武田久生オフィシャルブログ「公人と私人の間で」

武田久生オフィシャルブログ「公人と私人の間で」

日々のあれこれを、

日記風に、

徒然に。

戯言から、

思い出した箴言から、

言葉と行間で白い背景を埋めていこうと、宣言。

 

 

ある朝、目覚めると隣にジムができていた。

真っ白いそのジムの中に入居者は誰もおらず、手持ちのポケモンを一匹置いてみて、私はそれが幻ではないことを知った。

それまでは職場と家との間にあるジムが、他チームに占拠されていた場合、仕事帰りに潰してポケモンを配置していた。それで足りなければ、朝、レイドの合間にいくつか適当なジムを訪れて、日々の50コインボーナスを取得するようにしていた。

しかし、部屋の中で寝っ転がって缶ビールを飲みながらジムバトルができるのなら、断然そっちの方が楽に決まっている。

以来、私はこの新たなジムで日々のボーナスコインを取得するように努め出した。

新しいジムであるために、金ジム狙いのガチ勢や、とりあえず記念に置いてみたという感じの県外からの来訪者、ジムが自分の色に変わる度に空きを埋めにやってくるまったり勢、不正ツールを使用して遠隔操作で飛んでくる位置偽装勢など、種々のプレイヤーたちが頻繁にやってきた。

ポケモンGOGoogleMapと連携しており、実際の土地と仮想現実空間がゲーム内でリンクしている。ジムバトルをするためには、実際にそのジムのある地点までスマホを手にして移動しなければならない。

様々な連中が私の住む住居の傍まで、徒歩や自転車や車でやって来てバトルを挑んでくる様子だったが、私はそれを室内から撃退できるのだから、楽な勝負だと最初は思っていた。

しかし、やり始めて気付いたのだが、たまにGPSが不安定になり、すぐ隣にあるこのジムに、ギリギリ届かなかったりすることがある。それは小さなストレスだった。このストレス具合をここで「1ストレス」と仮定したい。

そういうときは仕方がないので、部屋の玄関扉を開け、階上階下を往復するエレベーターの脇辺りまでスマホを持って移動すると、確実にジムに届いた。しかし、この小さな移動もやはり小さなストレスに直結する行為であり、新たにここで「1ストレス」が発生してしまう。「1ストレス」+「1ストレス」で「2ストレス」の状態に陥るということをこれは意味している。

室内からは毎回必ずジムに届かないというわけではなく、難なくジムに届いてノンストレスでバトルを行うこともできる。しかし、エラーが出ると同時に発生する「1ストレス」の存在が嫌だった。

エレベーター脇で「2ストレス」を抱えてスマホを操作するよりも、最初からエレベーター脇まで移動し「1ストレス」だけ抱えて室内に戻るという方法を次第に私は取るようになっていった。

一旦、エレベーター脇からジムバトルに突入すると、その後は部屋に戻っても継続してその後のバトルができた。そうすると、改めて室内で横に寝っ転がり、ウィスキーをオンザロックで味わいながら、「これで―1ストレスだ」と、戯れに呟くようなことも可能となる。

 

ある夜、いくらジムから駆逐しても、何度も何度も奪還しに戻ってくるプレイヤーがいた。

冷酒を注いだグラスを傾けながらTVを見て笑い、ふっとスマホ画面に目をやるとまたジムが攻撃されている。少し防衛してみたが、一向に諦める様子がなかったので、一旦、ジムを明け渡した後に、改めて攻撃を仕掛けて奪還するという作戦をとることにした。

敵の攻撃が終わり、次は私が奪還する番だった。ジムをタップするとエラーが出て、1ストレスが発生した。

乱暴に冷酒を胃袋に流し込んだが怒りの炎の温度が高すぎたため「-1ストレス」効果は確認できず、「1ストレス」の発生を意識しながらエレベーター脇まで移動、加算した。室内に戻ってジムバトルの続き。それから酒の力を少し借りてストレスを「-」にした。

