原作の漫画連載が始まったのは1997年。どことなく閉塞的な雰囲気に包まれていたこの時期を象徴するのが、思春期の男女のか細い心理状態をえぐるSFアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の大ブームだった。

そんな時代に登場した「ワンピース」は、前向きで元気あふれる明るさが、子供から青年世代に熱烈な支持を受けた。

意外なことに、「ワンピース」を前面に打ち出したイベントが盛んになったのはつい最近。「原作者・出版社サイドの意向もあってか、原作の世界観に影響しかねない関連イベントやグッズ製作には慎重だった」と玩具メーカー関係者は話す。

契機はやはり昨年公開され大ヒットした「ワンピースフィルム ストロングワールド」だ。「連載が始まったとき10代だった青少年が社会人になり、親となった。使えるカネがあるので、単行本全巻やDVD、グッズの“大人買い”が多い」とソフト発売会社プロデューサー。

この夏はイベントが目白押し。東京・台場のフジテレビ本社周辺で行われている「お台場合衆国」(31日まで)では、ワンピースの世界に直に触れ合える体感型イベント「急げエースのもとへ!! ワンピースメモリアルログ インペルダウン・マリンフォード編」を実施中。大阪市此花区のUSJでも、ワンピースショーが今月いっぱい行われている。

漫画が連載されている「週刊少年ジャンプ」の発行元、集英社がある東京・神田神保町では、地元の活性化につなげようと7月半ばから半月間、ワンピースにちなんだ料理メニューを提供したり、パネルを展示したりして雰囲気を盛り上げた。

決してくじけることのないルフィたちの、前向きで快活な熱血さは、未来が見えない大人たちの心をますます捉え、親しみやすい憧れの存在となっている。それが「ワンピース」を、デフレ時代の超優良コンテンツに押し上げている。

≪ヒットの方程式≫

“エヴァ”“ガンダム”と並ぶ日本のエンタメのスタンダードになった「ワンピース」。成功した理由は何か。

まずなんと言っても、絶妙な世界観の設定がある。“自由を求める若者たちの冒険の旅”という、不変の娯楽的要素を照れることなくストレートに描き込む。そして、その王道を面白く見せる努力を、作り手が怠っていない。

自分探しなど、心の内面と向き合う繊細な設定の作品が今なお幅を利かす中で、「ワンピース」は、ひたすら前へ前へと突き進む。そのエネルギッシュな明るさや強さが、若者だけでなく、サラリーマンをはじめリーマン・ショック以降の世知辛いデフレ社会を生きていかざるを得ない大人たちの心に響くのだ。

内容にも工夫がある。さりげなく戦争などの国際緊張や宗教問題といった設定を盛り込み、現代社会を巧みに突いている。それらの難題をルフィたちが乗り越えていくカタルシスが、大きな魅力なのだ。

「ワンピース」には、木村拓哉(37)や木村カエラ(25)、谷原章介(38)など、芸能人のファンが多く、それがさらにファンの裾野を広げている面もあるだろう。いつもコミックを持ち歩いているという水泳の北島康介(27)の場合は、「ストロングワールド」で特別出演を果たした。劇場版の主題歌を担当するアーティストも、そもそも「ワンピース」のファンだから依頼を快諾するパターンが大半なのだ。

ファンが新たなファンを呼ぶ構図ができあがっている。

(c)尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション (c)「2009ワンピース」製作委員会

■ますとう・たつや 1964年生まれ。「キネマ旬報」編集部勤務を経てフリーの映画評論家。雑誌、パンフレット、映画ノヴェライズなど執筆多数。キネマ旬報にて「キネ旬戯画:映画という名のアニメーション」を連載中。インターネットによる評論家陣の試写レビュー・サイト「シネマグランプリ」にも参加している。