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                            2024年9月1日
                                                                      VOL.497
                
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 第497号・目次
【 書 評 】  三谷 徹 『民主主義の危機』
       (アダム・プシェヴォスキー著 吉田徹ほか訳 白水社)
【私の一言】 岡本弘昭『人口減少と成長モデルの転換』
     


【書評】
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 ◇            
 『民主主義の危機  』
 ◇  (アダム・プシェヴォスキー著 吉田徹ほか訳 白水社)              
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  三谷 徹

 大戦後の民主主義の風土の中で育った人間としては、2000年代以降とみに民主主義がないがしろにされているような風潮に懸念を抱かざるを得ない。具体的には中国やロシアを筆頭に多くアジア・アフリカ諸国で専制主義、全体主義の体制
が増えている。国連やEUなどの国際機関の地位も低下し、さらには、左右双方向のポピュリズムが既存政党の基盤を侵食している。アメリカでは大統領自身が彼の政権下で行われた選挙結果を否定するという考えられない事態が生じている。
少し前から気になって民主主義の意義と現状についていくつかの本を読んでみたが、その中では本書が最も分析的な検討がなされているように思われた。著者はポーランド出身、米国で学位を取得し、現在はニューヨーク大学の政治学部教授
である。

 本書の構成はまず民主主義の定義づけを行い、20世紀以降の国々の民主主義崩壊分析をして、その上で現状をどのように捉えるのか、そしてその状況をもたらした原因は何かを検討していくという極めてオーソドックスな手法だ。さらに、
将来像の予想もしているが、もちろん著者自身全てを示しえているわけではなく、かなりの部分最終判断は読者に委ねられている。とは言え、本書の分析は私たちが改めて民主主義について考える上で多くの示唆を与えてくれる。

 まず民主主義の基本的要件として、第一に競争的選挙の基盤(交代可能で敗者復活が可能)、第二に表現と結社の自由、第三に三権分立をベースとした法の支配である。これらをまとめて民主主義とは紛争を調停するメカニズムであると定義している。それでは民主主義と資本主義の関わりはどうなるのか。資本主義は大部分の生産手段の私有と市場を通じた資源配分と所得分配で特徴づけられる。
周期的に危機(不況、インフレなど)が起こるが、このような経済危機、政治危機、社会紛争を調停するメカニズムが民主主義にあるとする。戦後の相当期間先進国では中道左右両派の存在により、社会は比較的に安定していた。もちろん、
これは100%成功という訳にはいかない。現に1918年以降に2回以上政権交代のあった88国のうち、政権崩壊したのが13ヶ国ある。総じて所得水準の高い国々は安定度が高いと言えるが、ワイマール時代のドイツ、1970年代のチリは政権崩壊に至っている。

 一方、1970年代のアメリカ(ニクソン腐敗)、60年代のフランス(アルジェリア紛争)は民主主義を維持して収束している。歴史的に見ると一人当たり所得水準は経済危機対応に重要な指標だがそれだけではない。政治危機に対しては大統領制よりも議会主導制の方が安定度は高いようだが、これが全てでもない。

 では現在の状況はどうだろうか。危機の兆候は第一に中道右派、左派の均衡の中で安定していた伝統的政党制が崩れてきていることだ。第二に差別的なナショナリズムが抬頭している。第三に民主主義への支持が低下している。西洋諸国で
抬頭するポピュリズムは必ずしも全体主義ではないが、反エリート、反システム、反リベラリズム、反グローバリズムを標榜しており、対立と不安定を助長する。
これが極端になるとドイツのナチズムのような動きになりかねない懸念がある。
このような不安定をもたらす原因を著者は主に二つ挙げている。第一は経済の低成長化、サービス産業化による所得の伸び悩みと分配不平等の拡大がある。労働分配率は長く低迷しており、格差が広がっているのはピケティが指摘する通りで
ある。この背景には中国の成長、組合の交渉力低下など種々の要因が複合している。第二の点は社会の分断、分極化である。移民の拡大は社会構造の変化をもたらしかねず、当該国の国民に大きな影響を与えている。著者は明確に示さないが、これには宗教的背景も影響しているだろう。

 このような現状を踏まえてどのような将来像が描けるのか、著者の示唆は以下の通りだ。

政治制度は紛争を1)構造化、2)緩和、3)ルールに則った制御という秩序ある処理を提供すべきである。これを維持するためには何よりも敗者が次の機会を待てる自由で公正な選挙制度の維持、確率が不可欠とする。
政治体制が100%でありえないことはチャーチルが述べたとされる「民主主義は最悪の政治形態、他に試みられたあらゆる形態を除けば・・」という言葉に凝縮される。最近の調査によれば世界の200程の国々の中で健全な選挙制度が機能し
ない国が半分にもなり、その数は増えているという。どのような制度と体制を選ぶのかは、各々の国民の選択に委ねられるのは言うまでもないが、頭書記載の民主主義の定義はいずれの国民にも共通した適正な価値観のように思える。

