横浜 コーディアル司法書士 所博之

横浜 コーディアル司法書士 所博之

LECと伊藤塾を通じて司法書士講師業25年のキャリアを活かしたブログ

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先週末、散策に出かけた街が神保町。

古本屋が多い街ですが妻が行ってみたいということで、36年前の記憶をもとに案内しました。

カフェと一緒になった古本屋も増えていて、おしゃれな本屋さんが街を活気づけていました。

 

 ちょうどNHK朝ドラ「虎に翼」が放映されていることもあり、その舞台の明治大学やお茶の水にある湯島聖堂、神田明神などを散策しました。

 

 

 お昼には、当時の友人と一緒に行っていた欧風カレーの「ボンディ」を30分ほどの行列にもかかわらず並んで待ちました。

 今もカレーを注文すると「じゃがいもが2個」付いていて、当時と一緒だと懐かしみながら美味しくいただきました。

 

じゃがいもが2個付くのは、カレーの中にじゃがいもを入れてしまうと水っぽくなるため別にして提供すること。

 また、学生が多い街のため、お腹いっぱいになって欲しいという初代店主の思いからとのことです。

 

 

さて、36年前の記憶を思い出したので、当時水道橋にあったLEC法総研(教材等を制作する部署で、当時のメンバーに日司連の副会長もいます。)で一緒だった友人の話です。

 

その彼は、私と同い年で当時(平成元年)はお互い20代。当時の私は飯田橋に住んでいましたが、その彼の帰る最寄り駅は神保町のため、そこまで私としては少し回り道をしながらも、よく一緒に帰りました。

 

そこで、彼と一緒に食事した店で今でも覚えているのが、先ほど紹介した「ボンディ」のカレーでした。

 

法律家としての志を熱く語る彼は、当時、検事をめざし司法試験に挑戦していました。

私は司法試験をめざすわけでもなかったのですが、司法書士試験に合格してLEC法総研に所属し講師をしていましたので、彼のその想いを受け止めながら、二人で将来のことを語り合っていました。

 

結局、彼は志半ばで司法試験を断念し、法律家への道は閉ざされてしまいましたが、今でもその時の彼の法律家への想いに触れると胸が熱くなります。

 

NHK朝ドラ「虎に翼」を観ていると、目標を果たせず、法律家を断念せざるを得なかった仲間とその当時の彼が重なり、目頭が熱くなります。

 

これまでに大勢の断念せざるを得なかった仲間たちのことを思うと、今の状況に感謝しつつ、襟を正す気持ちを今も持てています。

 

 

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このGWは、三重県にある「御在所岳」登山をしました。

 

息子が高2のとき、高校サッカー部インターハイが三重県鈴鹿でありましたが、メンバー外となっていましたので、来年こそはレギュラー入りをと願って、試合観戦に行った際、伊勢神宮へ参拝に行ってました。

 

おかげさまで参拝のご利益があり、その翌年にはレギュラーに選ばれ沖縄でのインターハイで全国制覇を果たしてくれました。

 

そのお礼参りを兼ねて、このGWも伊勢神宮へ参拝に行きました。当時は内宮だけの参拝でしたが、今回は外宮も内宮も参拝し、「おかげ横丁」を散策し、赤福本店での抹茶のかき氷など、お伊勢参りを堪能しました。

 

 

登山した御在所岳には、上記の「奇岩」があり、絶対に落ちないことで有名な岩をまじかで拝み、まだ合格を果たせない受験生への合格祈願もしています。

 

さて、タイトルの転勤に振り回されない開業の件です。

 

嬉しいことにGWの谷間に、15年以上前の伊藤塾時代の私のクラスの方で、現在は司法書士となっている方が挨拶に弊所に来てくれました。


「合格してから私に挨拶を」と考えていたようですが、合格までは長い年月を要し、本試験直前に過呼吸による過換気症候群になり受験を断念したりと、とても苦労しながら合格を果たしたことを話してくれました。

 

受講当時はまだ結婚前でしたが、結婚、出産、子育て、旦那さんの度重なる転勤を経て、親の介護とお子さん2人の高校受験のことを考え、ご自身の実家のある横浜での開業を選んだようです。

 

ですから旦那さんは今後も単身赴任のままで、彼女はこれからはお子さんと一緒に横浜での生活と親の介護も視野に入れての開業とのことです。

 

彼女のように転勤には振り回されなくて済むように、司法書士開業を選択する女性も増えていますが、これは女性だけでなく、男性でも家族のために司法書士の資格をとって開業を目指す方も多いことを実感しています。

 

公務員、会社員は確かに安定していますが、出世すればするほど転勤がついてまわります。

転勤に振り回されないで司法書士として開業し、自分の気に入った地域に根ざした生き方ができるのも、司法書士の魅力となっています。

 

 

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先日は、久しぶりに大学の先輩等と一緒に、桜咲く高尾山への山登りに行って来ました。

 

今まで、私が最年少だったのが、1年3か月ぶりに参加したところ、嬉しいことに私の後輩が3名になっていました。

 

高尾山には往復ケーブルカーを利用しましたが、3号路を通り、高尾山山頂から小仏城山コース往復で28000歩を歩き、富士山だけでなく鮮やかに咲く花を観賞することもできました。

