横浜 コーディアル司法書士 所博之

横浜 コーディアル司法書士 所博之

LECと伊藤塾を通じて司法書士講師業25年のキャリアを活かしたブログ

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先週末、天候に恵まれたため、鎌倉大仏ハイキングコースを散策しました。

久しぶりに江ノ電に乗り、長谷駅から長谷寺を拝観し、鎌倉大仏は見学はせず、その裏山から葛原岡・源氏山公園・銭洗弁財天などを訪れ、鎌倉市役所の前から鎌倉駅西口に向かうルートをたどりました。

人混みの多い「小町通り」とは反対側でしたが、歩くことが主目的でしたので、それなりに堪能できました。

 

銭洗弁財天=宇賀福神社では、鎌倉五名水の一つで、この水で洗ったお金は増えて戻ってくるというので、翌日ドキドキしながら、洗った1万円札を使ったところ、早速ご利益がありました。

というのも、先方のつり銭ミスで余分に取られていたことを私が気づかなかったのですが、正直にその時の担当者から連絡があり、無事にお金が増えて戻ってきたというご利益です。

 

      江ノ電乗車時のショット

 

さて、住宅ローン完済時の抹消登記の依頼があったのですが、30年も前に、担保権の抹消書類(担保権の登記済証や抹消のための委任状等)を受け取り、そのまま金庫に大切に保管したまま、抹消登記をせずにいたため、その担保権者である会社(いわゆるノンバンク)が、現在、見つからないという事態に陥りました。

 

当時の書類に記載された会社の電話番号に電話をかけても、現在は使われておらず、そのノンバンクの変遷も、ネットで検索してもヒットせず、オンラインでは「閉鎖登記簿謄本」を取得できないため、管轄の法務局に書面(郵送)ですることにしました。

 

6通目の閉鎖登記簿謄本取得で、ようやく平成27年に会社の解散、清算人、清算結了登記にたどり着きました。

途中、合併あり、本店移転あり、商号変更あり、会社分割ありで、全然、違う名前の会社になっていましたが、キチンと清算結了まで終えていたことで、安堵しました。

 

というのも、担保権者が、登記を放置していると、除権決定や抹消登記訴訟等、裁判所を絡めた手続きをしなければならないからです。

たかが、抹消登記ですが、ますます面倒な手続きが必要となるケースです。

 

そこで、最後の閉鎖登記簿謄本に記載されている代表清算人を探すことになったのですが、役員の名前を追いかけていると、解散した際に初めて登場した代表清算人が掲載されていました。つまり、今までの代表取締役ではない人が代表清算人となっていることが判明。

 

「この代表清算人は、弁護士かも知れない。」という直感をもとに、検索をかけたところ、見事、弁護士であることが判明し、抹消に必要な書類を作成してもらうことになりました(実際には弊所で書類を作成し、その弁護士に押印をしてもらうことに。)。

 

所有者不明土地や空家が問題となっている昨今、担保権者の方も変遷していくことがあり得るため、登記を放置することは、やはりマイナスとなることも納得した次第です。

 

 

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先週末、映画「素晴らしき世界」を観賞してきました。

映画を観る前に、その原作「身分帳」を読んでいましたが、映画ではノンフィクションでありながら、はるかに良い仕上がりとなっていて、感動しました。

原作を読んだ時には、感動はなく、主人公の13年の服役後の生活が如実に描かれ、心が苦しかったのですが、映画監督による脚本で、見事に再生され、役所広司の演技とあいまって何度も涙が溢れました。

 

 

さて、今年は例年より早く桜が咲いたようですが、13年という年月で、思い出すのが、2019年10月【合格までの長い道のり】に、このブログでも紹介した13回目の受験でやっと合格を果たした彼です。

 

安定した公務員の職を辞め、子供が生まれたのをきっかけに、司法書士を目指すことに。配偶者も公務員だっただけに、生活はなんとかなったものの、簡単には合格できず、気が付いたときには、子供は中学生の多感な時期に。

 