 対立する勢力が選挙の結果に従い、次の機会を待ち、その間に絶え間ない努力をし、寛容の精神を持つこと、制度とシステムがその基盤を失わないよう人々が監視を怠らないことが何よりも求められるということを改めて思い知らされた次
第である。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆【私の一言】☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

          『人口減少と成長モデルの転換』
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                     岡本 弘昭


 国立社会保障・人口問題研究所によると、日本の総人口は2004年の1億278万人をピークとしその後人口は減少に転じ、2020年には1億 2,615 万人となり、以降2070 年には 8,700 万人に減少(2020 年 時点の 69.0%)(出生中位・死亡中位推計)し、また、 総人口に占める65 歳以上人口の割合(高齢化率)は、2020 年の 28.6%から 2070 年には 38.7%へと上昇すると推計されている。つまり、日本は大
幅な人口減少時代に突入しつつあるという事である。なお、総務省によると本年1月1日時点の日本人は1億2156万1801人、前年比86万1237人の人口減で、これは和歌山県(23年1月現在の人口891,620人)が消滅した規模である。

 この人口減の「規模とスピード」及び「それに伴い社会で何が起こるのか」という事に関して、多くの日本人は無関心あるいは理解していないとの指摘がある。
毎年80万人を超すペースでの総人口減は、国内消費市場の急速な縮小をもたらし投資が国内に向かわなくなり、社会全体が縮小と撤退を強いられる。これに高齢化率の上昇による労働力不足が相まって供給力不足も生ずる。同時に、世代間の
対立が深刻化すると言う社会問題も発生する。つまり、我が国は、需要不足と供給能力不足がぼぼ同時に発生する可能性が高く、国の成長は考えられなくなる。
しかし、我が国の現状は、依然として人口増加を背景とする量的拡大・発展路線を基本とするように見受けられる。例えば、高速道路は、人口がピークを超えた以降も現在にいたるまで1割あまり伸びており、鉄道や空路も引き続いて拡張政
策がとられている。早期に日本の成長戦略を見直し、明日につながる戦略をとることが喫緊の課題といえる。

 人口戦略会議の提言に「強靭化戦略」と言うのがある。これは現在より小さい人口規模であっても、多様性に富んだ成長力のある社会を構築する戦略である。
基本は日本の旧来の理念「拡大」から「縮小」いう発想への転換、「戦略的に縮む」という成長モデルへの転換の提言である。
具体的には「人への投資の強化」「一人ひとりが活躍する場の拡大」「人口減少地域で医療・介護、交通・物流、エネルギー、教育などのサービスの質的強靭化と持続性向上」「日本での活躍が世界での活躍に直結するような『イノベーショ
ン環境』の整備」などで、この提案の実現が期待されるところである。

これには従来の「大きいことはいいことだ」から「賢く縮む」への発想の転換が大前提になる。この転換は長期的な視野が前提であり、また、痛みを伴うこともある。
しかし、現状のままではいずれ我が国は滅亡する恐れがある。一方、将来も国を機能させ発展させることは、現在に生きる現世代の責任である。このためには今後新たに発足する政権においては、長期的視点にたった明日の日本を議論し、賢く縮小する将来のヴィジョンを明確にし、同時に国民の意識転換にも努力する必要がある。

 なお、我が国以上に人口減少問題を抱える韓国では、昨年、社会に警鐘を鳴らすべく「少子化問題を5年以内に解決しなければ、地球上から消える最初の国になる」という意見広告が出されたそうである。


 編集後記
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 今年の敬老の日は9月16日。やや早いですが、敬老に因み8月10日付けプレジデントオンラインの和田秀樹医師の記事から高齢者の生き方のヒントをご紹介します。

「マイナス思考に陥りそうになったとき“つぶやくべき言葉”
頭や体を使わなかったときの機能低下は、高齢になるほど激しくなります。寝込むようなことがなくても、コロナ自粛のように活動的でない生活が長く続くと、足腰がかなり弱って、認知症も悪化してしまう。
それほど高齢者にとって、脳機能、運動機能を維持するためには

「使い続ける」ということが重要なのです。
とにかく動く、とにかく頭を使う。身体と頭を使い続けることを心がけてください。
使えば使っただけ、老化を遅らせることが可能です。
逆に、体が動かないとき、体調がすぐれないときに「もうだめだ」と落ち込むと、いよいよ体や脳の老化を速めます。
マイナス思考に陥りそうになったときは、「なんとかなるさ」とつぶやいてみるといいでしょう。たったこれだけのことですが、脳内にドーパミンという「やる気ホルモン」が出ます。
脳は思いのほか単純にできていて、自分の言葉を信じる性質があるため「なんとかしよう」と奮起して、意欲が高まるのです。だまされたと思ってやってみてください。」

今号もご愛読・寄稿などご支援ご協力有難うございました。(H.O)
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 第497号・予告
【 書 評 】   吉田竜一『こうして人は老いていく
            ー衰えていく体との上手な付き合い方』
          (上村理絵著(株)アステム)
【私の一言】 福山忠彦『ホーホケキョは訓練の賜物 
             ウグイスの鳴き声を楽しみませんか』
 
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