福岡のスピリチュアル詩人ゆいおとや作品集&テレホンヒーリング

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詩人SFファンタジー作家&ライトボデイヒーリングのおとやです。作品やヒーリングを通して地球を美しい愛の星に変えたいと願っています。ハートを開きたい方遠隔ヒーリングテレホン相談ご利用ください。世界人類が平和でありますように。

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POEM IS SOUL(詩はたましいの叫び)

MAY PEACE PREVAIL ON EARTH(世界人類が平和でありますように)
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悟り エンライトメント サマーデイ

と言った言葉はある種の人々(特にインド系)にとってはものすごく魅力のある言葉で、この得体の知れない何かを求めて人生を棒に振った(私?)人は昔から無数にいました。

だけど地球自体がまだその時期じゃあなかったのでこれまではっきりと悟りやエンライトメントを自覚できた人はすずめの涙くらいのごくごく少数派でした。

なんと言っても問題は聖書や仏典などの教科書?が迷信だらけで、きっとこの中に真理があるはずだと何十年も取り組んだあげく、何がなんだかさっぱりわからなくて死んだ無数の求道者たち。

たとえば禅の本なんかで

一休さんが夜中いっぱい川の小船で座り続けて夜明け方カラスがカーと鳴くのを聞いた瞬間悟りを開いた

とかそおいうのがいっぱいありますがその真似をして夜中中小船で座ってもけっして悟りは開けないと思います。

こおした逸話は一休さんがそれまでの長い長い時間を瞑想に費やして体に光が満ち満ちていたからその光がカラスの声と同時に爆発したってことで嘘ではないけれどこんな話に騙されてはいけません。

(悟ったあとも女好きで有名だった一休さん 私もあやかりたい?)

 

で今日は真面目な求道者の方々のために

(悟りとは何か?)

を滅茶苦茶わかりやすく書いてみたいと思います。

 

まず祈りや瞑想を長年続けるとどうなるのかと言えば

通常は機能していない高次元に繋がるエーテル体アストラル体メンタル体コーザル体のチャクラが活性化します。

 

 

チャクラが活性化するとそれこそ蓮の花は広がるような感じでチャクラの形が変わりますます高次元の光が入りやすい体になっゆきます。

 

3 

その入ってきた光が神経や細胞に浸透してゆくDNAが変化してゆきます。潜在意識深層意識に山のようにたまっているネガテブ波動が急激に浮かび上がり体外に排出されます。

このネガテブ波動は底の知れないほど根が深いものもあり特に愛やセックスや殺人に関する執念体は実にしつこくからまりついていますがそれでもひたすら祈り瞑想を続けると最終的には軽い光のエネルギーに変化します。

(こういうフワーとした感じの体になります)

 

この光による変化がすすんで常にサードアイに明るい光が見えるようになってくると自然に自分が肉体ではなく霊意識であったことが実感できます。これが悟りの第一段階です。

(サードアイは松果体と考えてもよいと思います)

 

サードアイが光始めてからなお長いあいだ祈りや瞑想を続けるとハートのチャクラが開き始めます。これまでに感じたことのない存在への強烈な愛を感じるようになります。

同時に脳幹からエンドルフィンが大量に出るようになるため微妙な幸せな酔いを感じます。

ランアーズハイと同じようなものですが走らなくてもハートのチャクラが本当に開くといつも静かにラリッている感じがしてあくせくなにかをしようという衝動が減ります。

ありのままの自分でいつも楽しいという感じになります。

(どんなに真面目に瞑想しててもハートが開かないと存在との一体感は生まれません。愛のない瞑想では死んだような世界になります)

 

この静かな酔いが続くのをさらに長いこと祈りや瞑想を続けると肉体がはっきり変化してきます。半霊半物質の細かい波動の体になったのが実感できます。

(人類は半霊半物質化すると予言した出口王仁三郎)

 

この半霊半物質の体は感度がものすごくよいのでテレパシー能力が開花します。

特にツインソウルや強いソウルメイトとは肉体的に会っていなくても肉体で会っているのと同じくらいの強さで交流できるようになります。

このテレパシー感覚はだんだんとあらゆる次元に広がっていって高次元の天使や精霊との出会いが増えます。予知夢や明晰夢が増えます。

瞑想するとものすごい遠いところまで飛んでゆける気がします。プレアデスなどの縁の深い星までスーと飛んでゆける気がします。

 

 

この体内の光が極限にまで強くなるとついに肉体から溢れて肉体自体が光輝くようになります。

内的感覚では自分が強烈なエネルギーのボールのような感じがします。

強靭だけどしなやかで変幻自在で意識を集中すると鳥や動物にも変身できそうな感じがします。

チベットなどでは実際に変身できた人もけっこういたみたいです。

OSHOがよく話している(意識の爆発)

はこのあたりの感覚ではないでしょうか?