主夫として、家事全般をするのはいうまでもなく、子供の送迎やお弁当作りもしていたものの、親せきや家族からも、ほぼ見放され、周りからは、「いつまで勉強をしているのか、いい加減にしたら。」という冷たい視線を浴びながらも、続けたこの試験勉強。

 

でも、あきらめずに勉強を続けた甲斐あって、ようやく合格を果たしました。そして、先日、受験時代の御礼ということで、彼のお得意先の鮮魚店から、立派なお魚が我が家に届きました。しかも、事務所がコロナ禍でも順調で忙しく、補助者を正式に雇うまでにもなりましたと嬉しい報告も。

 

彼にとっての13年間は、決して無駄な期間ではなく、今となっては「合格に必要で大切な期間だった」と思えるというメッセージまでも。

そして、その13年、世界中の父親で一番子供と一緒にいられた、最も幸せな父親だったと、振り返っていました。

彼に、本当の桜が咲いたことを実感した瞬間です。

 

やはり、私がいつも実感しているように、彼も「自分の身の回りに起こることで、決して無駄なものは何一つない。すべて自分が生きていく糧になる。」、ということを素直に受け止めることが、出来ていました。

 

 

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週末、晴天に恵まれ、三浦半島の最高峰である「大楠山」登山(ハイキング)に行ってきました。

最高峰といっても、241m程。

ですが、山頂からは海岸の街並みと滅多にみることができない富士山も見ることができ、3~4時間の行程も、楽しく歩くことができました。

 

行きは湘南国際村の登山道入口から山頂を目指し、帰りは遊歩道のある「前田川」を目標に下り、前田橋バス停から森戸海岸などを眺めながらバスで逗子駅に向かい、昼食をいただいて帰ってきました。

日本人にとっては格別の富士山も、真正面に眺めることができ、コロナ禍での生活にも、清々しさを味わうことができました。

 

         大楠山山頂からの富士山

 

さて、タイトルにあるように、ある著名人が、今年になって司法書士を目指し、法学部で学び始めたとのことです。

それは、昔から「司法書士」に憧れていたからだという、私たち司法書士にとっては、嬉しい記事を目にしました。

その方が、司法書士を知っていたことも驚きですが、どのようにして、司法書士へ憧れを抱いたのか、とても気になります。

是非とも、合格して、そのいきさつを話してもらいたいです。

 

司法書士の仕事は派手さはないですが、依頼者の要請に応じて仕事を成し遂げたときの達成感は、言葉では言い尽くせないほどの喜びを感じられる仕事です。

一般の人には、このブログでも紹介する珍しい事例も、私たちにとっては日常的な出来事で、それをできる限り平静に、そして淡々とこなしていきます。

 

相続人だけでは話が全く進まないときに、我々が提案したり関与することで話が進展するきっかけとなったり、高齢となった独り身の兄弟姉妹が遠方に住み、お世話ができずに困っている場合や認知症となって家族が介護等で疲れ果て、困っている場合に後見人等となったり、我々が間に入ることで絶縁状態だった親子の絆を取り戻すきっかけとなったり、と。

 

もちろん、お金にならない仕事も多いですし、上手くいかないこともありますが、地味な仕事のなかにも気が付かないところで、人の心に染み渡る仕事をしていることが多く、依頼者の非日常が、いつのまにか日常に戻っていることを実感し、「司法書士になってよかった」という喜びを感じられる仕事が多いのも確かです。

 

すべてが「司法書士」ということで依頼される仕事だけでなく、依頼者としてはダメもとで話をして下さったとき、困っているときに打ち明け話をして下さったことで解決へ導けたこともあり、そういったあまり期待されない場面で、われわれの業務は成り立っていることも多いのです。

それも「司法書士」という資格があればこそ、話を真摯に聞ける立場になれるからでしょう。

 

他の似たような資格と区別がつかない人も多い中、はっきりと「司法書士になりたい」と憧れを抱いてもらえる資格であることに感謝しつつ、これからも、それに恥じないよう日々精進していきたいです。

 

 

