みの着用OK(但し持参)。

水着はNG。湯船は四箇所。単純泉のみ。

 

●女性専用露天風呂

泉質は同じ。利用時間は14時~翌日10時。水害で湯船は一箇所になった。

 

●大浴場

男女別一箇所。入れ替えなし。15時~翌日9時30分。異なる泉質の湯が二

つある。

 

●家族風呂

14時~20時45分/7時~8時半。45分有料。

 

■攻略法

 

まずは川岸露天風呂だろう。ただし(繁忙期でない限り)日帰り客が10時から

利用している。しかも3200円とバカ高いので長湯される可能性もある。湯船は

四箇所あるのでどれか押えよう。真ん中の湯船は加水調整が旨くいっていな

いのか熱い。それ以外は適温若しくはぬる湯。

 

充分川岸の風情を堪能したら、すこし階段のベンチで身体を冷まして、大浴場

に向かおう。特にナトリウム‐塩化物泉の刈子の湯は鹹味に富み、疲労回復に

いい。

 

★ ★ ★

 

大浴場、家族風呂ともに地下一階にある。太古館からは直接繋がっていない

ので新館まで移動して降ることになる。

 

 

川岸露天風呂へはこの階段をくだっていく。

 

 

長い階段が続く。全部で八十八段。かつては農閑期を迎えた湯治客が米と味噌

を持参してやってきた。米の文字を分解すると「八十八」。そういうことらしい。

 

 

途中で休憩するためのベンチもある。

 

 

そして木造五階建ての自炊棟である「下別荘」。現在は使用されていない。老

朽化が著しく物好きが勝手に侵入しないように、通路は封鎖されている。

 

 

更に数段くだると、男女別の更衣室に至る。確かに太古館からだと足腰の弱い

ご老体には堪えそう。

 

「忘れ物したら大変だにゃあ」サル

 

替えのパンツ部屋に置いてきちゃった…。

 

「…」サル

 

 

更衣室はこんな感じね。女子からは丸見えである。

 

 

そこから、薄暗い奥の露天風呂(上の写真)と川霧露天風呂に別れる。

※露光を上げて映しているだけで、実際は殆ど真っ暗です。

 

 

遂に憧れの川岸露天風呂だよ♪もちろんおサルは湯あみを着用。

 

「マッパじゃないよ」サル

 

鹿股川は強酸性のスッカン沢の沢水が流れ込んできているので、緑青色にくす

んでいる。かつては対岸に渡れたのだろう、河床に杭の跡があった。2015年9月

10日に北関東を襲った集中豪雨を覚えておいでだろうか。鬼怒川や小貝川が氾

濫したあれである。

 

「激甚災害が毎年あちこちで起こっているからにゃあ」サル

 

あのときに明賀屋の露天風呂も被害にあったんだって。

 

 

この女性用露天風呂がそうらしい。完全に洗堀されて跡形もなくなった。その

あたりは公式HPに詳しい。社長自ら音頭を取られて、社員一同で復旧に当た

ったそうだ。奥の雲形の浴層は現在使われていない様子。残念だけどね)

 

 

二十四時間利用可能だけど、朝8時から14時までは四箇所のうち、どれか二

箇所は清掃されているそうな。もう14時過ぎだからね。誰もいないわけよ。

 

 

川岸露天風呂の泉質は単純温泉。匂いも味もしない。ただし、自然湧出の52℃

の高温泉なので血行増進や、胃腸恢復にはいいだろう。加水されているので、

適温。特に今年の秋はまだまだ蒸し暑い。最高の湯加減だったよ。

 

 

加水の量は蛇口の取っ手がないので勝手に変えられない。

 

 

向かって右側は熱い。どういう訳か。

 

 

これが奥の露天風呂。恥ずかしがり屋のあなたにはぴったり。

震災で湧き出したマンガン泉質の茗荷沢の湯が注がれているので墨色。

 

一時間以上も湯船の中で、おサルとどうでも良い四方山話で盛り上がり、ゲラ

ゲラ意味もなく笑い、放歌高吟し、温泉三昧を愉しんだ。

 