(エンライトメントの解説はOSHOがダントツに良いですよ)

 

意識による幸福感がとても強いので異性や食べ物への執着が減ります。完全になくなるわけではありませんが意識による幸福感をずっと味わっていたいのではなはだあっさりします。

自分が幸せなので自然に人にもやさしくなるし、誰を見ても自分の一部みたいな感じがするので人との対立や嫌悪感が劇的に減ります。

ごく普通のいい人になる可能性が高いと思います。

 

今書いたことはあくまで私の個人的な体験なので異論もたくさんあるでしょうがけっこうそうそうって感じる方も多いのではないでしょうか?

 

この体が高次元の半霊半物質に変貌してゆく過程をすごく上手に映像にしてくらた素晴らしいDVDがあります。

インドの女聖者サイマーさんが作成した

ブレインイルミネーション

というDVDですが、これを見るとこれまで曖昧だった悟りやエンライトメントの実態がとってもわかりやすく素晴らしい作品です。

私もこのDVDにはものすごくお世話になりました。

 

(サイマーさんのショップで6000円くらいで売っていますが中古ので良かったら私が何本も持っていますのでメールでお申し込みくれたら報謝金で差し上げます。住所や電話番号など書いてお申し込みください)

 

 

 

 

 


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  やさしいお地蔵さん

 

             ゆいおとや

 

悲しくなって

天にましますわれらの神よって祈ったけれど

助けはどこからもこなかった

 

さみしくなって座りこんだら

地面のはじっこに耳がはんかけのお地蔵さんがころがっていて

僕はそのはんかけのお地蔵さんの頭を叩いた

 

そしたらとってもやさしい気持がお地蔵さんから流れてきて

僕もすごくやさしい気持になった

泣きかけていた涙が止まった

 

一番近いところに

一番やさしい神様がいた

やさしいお地蔵さんがいた

 

 

一番愛の深い神様は一番庶民的でぱっと見たら全然えらそうには見えないような気がします。

伊勢神宮とかバチカンとかにいる神様はぬかずいておがむしかないけれどそれはその時は感動して凄いって思うけれど

生活の中で一番愛してくれて助けてくれる本物の神様はあまりにもさりげなくすぐそばに何でもなくいてくれて

逆に見逃しがちかもしれません。

 

五井先生もどうでもよいおばあさんの嫁の愚痴をえんえんと聞き続けたみたいだし

サイババ様もぱっと見たらえらいのか手品師なのかどんな人なのか?(ミュジシャン?プロレスラー?) さっぱりわかりません。

 

どこにでもいる宇宙最高創造主は一番やさしくて一番庶民的だと確信しています。

 

そんな気持で書いた詩です。

 

 

 

 

(ちょっとお地蔵さんの勉強しました。これすごく勉強になるので聞いてくださいね)


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   走れよ

      ゆいおとや

 

走れよ

あのなにか

とてつもなく

なつかしいものに向かって

 

 

      *

 

よくよく考えてみたら、一体何のために生きているのかさっぱりわからなくなります。

何を達成しても瞬間の喜びがあるだけですぐに水泡のように消えてしまうし

耐えに耐えて努力して、どこか素晴らしいところに出るのかと思ったら、ただ鏡を見たら老け込んだ自分がいるだけだったり

かといってすべてが空しくなってドトールで座り込んでいても、なぜかまたどこかへ走ってゆきたくなるし

なんだかわけがわからなくなって夜の公園を無闇に走っていたら向こうからすごく甘くせつない風が吹いてきてお月さまが赤く光って見えて、なんだかとってもなつかしい気持になりました。

 

自分が地球に島流しされた(かぐや姫)のような気がして故郷の天のふるさとに帰りたくなりました。

 

島流しにされたから初めてあの天の故郷がどんなになつかしくいとしいものだったのか痛切に感じられて全力で走って一刻も早くあのとてつもなくなつかしい世界に帰りたくなりました。

 

そんな気持で書いた詩です。

 