会社ではオーダーメイドのスーツにかっしり身を包み、白い歯を光らせて同僚たちと談笑しているような男も、家に帰って一人になると、全裸になってケツ毛を一本一本むしって花束を作るという遊技に耽っていたりするものだ。

私もやはり室内ではリラックスしていたい。

敵の攻撃によって膨大なストレスを抱えているようなときなら、尚更、「-ストレス」を得るために尽力したくなるのが人情というものだ。

グラスに入っていた冷酒を飲み干したので、台所に一升瓶を取りに行った。瓶口に直接口をつけ、体内に流し込むように日本酒を注ぎ入れる。普段、決して人前ではしないような飲み方を敢えてすることによって快感を得、大きくストレスを「-」させたかったのだ。酒の力によって「-ストレス」を得るという行為は、古来から多くの人々が実践してきたところであるのを私は教養として知っている。

ジムをタップするとエラーが出た。1ストレス。

この「1ストレス」をすっ飛ばして、直接エレベーター脇に移動しなかった自分に腹が立った。余分な「1ストレス」が更に発生したが、エレベーター脇に移動して「1ストレス」を更に加算。室内に戻ってジムバトル。日本酒。-1ストレス。ジム奪還。-1ストレス。敵の攻撃。1ストレス。

敵の攻撃が終わったのを確認し、「1ストレス」をすっ飛ばすために、エレベーター脇へ移動した。

ジムをタップした後、ふっと視線をスマホから上げると、エレベーターが目の前に迫ってきていた。

時すでに遅かった。

エレベーターの扉が開いたとき、「Night Of The Dead」と大きくログの入った黒いTシャツに、下はグレーと黒の横縞ボクサーブリーフで裸足、スマホと冷酒の入ったグラスを手にした男がそこに立っていたら、人はどう思うだろうか?

「キャッ!」と、隣りの若奥さんが叫んだとき、私の中には「絶望」という感情があった。

「すみませんっ!」と我に返って叫び、玄関扉を開けて逃げるように室内に戻った。

バトルの始まったスマホ画面を眺め降ろしながら、私はポケモンGOを止めようと考えた。

 

 

3か月後、隣りの奥さんとあれから初めてエレベーターで一緒になった。

3か月間、頭の中でシミュレーションし続けた台詞を口から発した。

「先日はお恥ずかしい姿をお見せしてしまい、すみませんでした」

彼女が少し引きつったような笑顔を浮かべたのが目に入ったが、「随分おくつろぎのようでしたね」という言葉を聞き取ると、私は口元へ湧き上がってこようとする自嘲的な笑いを押しとどめるため、己の視線を階数表示盤にずらし上げ、点灯数字が一つ、一つと横に移動していくのを眺め、それから先を続けた。

「実は、少し前からポケモンGOに嵌まっていまして……、あの場所から届くジムっていうのがあったんです。部屋の中からだと届かない……こともあるので、どうしてもあそこまで移動しなければならなくて」

「へえ、ポケモンGOだったんですね!」

どんな表情をしているのかはわからなかったが、彼女の顔を見ないまま言った。

「これだけは絶対に言っておきたくて」

そろそろ部屋のあるフロアだった。

「隣に馬鹿が住んでると思われるのは構わないんですが」

エレベーターが目的階に到着する。扉が開く。

「隣に変態が住んでるとは、思われたくなくて」

隣の若奥さんをちらっと見ると、彼女はうっすらと笑っていた。きっと、後で旦那にこの話をされて笑われるだろうなと思った。笑い話になってくれればいいと思った。

「すみません」

と、もう一度言って、部屋の玄関扉を鍵で開ける。

「そんな気にしなくていいよ」

閉じかかった玄関扉の隙間から、彼女がソフトなタメ口で言う声が聞こえてきた。錯覚かもしれないが、少しだけ許されたような気がした。

 

 

 

今、隣の部屋にはだれも住んでいない。

私のスマホにポケモンGOは入っていない。

ふっ

と気が付くと、2020年の8月も終わろうとしている。

連日気温は30度を超え、毎日毎日、朝から晩までうだるような暑さが続いている。

グレタ・トゥーンベリが主張しているように、地球は温暖化の一途を辿っていると思う。

10年前、20年前、30年前、夏は確かに暑かったが、これ程まで暑くはなかった。気候は確実に変動している。

 