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コロナ禍で恒例の仙台訪問が今年は叶わず、寂しいと感じていましたが、幸い、宮城県名取市在住の私のクラスだった方から、仙台名物の「せり」を送っていただきました。

早速「せり鍋」にしていただきましたが、やはり、根っこの部分が風味があって美味しく、残っただし汁で、次の日は、雑炊にしていただいた次第です。

 

東日本大震災があってから今年で10年の節目を迎えますが、毎年欠かさず仙台を訪問していただけに、今年は行けない寂しさを「せり鍋」によって、思い起こしています。

津波で流された住宅があった場所に雪が降り、その中に黄色いハンカチがなびき、「荒浜の再生を心から願う」という看板を見たとき、涙が込み上げてきたあの想いは、今も私の大切な原動力となっています。

 

           仙台の被災地「荒浜」の住宅街

 

さて、司法書士の登記業務おいて、「押印規定の見直し」となる意外な改正がありました。

商業登記規則改正にあわせて、令和3年1月29日付法務省民商第10号(通達)が出され、下記書類について、「押印の有無について審査を要しない」、つまり、「登記申請に押印が不要な文書」として、整理されました。

  • 定款(設立登記の申請書に添付されるものを除く)
  • 資本金の額の計上に関する証明書
  • 払込みがあったことを証する書面
  • 組織再編・資本金の額の減少等の場合に債権者に対し催告した旨を証明した書面
  • 合併・吸収分割・新設分割の契約書等
  • 株主リスト
  • 添付書面について原本還付請求をする場合の謄本
  • 本人確認証明書の謄本

特に、原本還付請求をする際、割印が不要という(解釈になる)ことも、意外です。

それは、司法書士の登記申請が、今まで、ずっと押印が前提だっただけに、「押印をしないでよい」という扱いが、信じがたいからです。

これから、徐々に、押印不要として浸透していくのでしょうが、実務上は、念のため、まだこれらの書類に押印をしてもらっているのが実際です。

 

押印が不要になるというのは、申請する側に立つとありがたいことですが、それを業務として代理する立場となると、まだまだ不安な気持ちが先行してしまいます。

しかし、これらの書類の押印が不要となると、登記申請まで、手間や時間をかけなくて済むということが実感できるようになるのは、すぐそこまで来ているように思われます。

 

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現在私が神奈川県司法書士会(以下単に「本会」)で担当する労働問題ワーキングチームでは、労働問題の電話相談員としての登録者(登録には一定の研修が必須とされている)が30名弱と、本会には1200名程の会員を擁しながらも、これだけの人数です。

 

毎週水曜日13時~16時に労働電話相談を実施しても、相談件数は1件~2件、ケースによっては0となることもしばしばです。

 

私の場合は、比較的他の司法書士よりも労働問題を扱うケースが多いことから、日本司法書士会連合会(以下単に「日司連」)からも声をかけていただき、日司連の「労働問題対応委員会」に所属し、司法書士が労働問題を扱っていることや相談にのれることを、広く世間に知ってもらうべく、活動をしています。

 

最近の「日司連」の研修では、外国人の技能実習生の労働が奴隷化していることを取り上げていますが、借金を抱えて日本へ働きに来たものの、不満を言って辞めさせられると強制帰国となってしまうため、たいていの場合は、我慢しているのが実態です。

 

ものが言えない社会的弱者には、過酷な労働条件はもとより、残業代未払い、家賃等の名にかりた搾取、パワハラ、セクハラが、いまだに横行している実態には、驚いています。

 

 

さて、労働問題が対応できる司法書士の他に、最近では信託業務のできる司法書士が求められています。

民事信託は、比較的新しい制度のため徐々に普及していますが、私を含め、まだまだ信託自体の理解が追い付いていないのが実際です。

 

先日、ある銀行から、身寄りがない顧客の金銭信託の受益者代理人に、公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート(以下単に「リーガルサポート」)の会員になってもらえないかと打診がありましたが、リーガルサポートでは後見業務が目的のため、信託業務を引受けることができず、断ることになりました。

 

