昨日、映画『リメンバー・ミー』を母と一緒に観に行きました。

自分で言うのもなんですが、仲良し親子なほうだと思います。
と言っても、昔から友達親子だったわけではありません。
いろんなことがありました。


母に対して「この人もただの人間なんだなぁ」と思えたのは、
私が二十歳になって、一緒に居酒屋に行ったときでした。
京都駅ビルの中にあった串揚げ屋だった気がします。
今はもう、そのお店はありません。

それまでは、母は、“母親”という絶対的な存在で、
「自分と同じ」だとは思っていなかったんです。

余談ですが、同じように、先生も“先生”でした。
だから私は、高校時代にお世話になった先生の連絡先とかは一切知りません。
たまにいますよね、
「先生といまだに連絡取り合ってて呑みにも行くよ」みたいな人。
そういう人は、十代にして、大人も一人の人間であることを
認識できていたんだろうと尊敬してしまいます。

(というか、自分はそのことに気づくのが遅すぎだったんじゃないかと
 ちょっと恥ずかしく思うこともしばしばですけどね……。)

芦田愛菜ちゃん、鈴木福くんをはじめ、
しっかりした子役さんが近年、増えていますが、
「誰しも同じ人間」だと分かるタイミングの早さが
そのしっかりさを支えているんじゃないかな、と考えます。


私は母が大好きです。
人として、とても尊敬しています。

必要情報としてサラッと書き記しますが、
私は三人姉妹の末っ子で、一番上の姉は交通事故で亡くなりました。
もう18年も前のことです。
姉は自転車に乗っており、車とぶつかりました。
相手方は飲酒運転をされていました。

我が子に先立たれる悲しみは、はかり知れません。
まだ生まれてもいないのに、想像するだけで死ぬほどツラくなります。


何の因果か、昨日は、姉が事故に合った当日だったんです。

『リメンバー・ミー』をご覧になった方はお察しかと思いますが、
死後の世界を描いたこの作品が母に刺さらないわけがなく……。

隣の席の母が、途中からガサガサとカバンを探り出したりして、
母が苦しい気持ちになっていまいか、私はちょっと気が気じゃありませんでした。
予告編などで「家族のお話」だという前情報は入れていましたが、
タイミング的にもここまでシンクロするのは想定外でした。

けれど見終わった後、母は涙目で「すごく良かった」と言ってくれました。
ホッとしました(笑)。

最後のママ・ココを見て、
「あの子は若いままの姿で向こうの世界にいるのに、
 私はしわくちゃになってからしか行けないんだなぁ……」
なんてことを、楽しそうに言っていました。


姉は生前、「お母さんみたいなお母さんになりたい」と言ったそうです。
私はそれを知りませんでしたが、何気なく母がそれを話してくれました。

そのとき私が思ったことは、
「……それ、私も言ったことあるし!」でした。

口には出しませんでしたけどね(笑)。


結婚式で読んだ両親への手紙で、私もそう言った気がするんだけどな……。
母さん、生きてる娘のことも覚えておいてよ、
なんて、ちょっと姉にやきもちを妬いてしまいました。

……しかし、このブログを書くにあたって、
嘘を書いてはいけないなと思って、
恥ずかしながら自分が書いた手紙をコッソリ引っ張り出してみたところ……
書いてあった言葉は……!

“お母さんみたいなお母さんになれるかな…。”

「なりたい」とは断言してなかった(笑)。

いやはや、日本語って難しい。
いくらそういう思いを込めてます、と言ったところで
相手の記憶にインプットされていなければ意味はなく……。
文章でお仕事をさせてもらっている身として、
肝に銘じなければならないな、と感じたことのお話でした。
 

 

 

 

父母と河津桜を見てきました。

仕事用に去年、購入した一眼レフ。

どうせ我が子を撮りまくるんだろうから練習中です。