中能登町には、能登半島南部を縦断する七尾線が通り、金沢方面から近い順に、金丸、能登部、良川、能登二宮の各駅がある。一青地区からもっとも近く、七尾市に隣接するのが能登二宮駅だ。爽やかな青に塗られた無人の駅舎がかわいらしく、夢おりもの展示館も併設されている。駅から歩いてすぐのところに、とっても気になる建物を見つけた。

 

 

 周囲はわりと新しい建物が多いのに、一軒だけ瓦屋根で外壁が木材のままで目立っている。古民家のように雰囲気がある。「珈琲豆挽売りします」の看板が掲げられている。

 店内に入ると、香ばしいコーヒー豆の香りが充満していた。コーヒーの色に合わせたのか、内装も外装も茶褐色でまとめている。壁面の棚一面に、ずらっとコーヒー豆の入ったガラスジャーが並べられ、カップやカップソーサーもきっちりと納まっている。

 

 

 店内には、細い黒縁の丸メガネにカフェエプロンとニットキャップを被った細身の男性がひとり。いかにも喫茶店のマスター、というムードだ。

 席に座り、机の上のメニューを凝視した。キューバトゥルキーノ、メキシコアルチュラ、グァテマラSHB。まるでわからない。

 私はコーヒーよりも紅茶派。コーヒーはミルク9、コーヒー1の割合で飲むくらいがちょうどいいくらいの、子供のような味覚の持ち主だ。知っているコーヒーの銘柄はモカ、キリマンジャロくらい。

 見たことも聞いたこともないたくさんのカタカナを目の前に、何にしたらいいか困った。店名がついたブランドなら、いちばん自信がある味だと思い、「クラムボンブレンド」を注文することにした。

 店の奥に、実験室のような部屋が見えた。積み上げられたドラム缶や排気ダクト、温度計や漏斗でできた焙煎機だ。ガラス張りなので近寄ると、「洋服を片付けないと」と、マスターがあわてて「実験室」の中に入り、素早く物干しにかけていた作業着をしまい始めた。マスターは、矢継ぎ早に質問を投げかける私に、嫌な顏ひとつ見せず、答えてくれた。

「同じようなコーヒー専門店、中能登町には何軒もあるのですか」

「開いて何年くらいですか」

「コーヒー豆の持ち帰りはできますか」

「どれくらい年数の経った古民家ですか」

 聞きたいことはいくらでも出てくるが、次々とお客さんが入ってきて、気がつけば、いつの間にかテーブル席が埋まりかけている。

 オーダーを取りながら、コーヒーを入れ、持ち帰り用の豆の用意も一人でこなすオーナーの額が、ちょっぴり汗ばんでいた。

 

 

 淹れてもらったコーヒーをひと口含む。酸っぱくもなく、苦くもなくまろやかで、私が苦手なブラックでも飲めることに驚かされた。

 店内は常連さんばかり。隣の席の年配のご夫婦は「いつもの」と言って腰掛け、コーヒーをさっと飲み干して店を後にした。日常のなかにここでの一杯があるのかもしれない。他の席に着いた3人組は「コーヒー豆が切れそうなんだ」とコーヒー豆を注文していた。

 決しておしゃべりでないマスターだが、訪れるお客さんのコーヒーの好みをしっかりと覚えていて、さりげない気配りが心にくい。

 コーヒーを大切に淹れるマスターと、コーヒーを楽しみにやってくるお客さんの間に流れるあうんの呼吸から、中能登町で店を開いて26年目を迎える老舗コーヒー専門店が、しっかりと地域に根付いていることを感じた。

 帰り道、店名のクラムボンの由来を聞き忘れたことを後悔した。クラムボンと言えば、私は日本のロックバンドがすぐ思い浮かぶ。しかし、店内にクラムボン関連のグッズはなかったので、ファンではなさそうだ。店のホームページによれば、宮沢賢治の童話「やまなし」に出てくる言葉で、意味は不明だけれども、響が気に入ったことから、店名に決めたと。

 お店の目立つ場所に、宮沢賢司の代表作「注文の多い料理店」の一節が書かれた額縁が飾られていた。宮沢賢治は詩人や童話作家としてだけでなく、社会活動にも熱心で、故郷の農民たちの生活や文化向上に尽くした人物だ。マスターは宮沢賢治の思いに共鳴したのかもしれない。

 一杯400円のコーヒーで、中能登町の人々にしっかり浸透しているコーヒーの香りを堪能でき、とっても楽しい気持ちになれた。

 

 

住所 石川県鹿島郡中能登町武部は8−1

電話 0767-76-1866

時間 10:00-19:00

休日 日曜

HP クラムボン