しかし、私がリーガルサポートの役員として、この経緯をMLで知り、本会の私が担当する「民事信託推進委員会」へ繋げ、銀行の本店へ委員長等と一緒に本会を代表して訪問し、信託業務の責任者とも面談することができ、今後は連携して、顧客からの相談等があった場合には、本会を紹介いただける運びとなりました。

 

そして、本会として、その銀行から受益者代理人、相談内容によっては顧客の任意後見人も引受けられるよう整備を始めることになりました。

 

今後司法書士が、信託業務も取り組んでいけるよう、リーガルサポートとの協同での研修企画や信託の相談員名簿(一定の研修と能力を担保)を作成し、これからの世間の要望に応えられるようにしていきたいと願っています。

 

 

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私のもとに今も届く、試験合否の連絡。

 

今年も、届きましたが、それは合格の連絡でした。しかも、私が伊藤塾で教えた最後のクラスの彼。

その彼からは毎年、試験に落ちるたびに私に連絡が届いていました。


でも、今回は無事に最終合格できたことを、私に伝えたくての連絡。

それは、この司法書士試験に導いたのは、他ならぬ私だったからだという。

何度も、何度も、不合格を突き付けられていただけに、本当に私も嬉しいです。


その彼の合格までは、とても辛く険しい道のりでした。

8回目の試験での合格なので、私の入門講座受講からだと、約10年。

毎日、病気になっても、子どもが生まれてもと、どんなことがあっても、毎朝4時に起きて、6時まで勉強し、そのあとは、家事、育児、仕事を続けていました。

試験に落ちるたびに、もう、毎日が地獄のようで、悔しくて、悔しくて、情け無くて、自分はなぜ合格できないのか?他の合格する人と何が違うのか自問自答する日々がずっと続きました。

応援してくれる人もほぼおらず、ずっとずっと1人でこの10年、いつかいつか自分が報われる日が必ず来ることだけを信じて、必死で勉強を続け、私のモットーである「苦しければ最高」と何回も何回も唱えたといいます。

 

でも、とうとう昨年不合格のときに耐え切れず、私にメールで「試験勉強を辞めます宣言」がありました。

それは、「もう、こんなにつらい生活と勉強は続けられない。とにかく、しんどい。民法改正が控えているので、また新しい勉強が必要だと思うと無理だ、限界だと思った。」とのことでした。

私は、いったん、その宣言を受け入れ、それでも、また勉強する機会が訪れるかもしれないので、諦めないでほしいとメールを返信しました。

 

 

その後、「一生このまま後悔した思いをして生きていくことなんて到底受け入れられない。」と思い直し、勉強を続けてくれていました。

そして、今回の合格の報告。

「あのとき本当に諦めなくて良かったと心底思っております。先生が伊藤塾を辞めてから、10年近くは経っておりますが、ようやく、ようやくこのような報告ができることを何度も何度も夢を描きながら、生きてきて、それが現実になりました。」と。

私も涙が出るほど、嬉しいです。


「この試験を振り返ってみると、不合格という結果は、私にとって必要なものだったと改めて思っております。人の苦しみ、辛さ、悔しさ等おそらく、短期間で合格していたら絶対に分からなかったと思います。この試験に求められているのは、心技体であって、いくら技術=知識があっても合格出来ず、必ずそれに加え、成熟した精神がなければ絶対に合格出来ないことを身をもって知りました。」と、届いた感謝のメール。

 

不合格だった連絡が今までずっと私にあったからこそ、今回の報告が余計に嬉しいです。

講師だったことを誇りに思わせてくれる連絡が今もあることに幸せを感じています。

 

あなたの合格を信じている人が、ここにもいることを忘れないで、これからも勉強を続けて欲しいです。

 

 

 

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コロナ禍での生活が1年近く続き、我慢の限界にも達しつつあります。

普段何気なくできていたことができない不自由さに気が付かされ、あらためて昨年までの平凡な日常生活が懐かしく感じられます。

あたりまえのように新幹線や飛行機に乗って移動や旅行ができていたあの頃は、戻ってくるのだろうかと心配になる今日この頃です。

本当に早く収束してもらいたいものです。

 

 