暑さでぶっ壊れているんじゃないかと心配になり、久しぶりにノートPCを開いてみた。

昔、エアコンのない部屋でノートPCを長時間開いていたら、本体が異常なほど熱を帯び、緊急的に冷やそうと底部に保冷剤や袋に入れた氷を敷き詰めて押し当てていたところ、取り外すのを忘れてそのまま眠ってしまい、翌朝、氷が溶けて水浸しになっていたことがあった。

慌ててタオルで拭き取り乾かした後、恐る恐るまた使っていたのを、今度は赤ワインの入っていたグラスを手元から滑らせてキーボードの上にぶちまけてしまい、結局、そのPCは壊してしまった。

今使っているノートPCはその後買い替えたものなのだが、今年に入ってからまだ一度も立ち上げておらず、動作確認も兼ねて久々にブログ記事を書き出したのだが、8割方文章が完成したあたりで、突然、「ギューン!」という今まで耳にしたことのない奇声を発し、画面を真っ黒にさせてノートPCが沈黙、それから先は電源ボタンをいくら長押ししようが、半押ししようが、全押ししようが、うんともすんとも言わなくなった。

2時間近く、リズムに乗ってノリノリで書いていた文章が、恐らくは全て失われたということに対して私の心が受けた衝撃は巨大で、私はノートPCを両手で頭上に持ち上げ、そのまま床の上に叩きつけてこれを破壊、先日購入したクラフトジンとトニックウォーターをグラスに注いでステアしてから、部屋の玄関扉を開けて隣の部屋のインターホンを押し、「夜分遅くにすみません! 夜分遅くにすみません!」と叫びながら扉を叩き、これまで廊下で二言三言挨拶を交わしたことしかない隣の若奥さんが怪訝そうな表情で扉を開けたところに「ジントニックにライムを添えたいのですが、余っていたら少し分けていただけないでしょうか?」と、『シャイニング』でジャック・ニコルソンが浮かべていたような狂気の笑みを添えて訊ね、発狂を疑われても構わないような心境に陥るほど自我が崩壊しかかっていたのだが、いつの間にか暗転から水色に代わっていたPC画面に「Windowsの更新プログラムをインストール中です」という表示が為されていることに気付くと、「密室の殺人か……」と呟いて、読みかけの横溝正史『本陣殺人事件』の続きを読み始めた。

 

と、いつまでも消えてしまった文章のことを嘆いていても仕方がないので、このように新しい文章を書けばよい。

 

さて、前回のブログ記事をいつ書いたのか確認してみたところ、2019年の12月となっていた。

あれから約8か月。

新型コロナウィルスが世に登場し、社会の在り方がこれ程まで変容するとはそのときは想像もしていなかったが、偏向的なメディア情報や、コミュニティ内で起こる噂好き住人たちによる愚かな差別などに恐怖を感じて生きていても仕方がない。

遅かれ早かれ、誰しもがいつかは死ぬのだ。

それならば、私は私のしたいこと、やらなければならないことを、淡々と行って生きていくだけだ。

『雨のバケツ』でボブ・ディランも「やらなきゃいけないことをやるだけだ。だから上手くいくんだよ」と歌っていたではないか。

ブログの更新もその種のやらなければならないことリストに一応は入れていたのだが、日常をエンターテインする気力というものがどうもこの頃希薄になっているところがあり、読書や映画鑑賞によって他人の世界をインプットはし続けていても、書くという行為で自分の世界をアウトプットできていなかったところに悔しさを覚え、「そんなんやったらあかんわ」と関西人でもないのに関西弁で呟きながら、ネイティヴでもないのに小池百合子のように横文字を乱用しながら、とにかく私は今、久々にブログを書いている。

 

 

前回のブログタイトルは「ポケモンGO 朝活」とし、今回のブログタイトルにも「ポケモンGO」という表現を使用している。

今ブログがこのまま「ポケモンGO」というゲームの世界観を描き続けていくだろうことを信じてやまない方々ももしかしたらいるかもしれないが、実はここで一つ告白しなければならないことがある。

それは、私がすでに「ポケモンGO」アプリをアンインストールしているということだ。

何故か?

