山と渓谷社編『小屋番三六五日』を読みました | ひつぞうとおサル妻の山旅日記

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ひつぞうです。
おサル妻との山旅を中心に日々の出来事を綴ってみます。

山渓叢書『小屋番三六五日』(山と渓谷社/2008年刊)




こんばんは。ひつぞうです。
生憎の雨模様でしたが、首都圏を中心に桜が開花。
穏やかな春の午後を愉しまれたのではないでしょうか。

今夜は本の紹介です。

★  ★  ★

2001年から2006年にかけて雑誌『山と渓谷』に連載された
全国の名物小屋の小屋番さんが記したエッセイの単行本化です。
すでに10年以上の歳月が経過しているので
小屋の営業形態や小屋番さんが替わっている場合もあります。

当時と今、変化している部分とそうでない部分を
比較するのも面白いし
まず小屋番さんの個性溢れた文章がいい。

通勤電車で拾い読みするには最高の一冊です。
全55話の紹介は無理なのでエッセンスを紹介しましょう。

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第三話「山岳トイレ只今研究中」(丸川荘)
大菩薩嶺の北の外れに佇む丸川荘
(このブログでも宿泊の記録を書きましたが)
只木貞吉さんが小屋番を勤めています。

とにかく山のトイレの工夫に尽力された方です。
(こちらのトイレ。見かけは昔ながらですが
本当に不思議なくらい悪臭がしません!)
一読するとマナーの悪いハイカーの苦言など
厳しい論調ですが、優しい人となりを知っている僕としては
只木さんの真面目な性分ゆえの提言なのだと判り
口元が緩みます。

1996年の「第一回山のトイレコンクール」で優勝したアイデアは
独学我流の産物。快適なトイレ完成のために
努力を惜しまない姿に感服します。

トイレといえば
第十八話「わが家のトイレがよくなった」
(黒百合ヒュッテ)

初めて天狗岳に登った四年前。
休憩に立ち寄った際に、そのトイレの美しさと
機能性に圧倒されたことを今でも思い出します。
バイオの力を利用した循環型合併処理槽の導入は
昨今の山岳ブームと同時に始まった排泄物処理の
問題を大きく進展させたそうです。
とてもお金が掛かる装置なので
ハイカーの皆さん、利用時は是非200円といわず
自分の感謝の気持ちの分だけ払いましょう。

「過去何度も山小屋のない山で痛い目にあったもんにゃ!」サル

紙トイレも持参しましょう…。

★  ★  ★

ユニークな小屋番さんは文章もユニーク。
丹沢鍋割山荘」の草野延孝さんは
強靭な身体で最高106キロの荷物をボッカしたという
御年68歳の現役の小屋番さん。
温厚篤実な人柄が慕われ、名物鍋焼きうどんと共に
ファンが多いことでも知られますね。
元はヒマラヤ遠征の資金稼ぎが目的のボッカ
だったそうですが、山荘の小屋番を継いで以降
本業になってしまったそうです。

草野さんには、ヘリ輸送ではなくボッカに拘る確たる信念があります。

「人力でやれる範囲で山小屋を運営していくことが
自然に最もやさしい方法だというゆるぎない信念がある」

★  ★  ★

「越百小屋」の伊藤憲市さんもユニークです。
越百山(こすもやま)をどれくらいの人が御存知でしょうか。
中央アルプスの南端に位置する寂峰。

僕らは木曽の伊奈川から南駒ケ岳~空木岳を周回する
1泊2日の登山でこの地を踏みました。
まだ残雪が豊富な時期で誰にも逢わず
避難小屋が解放された越百小屋で休憩しました。
営業期間は7月~10月。
完全予約制でこだわりの食事とコーヒーが美味しいので有名。
このエッセイが書かれた時から遡ること16年前。
小屋設立時の登山者はほぼゼロ。
現在では夏山シーズンはそこそこ多忙なようですが
平日は閑古鳥。
それでも毎日小屋に上がっていたそうです。
山小屋の生活が好きで仕方ない。
そんな気持ちが文章によく現れています。

★  ★  ★

まだお逢いしていないのに尊敬の念を持って
仰ぐ小屋番が竹内敬一さんです。
御存知、南八ツの遠い飲み屋「青年小屋」の主。
都市生活を嫌った竹内さんは
青年小屋で働き始め、
積雪期は酒造りの仕事をしていたそうです。
結局、杜氏の道を選択するのですが
先代小屋番の宮本源治さんの凄まじい勧誘にほだされ
後継者になったそうです。

寡黙ながら本質から外れず、仕事の要諦を失わない
竹内さんの人柄が滲み出てくる文章です。

★  ★  ★

小屋番さん達の意見に触れてみて
共通して触れられる想いを掬い上げて
締めくくりたいと思います。

すでに十年以上続いている登山ブーム。
中高年のハイカーが増えた理由は
ギアの進歩と軽量化。それにアクセスの多様化です。

第二次登山ブームの頃は、夜行バスで
八ヶ岳や上高地を目指していたそうですね。
ザックもキスリングでギアも全て重量級。

今は簡単に登ることができる。
そこに百名山ブームが起こり
ピークをスタンプラリー的に蒐集することが
目的化した時代になった。

実は僕自身、最初はそういう登山でした。
最短ルートで、できれば日帰り。
あくせく登ってさっさとくだる。

北岳登山のベース広河原山荘の塩沢久仙さんは言います。

「近年の登山事情は平地観光の延長としての登山と
百名山だけを目指している傾向にある」

「パイオニア精神」や「地域研究」というと
どこか古臭く、生真面目すぎる印象がありますが
「山が持つ気高さや心を揺さぶる感動」を得るには
苦しく、そしてリスクを孕む冒険性も
必要なのかもしれません。

一番大切なことは「便利かつ簡単」の否定ではなく
山に分け入っていくための能力の研鑽と山本来の素晴らしさに
身をうずめる行為ではないだろうか。

そう思いました。


(おわり)


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