このコロナ禍にあって幸いしていることも多くあります。

来所できない依頼者や来所するまでもない依頼者も、メールと郵送でのやり取りで対応することに、今まで以上に抵抗がなくなりました。

お互い移動して対話するリスクが回避できるからです。

ちょうど、登記申請が出頭主義からオンラインや郵送申請が可能となったときのように、移動時間やそれに伴う交通費が不要となったことは喜ばしいことです。

 

また私は現在多くの司法書士からみの会務等をかかえていて、今までだったら、会議のある場所まで移動しなければならなかったのですが、コロナ禍にあっては、事務所のパソコンを通しての会議で対応できることは幸いです。

 

司法書士会の理事として、3つの委員会(民事信託、裁判事務、労働)と理事会、

簡裁代理権取得のための特別研修委員会、

横浜北支部役員会議、

公益社団法人成年後見センター・リーガル・サポートの副支部長として指導監督委員会と正副支部長会議、

日本司法書士会連合会の労働問題対応委員会の会議等、

コロナ禍でなければ、移動に伴う時間を加味すると相当な時間が節約できているからです。

 

それ以外にもライオンズクラブや同窓会の役員等、1か月に多くの会議や会合があるにもかかわらず、本当に今まで、よく調整できていたと我ながら感心しています。

そして1日の締めくくりとしてジムでのスイミングが、コロナ禍にあっても、週5~6可能となっています。

 

我慢の限界も、スイミングで解消できていることに、あらためて気づかされているコロナ禍です。

 

 

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年末年始に予定していたGoToトラベルでの家族旅行もキャンセルし、自粛生活のなかでの新年を迎えました。

あけまして、おめでとうございます。

コロナ禍でも、無事に新年を迎えることができ、ホッとしています。

年末もおかげさまで忙しく、30日まで仕事をしていました。

 

 

さて、自宅で過ごす時間が多くなった年末年始ですが、なんと、40年ぶりに山口百恵の武道館でのファイナルコンサートを映像で観賞することができました。

NHKBSで10月に放映されたものを録画していたのを観ることができたからです。

私は当時、山口百恵のファンクラブにも入っていて、青春時代は、まさに山口百恵一色でした。

 

40年前、私の山口百恵の最後のコンサートを生ライブで観賞したのは、名古屋の「御園座」でした。

マイクを置く姿を最後に、芸能界という表舞台から潔く引退しましたが、私にとって、かけがえのない存在が無くなった寂しさを、最後のコンサートを観て、涙ながらに思い起こしました。

 

その影響もあったのでしょうか、私も25年続けた講師業から潔く引退することができました。

今では講師業に、なんの未練もないから不思議です。

 

それでも、嬉しいことに、今でも、合格発表があると、私のクラスだった方々から連絡をいただきます。

昨年は、合格発表日がクリスマスイブという、何とも言えない日となりましたが、未だに勉強を続けている人のことを想うと胸が締め付けられます。

あなたの合格を信じている人がここにもいることを忘れずに、勉強を続けてほしいと願っています。

いつか同じ環境や現場で、同じ志を持って、一緒に仕事ができる機会を心待ちにしています。

 

 

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木々が色めき、落ち葉舞う季節が過ぎ、街角にはクリスマスのイルミネーションが鮮やかになりつつあります。

朝夕の寒さにも慣れてきましたが、コロナ禍で安易な風邪をひかないように気をつけています。

といっても、スイミングを続けているおかげで、10年以上、風邪はひいていないです。

 

さて、楽しみにしている大学の同窓での「ゆる登山」ですが、今年1月に実施以降、コロナ禍でずっと見送り状態でした。

しかし、感染症予防のガイドラインを順守し、先週末、11カ月ぶりに再開しましたので、参加しました。

 

鎌倉の衣張山をめざし、国指定史跡「名越切通」を通り、「まんだら堂やぐら群」を観賞するコースでした。

久しぶりの面々の方もいましたが、初参加の方も5~6名いて、20名を超える程の参加となりました。

 

   年に2回期間限定公開の「まんだら堂やぐら群」

 