人はいつか必ず死ぬ。ゲームデータをあの世にもっていくことはできない。

と、達観して考えたというわけではない。

時間というものは有限で相対的なものであるため、ポケモンGOに夢中になっている時間が、実人生の総時間数から減算されているという当たり前のことに気付き、怖くなった。

と、主張したいわけでもない。

何故、私がポケモンGOから離脱したのか?

今回はそれについて書いてみたい。

 

 多少なりとも私の過去ブログを読んでくれたことのある方ならわかってくれると思うが、私はガチでこのゲームをやっていた。

全盛期には、毎朝4時起き、出勤前にレイドを4、5戦やり、日中は仕事の傍らで常に捕獲とバトルとレイドに時間を割き、夜眠るまでの間、アプリはずっと落とさずスマホを熱くさせ、常に大容量のバッテリーを持ち歩き、LINEではずっとポケモンGOで知り合った連中と会話していた。

軽課金者を謳ってはいたが、それでも月に3000円~6000円はアイテムを購入していた。

相当なエネルギーを「ポケモンGO」に注ぎ込んでいたことは理解して頂けるだろうと思う。

ゲーム依存、恐らくは中毒の域を、私はスマホを片手に揺蕩っていた。

 

『月光町ブルース』という小説を自費出版し、次に書く小説のテーマとして「ポケモンGO」というゲームを選んだつもりだった。

ゲームの世界観や、ゲームを通して出会った人々を描きながら、仮想現実空間内と現実空間に跨って発生するドラマを、二重構造的に書き上げたいと当初は考えていた。

いつの頃からか手段と目的を混同するようになっていた。

卵が先か、鶏が先か。

人間というものは、気付くとこの迷宮に入り込んでいることがある。

多少なりともこのブログに「ポケモンGO」のことを書くことはあっても、PCよりもスマホを触る頻度の方が格段に高くなり、次第に更新自体が滞りがちになっていった。

まとまった文章を書く時間はどんどん減り、読書や映画鑑賞の時間はいつしか0となった。

誰しもがこの人生では何かに依って生きていくことしかできないし、ゲームに依って生きることを否定するつもりはない。

ウィリアム・バロウズは『ジャンキー』で「ドラッグは一つの生き方だ」と書いていたはずだ。

責任を他者に擦り付けず、結果を自身の選択によるものとして受け止める覚悟があるのなら、全ての生き方は個人の自由であってよいと私は信じている。

だが、その依存、中毒対象の性質によっては、嵌まり込んだ人間の何か大切なものが大きく損なわれることもある。依存、中毒する対象は吟味してしかるべきだとも、だから私は考えている。

未だ全く手を付けていないし、今後書くことになるのかも現時点では全くわからないが、もしも「ポケモンGO」をテーマに小説を書くことがあれば、私はこれらの思弁の先を綴りたい。

 

(文字数オーバーで一つの記事にまとめられなかったため、次回へ続く)

出勤時間に差し迫り、今、勢いに任せてアップロードしておかなければ、また数年、書かない可能性もあると、上手くまとまらなかったにも関わらず、「次回に続く」として更新した前回のブログ。

続きを書くために読み返してみて、削除したい思いに駆られた。

何故か?