      *

人はみな島流しにされた(かぐや姫)だと思います。

この世の暮らしがとっても楽しくても、とっても苦しくても、どちらにせよ最後にはこの世の暮らしだけではどうにも納得できない衝動に駆られて

(あのなつかしい永遠の何か)

に向かって走り出すのだと思います。

 

そうして走って走って走り続けて疲れ果てて倒れこんだとき

そっとやさしく抱き起こしてくれる

(あのやさしい天のお母さん)

に出会うのだと思います。

 

 

三蔵法師もあのなつかしい国にたどりつこうと長い旅をしたのですね。

すごくなつかしい夏目雅子さん。

 

 

(盗んだバイクで走り出す)のフレーズが社会問題になりました。

僕の青春のなつかしい一曲です。これ聞いて走ってました。


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目の前に二つの大きな道が見えてそれぞれのテーマミュージックが聞こえてきた

 

              *

 

ひとつの道は戦争につながる道でテーマミュージックは美女軍団モランボン楽団が歌う北朝鮮の軍歌(タンスメ)だった。

 

ユーチューブでたまたま見つけたこの曲はロッキーみたいなのりで洗脳音楽の傑作だった

思想がどうであれ僕はのせられてメロデイをすっかり覚えてしまった

きれいな女の人たちの歌う

(タンスメ)という言葉が耳に焼き付いて離れなかった。

 

その昔フランス革命やナチスドイツの時なんかに僕もそこにいてこんな軍歌を高揚して歌っていた獏とした記憶が蘇った。

僕はすごいロマンチストで革命が大好きだった。

 

いまだにそうした気質は残っていて僕はこの曲を何度も何度も聴いた。

キムジョンウン君も少なくともひとつは良いことをした。

モランボン楽団を創ったのだ。

エリヌキのエリート美女で構成されたモランボン楽団はけっこう世界中で聞かれているみたいだった。

 

僕はナポレオンやヒットラーを思い出した。

あのころはまだしも戦争や革命に希望を持てる時代だった。

今の時代の戦争はただただ空しくただただ無機質でみんな悪い武器商人に踊らされるピエロでしかなかった。

お金とビジネス以外なにもない寂しい時代だった。

ロマンチストの出る幕なんてまったくない2017年の今だった。

 

(タンスメは一気にという意味。 2015年くらいの作品)

 

             *

 

もうひとつの道は地上天国につながる道でテーマミュジックはジョンレノンのイマジンだった。

イアマジンやレットイッツビーやイエスタデイを生んだ黄金の1970年前後の時代。

ヒッピーがインドをうろつきマリファナがはやりフラワーチュルドレンが街角にたむろしていたこの時代が僕は好きだった。

 

僕はまだ小さな子供だったけれど大人になったらインドをウロウロしてインドの子供たちといっしょにイマジンを歌いたかった。

社会は今と同じでいつも混乱し腐敗していたが今よりもずっと夢を見やすい時代だった。僕はいつも瞑想しながらイマジンを歌っていた。

 

大陸書房からノストラダムスのおどろおどろしい本が出ていて僕は預言書の解読に熱中していた。

1999年の7の月には何も起こらなかったけれども2017年の現在から読み返すと

トランプさんを暗示する(トランペットが世界を混乱させる)

などの現代にピッタリの予言が随所にあり興味深かった。

予言は人間の集合意識の結果だから変化してゆくものだがおおまかなストーリーは決まっていて2017年の現在地球は

 

完全破滅か

意識の量子的跳躍による至福1000年王国かのギリギリの瀬戸際にいた。

 

集団的跳躍はもう無理で個人個人のアセンションしかもう残された道はないという人もあったが確かにそんな気がした。

だけど嬉しいことに僕の周りには量子的跳躍に成功した人もたくさんいて、僕も僕の瞑想仲間たちもみんな昔よりとっても幸せそうに生きていた。

残された時間をひとりでもたくさんの人々が助かるように祈りたいものだとまた強く思い決心した。

いつ聞いてもイマジンはほんとうに美しい曲だった。

 

オノヨーコで調べているとオノヨーコとヒラリークリントンが昔レズの恋人だったという記事があってヨーコさん本人がそう認めていたからきっとそうなんだろうと思って面白かった。

 

歴史の中では何が起こるかわからない。

時間はいつも分岐していて、どちらの道を歩くのかいつもいつも人は試されている。

 

どちらを選んでも別に罰があたるわけではないけれども一旦引き戻せない時点にまで行ってしまうと変更は非常に難しくなるあるポイントがあってこの2017年9月10月は人類全体にとって、まさにそうした決定的ポイントの時点なのだと思わざるを得なかった。