今年を振り返ると、5月の非常事態宣言までは、閑古鳥が鳴く状態だった弊所も、6月以降、徐々に忙しくなり、今では事務所開設以来の多忙状態となっています。

 

もともと吹けば飛ぶような小さな弊所ですが、著名人の方からの依頼もあり、なんだか司法書士らしくなりました。

というと、怪しい感じですが、すっかり司法書士が板についた状態を、自分自身で実感できるようになりました。

本当にありがたいことです。

 

成年後見、家族信託、相続(登記だけでなく、遺産分割協議書を作成し、預貯金・有価証券等を相続分に応じて相続人へ承継させる相続手続全般、遺言執行者として遺贈等の手続)は、もとより、会社のストックオプション発行や優先株式等の種類株の発行等、企業法務がらみの仕事も増えつつあります。

 

最近増えているのが、離婚に伴う財産分与による所有権移転登記の依頼です。

コロナ禍の影響なのか、などと思いを巡らしていますが、今まで実際に登記をすることまでは放置していたため、この機会に整理する思い切りがついた、という印象を受けています。

 

嬉しいのは、随分前の区役所・市役所等の(電話)相談も含めた方々が、年末ということもあるのでしょうか、仕事を依頼に来所してくださることが増えていることです。

この区役所等での相談は、われわれ司法書士は直接の受任はできず、名前しか伝えられないのですが、わざわざ事務所を調べて依頼のために来ていただけることに感謝するばかりです。

 

年内はあとわずかとなりましたが、年末ギリギリまで、この忙しさが続きそうな気配です。

 

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冬の冷たい風が身に染みるようになってきました。

コロナ禍で、近隣の横浜アリーナは、静かになっていましたが、少しずつ人の数も増えているように思われます。

早く、ファン層で講演アーチストが判明する元の活気にあふれる横浜アリーナに戻って欲しいです。

 

 

さて、今回は、被後見人の遺言作成をした事例の紹介です。

被後見人は、通常、遺言能力すら認められないため、遺言を作成することはできないのですが、私が担当した被後見人(以下「本人」という。)は、多少の失見当識はあるものの、認知症ではなく、高次脳機能障害で要介護5となり、後見対象となった方です。

 

海外旅行中に脳溢血で倒れ、現地で入院しましたが、その海外の病院でいわゆる「胃婁」となり、そのままコロナ禍に、日本の病院に運ばれ入院しました。その病院のメディカルソーシャルワーカー(MSW)から、本人に従兄弟は居れど、相続人がいないこともあり、後見人依頼が私にありました。

 

当初は、失見当識がひどかったのですが、驚くべき程の回復をみせ、自宅の電話番号だけでなく、自分の携帯電話の番号も、スラスラ出てくるほどになりました。

その後、主治医の判断で退院が決まり、本人の強い希望もあり、自宅で生活することとなったのですが、本当に自宅で生活のめどが立つのか、主治医、理学療法士、作業療法士、MSW、施設の介護士、訪問看護師、ケアプラザの職員、後見人等、12名が本人の自宅に実況見分に向かい検討した結果、自宅での生活が認められました。

 

そこで、退院後、独居老人として万が一のことも考慮し、主治医や看護師の勧めもあり、退院前の遺言作成となり、本人も納得しました。

 

被後見人の遺言作成には、民法973条にあるように、医師2名以上が立ち会うことが前提ですが、主治医と院長先生の2人に「本人は事理弁識能力を欠く状態ではなかった」旨を確認のうえ立ち会ってもらえ、そして、公証人に病院まで来てもらい、遺言が完成した次第です。

 

相続人がいないため、本人が残した財産の行方が気がかりでしたが、ある団体へ5割寄付、残りを従兄弟たちに均等に遺贈するという内容となり、私が遺言執行者となることに。

 

私が後見人に就任した際には、本人死亡後、「相続人不存在から特別縁故者への財産分与」という手間暇のかかる手続きを考えていたのが、今回の遺言作成で、その迂遠な方法は不要となり、気がかりが無くなってホッとしています。

 

 

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