詰まらなかったためである。

 

二年八か月前にブログを放置し、ポケモンGOに沈溺していた。

それは事実である。

その間の出来事を面白おかしく書こうとした試みは良かったが、ポケモンGOを知らない人にも伝わるように書こうと努めた結果、文章は説明過多となり、物語に動きがないため退屈に感じられた。続きを書いてみたが、これもやはり同様の文章となり、結果、ブライアン・デ・パルマの映画『ヒューリー』のラストシーンのように、爆破して終わり、ということにしたくなったのだ。

 

そもそも何故自分がポケモンGOをやっていたのか。

もちろん、楽しかった、面白かったという事はあるが、それに加えてこのゲームを題材に小説を書けないだろうか? と思っていたところがあったことを、私は今、ここに告白しておかなければならない。

GPS機能を使用する事によって、現実空間と仮想空間の狭間に揺蕩っていた不思議な領域に多くの人々を呼び集め、仮想現実空間にドラマ性を持ち込んだこのゲームに私はとても注目していた。

ゲームがリリースされ、実際に自分自身もそのユーザーとなってプレイしていく内に、すっかりその世界観、機能、ゲーム内容に魅了された。

またゲーム上で知り合った実際の人々もおり、彼ら彼女らとの交友を通して浮上してくる人間ドラマもその小説内容には盛り込みたかった。

こういう思いが自分の中にあったため、ある程度のところまで書いて「次回に続く」、また少し頁を進めて「次回に続く」作戦で、このブログ自体を連続小説のような形とし、いつか書き上げるつもりのポケモンGO小説の草稿にしたかった。

が、プロットも練り上げないまま書き始めたこの文章が、いくら続きを書き足したところで小説の形になるのかどうか今はわからず、読み返せば読み返すほど詰まらなく感じられ、削除、という思いが湧き上がってくるのである。

 

今、町田康さんの『リフォームの爆発』という作品を読んでいて、作者が「リフォームをする前には破壊が必要である」とした件にとても納得している。

不具合を修正するための前段階としての破壊。

ヒンドゥー教の三大神を取り上げてみるとわかりやすいかもしれない。この世界自体が常に破壊と再生を繰り返しているからだ。

創造神ブラフマンが作り上げた世界を、維持神ヴィシュヌが継続させ、それをシヴァが破壊し、再生する。これによって、一つの円環が出来上がる。

かつてソドムもゴモラも神によって滅ぼされた。

その後、良きものを再生するために。

詰まらないと感じたブログを破壊し、それから新たなものを作り上げよう。

私もそう思った。

 

破壊へ向かってクリック、クリック。鼻歌交じりにブログ削除へ向かって動いていた私は、「削除してもいいですか?」というメッセージがポップアウトされるに及んで少し首を傾けた。

〇〇をぶっ潰す!として登場し喝采を浴び、実際に〇〇をぶっ潰した後に更なる喝采を浴びるが、そのまま満足してどこかへ行ってしまう政治家がいると、これも『リフォームの爆発』に書いているのを思い出した。

果たして、私はそういう政治家と同じタイプの人間でないと言えるだろうか?

シヴァ神のように破壊の後に再生ができるのだろうか?

三年弱書かなかった男がまた書こうと思うだろうか?

そこまでのヴァイタリティがあるだろうか?

あのようなブログではあっても「いいね」をつけてくれた人がいたのではないか?

そういう方々に失礼なのではないか?

人のために書いているのか?

自分のために書いているのか?

昨日のために書いているのか?

明日のために書いているのか?

明日はどっちだ?

矢吹丈はパンチドランカーか?

だっふんだ?

様々な疑問が脳裏に浮かび、私は「はい」か「いいえ」を選択するという画面で「いいえ」を選択した。

 

 

 ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※

 

 

 

毎朝4時頃、目を覚ます。

着衣すると、すぐに駐車場へ向かう。ドアを開ける。運転席に着く。エンジンを掛ける。

ジムはこの仮想現実空間の至る所にある。その全てに自分のポケモン達を置きたいが、最大20箇所までという仕様による縛りがある。

いくつかのジムを回った後、新たなジムにポケモンを配置している間に、つい先ほど置いたばかりのポケモンが倒され帰ってくる事もあるので、20箇所全てにポケモンを配置するのは至難の業ではあるが、出来得る限りの事はしたい。