 

僕はギターで少しだけイマジンを引いた。

 

Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people living life in peace

想像してごらん 国境のない世界を
難しいことじゃないさ
殺すことも死ぬ理由もない
宗教も存在しない
想像してごらん 平和の中で生きているみんなを

 

 

(1971年に発表)

 

            *

 

イマジンとタンスメを聞き比べるとこの半世紀の時代の流れを感じます。

表面的には世界中が軍事化しつつある恐ろしい時代にも思えますが、実際にはイマジンが発表された1970年ごろから祈りや瞑想でDNAを浄化させ高次元の光の体に変わっていった新人類は特に日本ではたくさんいて

この大破局の時代のあとにはそうした高次元波動を持つ新型ヒューマノイドによって至福1000年王国が作られるのは既定の事実なのでそんなに心配することはないと思います。

 

タンスメを聞いていると

こうやって毎日毎日洗脳され続けたら最後にはどんな人でも理性も何もなくなってしまうんだろうなあってつくずく思います。

 

洗脳に負けないためには

思考感情を超越したこころの一番奥の真我に気持をいつもいれておくしかないのでやっぱりますます祈りや瞑想の必要性を感じるこのごろです。

 

でもモランボン楽団魅力ありますね

 

タンスメ!


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   流れ星が飛んで

 

              ゆいおとや

 

(人間さえいなかったら宇宙って本当に美しいのに)

秋の夜空を二人で見上げながらGさんが言った

(本当よねえ)

って僕も言ったけれどなんかちがうような気がした

(少しくらい汚れていたって見てくれる人間がいなかったら宇宙もきっとさみしいと思うよ)

 

しばらくして僕がポツンと言うとGさんも

(そうね)って相槌を打った

 

流れ星がピューンと飛んで

なんだか嬉しそうだった

    

 

 

     *

物理学に(人間原理)っていう考え方があって

それは簡単に言うと宇宙のすべての法則

光の速さとか重力とか相対性理論とか不確定性理論とかプランク定数とか

そういったすべての数値は結局は

 

(人間を存在させるために存在している。もしも人間が存在していなかったら、そもそもすべての数値はまったく今あるようなものではなかったかもしれない。だから宇宙の存在する目的とは人間を存在させることなのだ)

 

 

というえらくロマンチックな中世の神学者が言いそうなセリフですが、これはれっきとした現代物理学のひとつの流派で物理学と神秘主義がきわめて近似してきた象徴として僕には楽しいです。

 

量子力学では

(観測されるまでは粒子の位置は確定していない。月は誰かが月を見た瞬間に始めて月として存在が確定するので誰も観察していない状態では月はあるともないとも言えない)

 

 

みたいな考え方が今でもあってアインシュタインは

(そんな馬鹿なことはない。誰かが観測しようとしまいと月はいつでも実在している)

と言ってなんとかその理論をくつがえそうとしたけれどもついに明確な反論はできなかったようで、この論争はいまだに決着がついていないみたいです。

 

僕は理系の頭がないので難しいことはわかりませんが瞑想して直感的にはっきり感じることは

(観察者が楽しく観察するために観察されるものを生み出した)

 

(神様が一緒に楽しく遊べるように物質を出現させた)

 

(見るものと見られるものはひとつ)

などは実感として感じます。

 

金子みすずさんは

 

(私がさみしい時仏さまはさみしいの)

 

って素晴らしいフレーズを書いて自己と宇宙の一体性を述べましたが僕もおんなじで

人間がどんなにお馬鹿なことを繰り返し核戦争でこの星を滅ぼすようなやんちゃをしても

宇宙を死の灰で一杯にしてしまっても

それでも宇宙にしてみたら

 

(誰も見る人のいない空間で美しくあるよりも

馬鹿なことをやらかす人間がいてくれるほうがやっぱりずっと嬉しいのでは?)