★ ★ ★

 

今度は大浴場へ。バージン湯を狙わないとね。

 

 

男湯は「太古の湯」、女湯は「やすらぎの湯」。中身に変わりはない。

 

 

無料の鍵つき貴重品入れあり。

 

 

浴場はこんな感じ。とても広くて清潔。奥が震災をきっかけに地割れから湧き出た

「茗荷沢の湯」。単純泉だが黒っぽい湯の花が特徴。手前は昔からある「苅子

湯」。鉄分を含み、鹹味のある淡褐色の湯が特徴。マニアには大浴場の泉質の

方がうけるだろうね。

 

 

黒っぽいね。

 

 

淡褐色ですな。

 

 

沈殿すると成分がよく判る。左は塩化物で、右はマンガン化合物。

 

 

その他、『湯入人数月切帳』なる代物が展示されていた。今で云う宿帳。説明に

よれば、元禄元年から安政三年に亘る約百七十年間の記録がつけられている

そうな。

 

毎年千数百人の湯治客が訪れていたというから驚き。

 

「交通手段のない時代ににゃ」サル

 

 

 

俳人・碧梧桐の軸物。塩の湯は昔から文人墨客が数多く訪れた場所なので、

こうした遺品はたくさんあるのだろうが、明賀屋では過去に関する展示は蛋白

だったね。

 

一旦、部屋に戻って、かるく飲んで、夕食に向かった。

 

 

会場は二階。

 

 

老舗旅館も今は人手不足で大変な時代。料理に充分な配慮が難しくなって

きている。そのため、小体な家族経営にシフトしている老舗もあるが、ここは

頑張っていた。

 

 

山の秘湯宿なのに、鮪やイカの刺身に、大量生産されたフライや塩焼きが出て

きて、ガッカリさせられたことは枚挙に暇がないけれど、それはそれで致し方な

いと割り切っている。

 

ところがここは頑張っていた。老舗の鑑だよ。

 

 

郷土色豊かな八寸。そら豆と茗荷の間に、香りのついたマッシュポテトが挟

まれている。贅はなくとも粋が詰まっていた。

 

 

生湯葉と枝豆。ご当地物。

 

 

酒は明賀屋と姻戚関係のある古河の酒蔵・青木酒造御慶事生貯蔵酒を冷で。

 

 

それを猪口の先で舐めながら、豚しゃぶと鮎の塩焼きをつつく。生きていれば

自分の母親とさして変わらない年恰好の中居さんが、飯のお代わりはいいか

と訊く。

 

 

客層のゆえか或いは考えなしの慣行か。炊き加減が柔らかく、自分たちの嗜好

に合わなかった。が、その人の良さそうな、中居さんたちの目尻の垂れた笑顔を

みると、少し申し訳ない気もした。

 

 

生チョコのムースと葡萄の水菓子を頂戴して、自分たちの部屋に戻った。

 

この日はラグビーワールドカップ。日本×アイルランド戦。誰もが想像しなかっ

た結末に昂奮し続けた夜だった。高校時代、花園を目指す母校の応援に向か

った冬の日が懐かしい。

 

★ ★ ★

 

 

翌朝。またまた天気予報は外れ、塩原の湯の峪には朝日が差していた。

 

「登れたにゃ」サル

 

いいの!

 

 

飽きもせずに川岸露天風呂に夫婦で浸かる。かつては源泉から滝のように流れ

ていたのだろうか。岩壁に成分が鍾乳石のようにこびりついている。今は右端の

鉄パイプから滴るのみ。

 

 

温泉は大地の恵み。新たに湧き出るものがあれば涸れるものもあるだろう。

 

 

前日と同じ場所で朝食を頂戴した。

 

 

小鍋には湯豆腐。本当に食事に手抜きのない宿だった。

 

 

戦時中は女子学習院の疎開先だったという。内親王様の居室も保存され

ているそうな。

 

 

素晴らしい宿だった。もっと多くの人に泊って欲しい。そう思いながら

塩原の奥山の宿を後にした。

 

(つづく)

 

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