結果、辿り着いたのがこの早朝のジム周りだった。

ボーナスコイン取得のためという事もあるが、早朝活動のモチベーションを高めている理由はそれだけではなかった。

ジムにポケモンを置き、ジム貢献度を高めていくと、最終的には「金ジム」という状態になるのである。

初期設定でのステータスでの状態はノーマル、貢献度は「0」なのが、そのジムにポケモンを置くことによって+「100」の貢献度が手に入る。ジムバトルをしてCP3000程度のポケモンを倒すと貢献度+約「30」、レイドを一度行えば+「1,000」という風に、ジム毎の貢献度は常に加算されていく。

 

 

ジム貢献度が「500」になれば、ステータスはブロンズに昇り、そこから更に+「4,000」を得ればシルバー、+「40,000」の獲得でゴールド状態、すなわち「金ジム」となる。

「金ジム」になると、そのジムから排出されるアイテム数が増える。ボールや木の実、回復薬が多く排出されるようになる。

ボールはもちろんポケモンを捕まえるときに使用する。木の実はポケモンを捕まえやすくするアイテムであると同時に、ジムに置いているポケモンに与えることで「やる気」を回復させる。

ジムバトルではポケモン達の「やる気」が重要だった。やる気が下がると、ポケモン達に設定されているCPも下がる。CPというのはポケモンの総合的能力を示す数値で、これが高いポケモンほど強い。低CP状態ではその本来の力をジムで発揮することができなくなり、容易に倒すことが可能になる。逆に「やる気」MAX状態のポケモンは強く、倒すのに時間が掛かる上、こちらのポケモンがダメージを受けることも覚悟しなければならない。

ジムに置いている時間に応じて「やる気」は少しずつ下がり続ける。木の実はこれを回復させるためのアイテムだ。実際にジムまで移動し、近距離から木の実を与えるとその効果は大きいが、遠距離から木の実を与えることもできる。その場合「やる気」の回復率はたかが知れているのだが、木の実にはジム貢献度そのものを高める作用もあり、木の実を「1」個に応じて「10」貢献度が手に入るため、主に「金ジム」作成のためにこの遠隔木の実は良く投げられる。

回復薬はバトルで傷ついたポケモンを癒すためのアイテムである。ジムバトルやレイドバトルでポケモンが倒れた場合、「げんきのかけら」や「げんきのかたまり」で蘇らせ、「きずぐすり」「すごいきずぐすり」「まんたんのくすり」等を使用して癒す。HPが完全に回復していないと、そのポケモンをジムに置くことはできない。

このゲームを行うにあたって、これらのアイテムは有効利用しなければならなかった。こういったアイテムの排出率を高くするためには、自分の住居の近くにあるジム、生活圏内にあるジム、良く訪れるジム等を「金ジム」状態にしておく必要があった。

 

以前は自転車や徒歩で、自分の住んでいる町のジムを回っていた。

しかし、近所のジムが全てこの「金ジム」になってしまうと、更なる「金ジム」を目指して自分は他のエリアを訪れるようになった。そのエリアのジムも全て「金ジム」になれば今度は隣の地区、それからまた隣の地区、というように常に移動を繰り返していた。

早朝の町はひっそりとしている。冷たい空気が頬を刺す。スマホ画面を傍らに、車のハンドルを操作して目に付くジムの脇に停車する。前日の夜から配置され、やる気とCPが低下して弱り切ったポケモン達を一匹ずつ駆逐していく。

CP3000程度のポケモンは強く、弱点を突いて攻撃しなければ制限時間以内に倒す事はまずできないが、一度倒してしまえばCPがぐっと下がる。総合戦闘力が下がるため、今度は少し楽に倒す事ができる。倒すと、敵ポケモンのCPは更に下がる。

どれだけ強いポケモンであっても、木の実を与えない限りやる気、CPは時間に応じて自然と低下していく。やる気MAXのポケモンを倒そうと思えば、このCPを下げる作業を人為的に行わなければならないため、合計3回のバトルが必要だ。通常、一つのジムには6匹のポケモンが配置されており、この6匹のCPをすべて0にする事を考えると、3×6匹で、18回のバトルをしなければならない。やる気MAX状態のジムを空っぽにしようと思えば、20~30分程度の時間を見なければならない。