 

そんなことを感じて書いた詩です

 

(最近頭の考え方や感じ方がこれまでの宗教的聖者中心主義からより普遍的なインナーサイエンスな感覚に変わってきたので物理学の解説書とか読んでますが理系の頭がないのは本当にさみしいですね。数学や物理が得意な人が羨ましいです)

 

 

これは面白いです。

 

無理やりくっつけたこの記事に合う曲です。存在。

 

 

 


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  たいせつなもの

 

              ゆいおとや

 

たいせつなものは人目につかぬ

こころの宝石箱の中にしまいこんで

たいせつなものは汚してはゆけないたいせつなものだから

守りとおそうね

 

 

 

 

           *

こんなに世の中が汚れまくっていると、純粋とか無邪気とか清らかと言った価値観を持った人がすごく奇妙に思われたりもしますが、実はたましいのきれいな日本人の中にはそんなものすごくピュアな気持を持った人はゴロゴロいると思います。こんな浮世離れしたブログを読んでくれるような人はみなそおしたピュア仲間だと思います。

(そうあなたの事ですよ)

 

いくら世間の中で現実はちがうだろとか

所詮金だろうとか

いろいろ非難されても、実は深いところでは自分のけっして汚してはならないたましいのピュアさは何にも代えられない貴重なものなのだとちゃんとわかっていると思います。

 

それはあまし大事にしてくれない恋人へのせつない気持ちかもしれないし

自分の敬愛するマスターへのばかみたいに強い帰依心かもしれないし

難病を背負った子供への母親の犠牲的な気持かもしれないし

自分の一生懸命書いている誰にも読まれそうにもない小説かもしれないし

戦争を食い止めたいとかの人道的な気持かもしれません。

(大切なものは真珠のように隠しておいたらよいかも?)

 

その大切なピュアな気持を守り通すためには、あましそういう部分は人目にさらさずに自分の中だけでしっかり誰にも触れられないように隠しているほうが良いのかもしれません。

 

自分にとってはこれ以上にないくらいに大切な気持を思わず人に喋ったらその人がまったく興味を持ってくれなくて芯からがっかりしたみたいな体験は多くの人が味わっているのではないでしょうか?

 

それで自分にとっての宝物は人にとってはいっぱひとかけらの無限にある情報の中のひとつでしかないことに気がつくと、

 

自分でも自分のピュアさを疑うようになって

自分で自分を騙して

せっかくの宝物をドブに捨ててしまうことにもなりかねないし、

実際僕もそうやってとても美しいものをドブに捨ててしまったような体験がたくさんあって、

その失われた美しいものを取り戻すためにとんでもない苦労をしたりしました。

 

それでもその美しいものは結局は帰ってくるし、本当に言ったら最初から汚れようのないものなんですが、それは今だから言えることで、やっぱできるだけ最初から大事な宝物は、守りとおしてドブには流さないほうが良いと思います。

 

なんかそんな気持で書いた詩です。

 

 

この詩に合うのはこれしかない!

なつかしの百恵ちゃんの名曲

(なんかちがうけどまあいいですよ。存在はジョークだから)


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昔OSHOがブームのころメールでも簡単にOSHOから名前を貰うことができて僕の名前は

スワミ プレム シロウ でした

男は最初にスワミがつき女は最初にマがつきます。

次にプレム(愛)とかアナンド(至福)デヤン(瞑想)とかのミドルネームがつき最後が名前になります。

スワミというのは出家みたいな意味ですから

出家である愛のシロウという感じです。

でOSHOの弟子たちは

私はアナンド族 私はプレム族とか言ってよく遊んでいましたが確かにアナンドの人はアナンドぽい共通の雰囲気がありプレムの人にはプレムっぽい共通の雰囲気があります。

 

プレムの人は意外に簡単に人を愛すことができるのでまあみんなラブリーな人々ですが僕を筆頭にイージーで流されやすい面もあるのかもしれません。

 

OSHOの世界というのは

すべてを遊びとしてジョークとして受け取りなさい。けして深刻にならないように

 

みたいなところなのでOSHOの弟子たちはいとも気楽にほかのあらゆるグルのところにもでかけるのでババならババ 五井先生なら五井先生一筋の人たちから見たら

???ですが

やはりスピリチュアルな道から深刻性を抜いたという点ではOSHOは史上最高の役割を果たしてくれたと思います。

 

で僕はプレムなので何でも簡単に愛せるセンスがあるのでとにかくひたすら縁のある人々を愛そうと思っているわけです。

 

五井先生の関係者もOSHOの関係者もババの関係者も、お店に来る人もネットで知り合った人も、その人の立場とか主義とかは僕にはどうでもよいので、相手の迷惑にならない程度にできるだけ仲良くしようといつも思っていて、それは人と関わることは面倒なことではありますがそれでも面倒でも関わらないかぎり人間としての成長もないし、実際問題として無執着に人を愛せるようになるとどこからでもここからでも存在がいろんな縁を新しく与えてくれるようになるので人生がすごく豊かになって楽しいです。

