3月24日撮影。
関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康は、1603(慶長8)年に江戸幕府を開きます。しかし、大阪城には未だに幕府にとって脅威だった豊臣家が拠点を置き、次の戦(後の大坂冬の陣と大坂夏の陣)に備える必要がありました。
家康は1610(慶長15)年に加藤清正、福島正則など豊臣方の恩顧(おんこ)の西国大名20家に命じ、天下普請として名古屋城の築城を開始します。それは豊臣方の包囲網と東海道の防衛を固めると共に、諸大名への抑止効果も兼ねていました。
春の訪れを告げる梅の花ですが、この日の名古屋城の梅はまだつぼみのものも多く、まだまだこれからが見頃でした。
「花見」と言えば、桜(特にソメイヨシノ)をイメージする人が多いと思いますが、奈良時代の「万葉集」では桜よりも梅の方が遥かに詠まれており、昔から日本人に親しまれてきた花のひとつと言えます。