早朝のジムにいるポケモン達は木の実が与えられていない事が多く、1×6匹で、数分で簡単に倒す事ができる。

空っぽになったジムに、自分のポケモンを置く。空きがあれば後に同じチームの人たちも自分のポケモンを置くことができるが、敵プレイヤーがその前に攻撃してくる事もある。そのため、倒されにくくするためには防御力の高いポケモンを先頭に置くのが望ましい。

「ハピナス」と呼ばれる防御力とHPの種族値が高いポケモンを私は好んで配置していた。ある程度ゲームをやり込んだ人でなければ「ハピナス」を倒すのは至難の業だ。完全に育て上げた高CPの「ハピナス」を、淘汰して空っぽになったジムに置くことによって、漸くそのジムを制圧したという実感が込み上げてくる。

毎朝、大体この作業を10~20箇所のジムで行う。私の移動した後には「ハピナス」たちが残される。

時には、ジム先住者がすでに目覚めていて、正にたった今自分が攻撃されていることに気付き「きんのズリのみ」と呼ばれる木の実で防衛してくることもある。この特殊な木の実を使用すると、配置しているポケモンのやる気、CPが完全復活し、弱っていたポケモンがジムに置きたての状態となる。あと一撃で倒せると思って殴っていたポケモンの耐久力が突然上がるのでこちらは驚く。

相手がそのジムに居続けたければ、この「きんのズリのみ」、通称「金ズリ」を使用し続ける事となる。ジム画面を見つめ、やる気が減ってきたポケモンに「金ズリ」を与える事になる。飯を食っていても、風呂に入っていても、相手の攻撃が止まらなければスマホを傍らに置いて金ズリを入れ続ける。

しかし、「金ズリ」はレイドバトルの褒賞としてしか手に入れることができない。レイドは無課金では一日一回しか行えないということを考えると、これは一種の課金アイテムに準ずる存在とも呼ぶことができた。

防衛側はこの貴重な「金ズリ」を使用してジムを守る必要がある。攻撃側のポケモンはバトルによってHPが低下していくため回復薬を適宜使用しながら戦い続ける。相手のジムに対する執着心を見誤ると、お互い貴重なアイテムを大量に失う危険性がある。勝者と敗者に分かれるまで、この戦いは繰り広げられる。正に意地と意地のぶつかり合いであった。

時には一つのジムを制圧するために、1時間や2時間、そのジムの脇に停車し続け、見えない相手と延々と殴り合いをする事もあった。この戦いでは心が折れた方が負ける。一旦、そこまで踏み込んでしまうと、相手の心を折る覚悟が必要だった。

だが、このバトルに勝利したときの恍惚、達成感はなんとも形容し難い。この喜びを享受したいがためにジム周りをしているのかもしれないと、私は時折、考えていた。

 

 

熱いジムバトルではあるが、ここまでやることは稀だった。

ジムバトルは早朝活動の一環ではあっても、全てではなかった。6時頃から孵化し出す伝説ポケモン達とのレイドバトルに備える必要が私にはあった。

「金ズリ」防衛の止む気配がない場合、大抵、私は面倒臭くなって攻撃を止めた。隣の別ジムを攻撃し、そこが防衛されなければさくっと制圧してポケモンを配置してしまう。それからLINEを開いた。

6時05分 青春の鏡像 5卵」

ジムバトル中に飛び込んできたメッセージだった。時間と意味内容だけ通知画面で確認し、ジムを制圧してからきちんと開いて再確認するようにしていた。

65分に「青春の鏡像」ジムで、伝説レイドがあるということをこれは意味していた。ジム上に出現した卵があと何分で孵化するかが表示された画面を撮ったスクリーンショットも貼られていた。

自分同様、早朝からポケモンGOに興じている連中と作ったグループライン。通称「朝活グループライン」。

出勤までの時間帯、そのとき動ける複数人で効率的に伝説レイドバトルを行おうという趣旨で始めたものだった。

 

(次回に続く)

 

私は破壊をしなかった。

もう少しだけ踏ん張ってみる。