 

昔は僕は立派な自閉症?でしたので、どんなにたくさんの患者さんと会い続けても根本的にはラブリーにもかかわらずどうしてもハートを共有することができずさみしい思いをしていましたが、長年の世界平和の祈りやババの強烈なエネルギーや気楽なサニヤシン友達の支えなどが相乗的に効果を出してこのごろはたいていの人とそれなりに楽しく交われるようになったのはなんか生まれる前の大目標がひとつ達成でした感じがしてとっても嬉しいです。

 

今急にできた詩

(愛することが僕の道)

  ゆいおとや

 

愛することが僕の道

そう決めたら

ハートの奥がウルウルして

涙がポツンと落ちました

落ちた涙が地面ににじんで

ハートの形になりました

僕のハートの涙を蟻やミツバチたちが集まって

おいしそうになめています

存在は美しく甘くラブリーで

みんなしあわせになりました

 

で僕が思いますに今大問題になっているキムジョンウンさんとかトランプさんとかにしても豊田議員にしても、病的な行動を起こす人たちはみな心理的に愛が枯渇していてだからその埋めることのできないハートの欠落感が憎悪に転換して簡単に人を殺めたり迫害したりするわけですから

 

悪人は大病人で一番かわいそうな人たちなので

悪人にこそ最大限の愛のエネルギーを送るべきだと思います。

 

キムジョンウンさんとトランプさんが愛で満たされますように

 

これまでの僕の体験でもたとえば五井先生の素晴らしい教義の(人間と真実の生き方)を人に紹介してもそれでその人が満足するなんてことはけしてなく話の内容がなんであれ

 

僕がその人愛しているというフィーリング

をその人が感じてくれたときに初めてその人が満足してくれる

 

ということを繰り返し体験していました

 

よく信仰のすきな方の中には

とにかく五井先生を紹介すればいいそしたら救われる

とにかくババの本を読みなさいきっと救われるとか

OSHOを知ったら自由になるよ

とか自分の好きな先生を紹介することに夢中な人がいますが、それもよいのですが一にも二にも

 

本当に執着なくあなたが好きという気持を愛の気持をはぐぐむこと以上に人を助ける道はない

 

と僕は思います。

 

通常の肉体としての人間は自己防衛とDNAを残すことの本能だけですから家族や親友くらいにしかとてもとても愛することはできませんから

やはり

 

お祈りや瞑想をたくさんして

肉体意識を超えた真我レベルの愛に到達しないかぎりは本当に他者を愛することなどはできない

 

ので

僕もますます祈りや瞑想に励んで

 

プレムの名に恥じないラブリーで執着のない愛を深めたいものだと今朝改めて思いました。

 

 

愛はむつかしい

愛は面倒くさい

それでも愛さなかったら

存在は虚無になってしまう

宇宙は無意味な廃墟になってしまう

せっかく愛せる可能性を持って生まれてきたのだから

ひとりでもたくさんの人と愛し合いたい

愛の中でたくさんの傷を互いに与え合うことになっても

最終的にはその傷も薔薇の花びらになってしまうような気がする

とげがあるからと言って薔薇をめでないのは馬鹿馬鹿しいと思う

ちょっととげがあるから薔薇はもっと美しいのだし

そのうちとげも花びらも散ってしまって甘い香りだけが空中に残され

その神聖な香りが宇宙いっぱいに広がったら

初めてとげのない傷つけあうことのない愛に達するのかもしれない

この文章を書きながら

けっしてそれは夢でないと思うし

窓辺に飾っているテレジア様の写真から

甘い薔薇の香りが漂ってきました

(久しぶりに登場したテレジア様。北朝鮮に薔薇の雨を降らしてくださいね)

LOVE IS ALL

ALL IS LOVE

BEING IS BEUTIFUL

 


この記事に合うのはこの曲です


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(この記事は証拠も根拠もありません。ただ感じたことをそのまま書かせていただきますね)

 

 

実に不思議なことですがサイババ様がいつもかつもこのささやかな僕のすべてを把握して肝心かなめの時には頼みもしないのに救済のエネルギーを投げかけてくれることを何度も何度も体験しました。

 

それは膝の痛みのまさに頂点の時に突然治療エネルギーを放たれて一瞬で痛みが半減したり

僕の力をはるかに超える悪霊に夜中襲われたときに一瞬で払ってくれたり

こころの痛みが極限に来たときにそれはそれはやさしいエネルギーで癒してくれたり

夢の中でヒントをくれたり

 

まさにかゆいところに手の届くような感じでババは僕のすべての面倒を見ていてくれているのです。

 

五井先生やOSHOは人間が転生を繰り返して悟りを開いた覚醒者ですがババはそうではなくて

 

神様が人類救済のためにポっと物質化した

(アバター)

と言われる人間には想像もつかない存在なので、だからビブーテイを物資可したり人の運命を変えたり自由自在にできると言われています。

 

とにかく僕にとっては人間のおかあさんのような感じできわめて具体的にその存在を感じることができるのです。

 

ですから僕の大天命である

(世界平和の祈り)

も僕の場合五井先生とババが合体していっしょにやっているようなそんな感じがします。

 

簡単に言ったらババは

(愛そのものが人間になった)

存在なので

ババは五井先生を思う信者さんの愛の中にもいるし

OSHOが好きなサンニャーシンの中にもいるし

家族のために働く父親の中にもいるし

愛のあるところすべてにババは存在しているということになります。

 

そおいうわけでババのことは偉大すぎて何も書けないのですがこの数日のあいだにまたババから非常な啓示を受けました。

 

ちょっと気になることがあって

もうこの件のことは忘れようと思ってババにそう頼んだところ

突然

圧倒的な神聖なとしか言いようのないエネルギーがやってきて瞬間意識が銀河の果てまで吹っ飛びました。

 

時間にしたら数秒のことでしょうがあまりにも素晴らしいエネルギーだったので感極まって呆然と感涙していました。

 

それで昨日からこのエネルギーのことをいろいろ感じていたのですが今回ものすごく不思議だったのは

 

(これまでのサテヤサイババのエネルギーとは明らかに違う新しいエネルギー)

 

を感じたことです。

 

サテヤサイババのエネルギーは本当にのどかな春のようでまったりとしてあたたかくひたすら甘くとろとろに溶けてしまいそうなエネルギーでしたが今回感じたのはそおいう感じではなくて

 

(ひたすら神聖としか言いようのないたましいの奥の奥まで洗い清めるエネルギー)

でした。

 

たましいの奥まで洗い清める点では五井先生もそうなのですが、五井先生の神道系の強烈な真っ白い光ともまた違って、言葉ではうまく言えませんがイエス様やマリア様のエネルギーをさらに神聖にした桁違いのエネルギーを感じました。

 

とにかく明らかにこれまでのババのエネルギーと違うので不思議に思っていろいろまたババのDVDを見ましたが、どれを見ても以前とちがうエネルギーになっている気がしてとても衝撃を感じました。

 

もしや

(古い映像のエネルギーもすべて新しいババのエネルギーによってリニュアールされたのでは?)

 

(ババにとっては過去や未来のエネルギーを変えてしまうことなど自由自在にできるのかもしれない)

 

そんな神秘の中の神秘を感じました。

 

最初に書いたようにこれは別に根拠も証拠もない僕の個人的な感想なのですが、ちょっとショックだったので忘れないうちに書いておきますね。

 

それともうひとつババの意思を感じたのは僕はセラピーの一環として一ヶ月のメール配信というのをやっているのですが、僕がババの新しいエネルギーを感じたちょうど同じときに初めてババの関係者の方からメール配信希望のお電話をいただき、とても偶然とは思えませんでした。

 

でいろいろ考えたのですが、ひとつの仮説として

 

プレマサイババ様がすでに地上に生誕なされたのではないか?

 

ということです。

 

サイババ様は

明治のころのシルデイサイババ様

今回のアフロヘアーのサテアサイババ様

これから生まれてくるプレマサイババ様

(左からシルデイサイババ プレマサイババ サテアサイババ)

 

と三回にわたって人類を救済することになっていて

世界中に5000万人!

いると言われるサイババ信者の方々は今か今かとプレマサイババの誕生をお待ちしているのです。

 

プレマサイババ様に関してはすでにいろいろ候補者がいるようですがまだはっきりとしたことはわからないのでなんともいえませんが

今回僕が感じたエネルギーがもしもプレマサイババ様のエネルギーだとしたら

やはりサテアサイババ様の予言は嘘ではなかったと思って僕もとっても嬉しいのです。

 

僕は一足ちがいで五井先生にもOSHOにもサテアサイババ様にも肉体ではお会いできなかったけれども、ひょっとしたらプレマサイババ様とは肉体界でお会いできるのかもしれないので今から楽しみです。

 

まあ今日の話はサイキック与太話かもしれませんが

イエスキリストが生まれたときにも東方の老賢者たちが何かを感じて探しに行ったという話しもあるし

僕も自分が東方の賢者(お馬鹿?)の気持になって

 

生まれたばかしのプレマサイババ様が僕に証拠のエネルギーを見せてくれたのだとか

適当にいい気持になった今夜の僕でした。

 

しかし実際にお会いしたら怒られまくるのかもしれませんが、本当に早く誰の目にもはっきりわかるように

プレマサイババ様がこの混迷の地球に現れて地球を新しい次元に導いてほしいものですね。

 

 

 

サイキックな方

この映像を見てプレマサイババ様のエネルギーを感じてみてくださいね


テーマ:

永遠の愛 ETERNAL LOVE

 

           ゆいおとや

 

出会いと別れの

繰り返しに疲れ果てて

僕は夜の星を見た

星の光もまた永遠ではないけれど

やはりそこには

(永遠なるもの)

の息づかいがあって

僕のたましいは

そのかおりの中で安らいだ

(永遠の愛)

はたしかにあるのだ

そう思って

もう少しで

(永遠の愛)

を掴み取れそうな気持ちがした

秋の夜の星は泣きたくなるほどに

美しく繊細でやさしく

僕は星の光の中に

(永遠なるもの)

をずっと感じていた

 

永遠の愛

ETERNAL LOVE

 

 

僕の感じでは人は同じメンバー(ソウルメイト)のたましいと繰り返し繰り返しいっしょに生まれてきて

ある時は親子だったり、ある時は敵味方だったり、ある時は恋人だったり、さまざまにパターンを変えながら

いろんな種類の愛を学んでいるような気がします。

 

だからどの関係もみな大事なのですが、ただどんな関係もどこかの時点で

病気や引越しや、ちょとした誤解や三角関係やいろんな理由で結局は別れる日が来て、最後まで仲良しの二人だって結局は死別して、人間関係の限界を悟らされる日が来ます。

 

だけど別れたからと言ってそれで終わりというわけではなく、また何年か何十年か何百年ののちには再び再会し別の関係を結んで、そしてまた別れてゆくのです。

 

だから人生とは

別れるために出会い

出会うために別れる

ことの繰り返しだと思います。

 

そおして最終的にはこの出会いと別れを繰り返す人間存在の宿命が悲しくなって

 

出会うことも別れることもない

永遠の愛

ETERNAL LOVE 神聖な愛

 

を恋しく思うようになるのだと思います。

 

そおしてこの神聖な愛 ETERNAL LOVEの次元から見たら

それまでに味わったありとあらゆるパターンで繰り返された最高の喜びから最悪の苦しみにいたるまでの人間同士の愛はみなひとしく可愛らしい面白い遊びのように思えるのではないでしょうか?

 

秋になってちょっとしんみりした気分でそんな事を考えました。

 

サイババ大聖の歌で神の愛

 

 

 

 

 

 

 

 


テーマ:

  さがしもの

 

      ゆいおとや

 

どんなに汚れてしまっても

ほんとはちっとも汚れてなんかいない

雪のように真っ白で

はじめっから汚れようのないもの

 

雪の光で明るんだ夜明けの街を歩きながら

さがしてさがして歩きました

 

 

 

              *

 

人は何かこころの底から満足できるものを求めて輪廻転生を繰り返しています。

そして長い長い旅のあいだに傷つき汚れ、鏡を見て

(もうすっかり自分は駄目になってしまった)

と薄汚れた自分にガッカリすることも多いのではないでしょうか?

 

だけどどんなに汚れてしまったように感じても実はそれは錯覚でたましいの奥にはいつもかつも絶対に汚れようのない

PURE LOVE

純粋無垢な自分が歴然としているのです

 

そのPURE LOVEをはっきり感じたとき

この長い長い輪廻の旅は終わるのです。

 

僕にとってこのPURE LOVEの世界を最もはっきり感じさせてくれたのはサイババ大聖で

ある日この映像を見ているうちに

ほんとうに長い長いあいだ探していたさがしものがついに見つかったという深い深い実感が訪れて

この映像ばかし繰り返し見ていた日々がありました

僕にとってはとってもなつかしい貴重な映像です。

流れているハレルヤを聞きながら

この詩を読んでくださいね

何か見つかるかもしれません。

 

PURE LOVE

 

 

 

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