 

 

さて、タイトルのNHK朝ドラ「虎に翼」で小林薫演じる穂高先生の件です。

 

実は、この穂高先生は、「穂積陳重」の長男である「穂積重遠(ほづみ しげとお)」がモチーフになっているということを知りました。

 

穂高先生は、伊藤沙莉演じる「猪爪寅子」の恩師ですが、私の敬愛する法律家の穂積陳重(ほづみ のぶしげ)が父であることを知ったから驚きです。

 

というのも神奈川県司法書士会の法教育委員会のメールで朝ドラの話題から知ったのですが、穂積陳重は、「法窓夜話」という本を出していて、それは、日々夜自宅で、陳重が息子の重遠に話した内容をまとめたものということです。

 

私もその「法窓夜話」を購入し、読みたいと思っています。

 

  

 

穂積陳重の銅像建設を拒み、庶民のために作られた「穂積橋」のエピソードは有名ですが、これは陳重本人ではなく、遺族が強く拒んだと言われるため、その父の想いが子供らにしっかりと引き継がれていたことがうかがえます。

 

朝ドラでは、夫の妻の財産管理について明治民法は夫にあると定めていますが、今回の夫の妻の母の大事な形見である衣類の財産管理は権利濫用にあたるということで、妻への引き渡しを命じる判決の言い渡しは、印象的です。

 

柔らかく、かみ砕くように諭す「重遠」の法律家としての立ち居振る舞いは、「明治民法生みの親」と呼ばれる「陳重」の姿から生まれていたことに妙に納得した次第です。

 

そして、重遠は「日本の資本主義の父」と呼ばれる「渋沢栄一」の初孫にあたるというから驚きです。

 

親の姿を見て子は育つと言われますが、こんな時代に素敵な親子の姿があったのかと思うと、心が豊かになりながら、NHK朝ドラを観ています。

 

 

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先週は、昨年も行った「江川せせらぎ緑道」にお花見をしに行きました。

コロナ禍を過ぎ、親子連れも多く、川でザリガニを獲ったり、魚を釣ったりと大勢の方が押し寄せて楽しんでいました。

 

桜はまだ満開ではなかったですが、チューリップは満開で、桜とチューリップの鮮やかな色のコントラストの中、散策を堪能できました。

この「江川せせらぎ緑道」は自宅から近い場所なので、毎年の楽しみになりました。

 

 

さて、タイトルの受験生へのエールです。

今年も、司法書士会で新人研修の「成年後見ゼミナール」を担当し、11名の方が私のグループでした。

 

そのうち、単調な公務員の仕事が物足りず、JICA(国際協力機構)でバヌアツ共和国へ行っていたりと20年ほどかけて合格した方、20年以上前に勉強を始め、合格をあきらめず子供に司法書士である自分の姿を見せたいという子育て世代の女性が3名、バイト生活をしながら18回目で合格した方が2名など、本当に受験期間が長い合格者が大勢いました。

 

受験が長いことは決して恥ずかしいことではなく、司法書士を心底、愛すればこそ続けられた証しであると私は受け止めています。

 

以前にもこのブログで記載しましたが、「合格まで時間がかかったからには必ず意味があり、その受験時代の経験が司法書士になったときに必ず役に立ち、その経験の持ち主でないとできない仕事や待っていてくれる人々がかならずいる。」という私の話を思い出してほしい。

 

上手くいかなかった受験生を笑顔にするすべは、私には持ち合わせていないですが、どんなときでもあきらめずに合格をめざす受験生を応援する気持ちは、今も持ち続けています。

 

それは、あなたが合格できなかったときに悔しさに耐えていた姿、あえて陽気に振舞っていた姿、そして涙を流しながらも机に向かっていた姿、もがきながらも努力を惜しまない姿を私は知っているから。

どんなことがあっても、私はあなたのことを応援していること、あなたのそばで見守っていることを思い出してほしい。

 

たとえ受験期間が長くなったとしても、あなたがいつかは自分の花を咲かせ、輝いている姿を、ずっと心待ちにしている人がここにもいることを忘れないでほしいと心から願っています。
 

 

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卒業式シーズンとなりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

 

おかげさまで我が家の息子も大学の卒業式を迎えましたが、同じ大学の大学院進学のため、大学の卒業式には行かないことにしました。

その代わり、コロナ禍で入学式がなかったこともあったので、息子の通っていたキャンパスを初めて妻と一緒に散策することにしました。

 

親としての責任を感じつつも、まだまだ子供のために働ける幸せを感じながら、自分自身の大学時代を重ねあわせるように、キャンパス内を歩きました。

 

 

さて、タイトルの相続の件です。

つい先日に、平成26年に他界した方の相続依頼があり、その手続きがすべて完了しました。

 

依頼があったのは、もともとは台湾人の方で母の相続につき日本在住の次女からでしたが、その両親と次女は日本国籍を取得。他の4人の相続人は3人がアメリカ在住でアメリカ国籍取得、1人が台湾在住で台湾人のままでした。

 

渋谷にあるマンションを父母で2分の1ずつで所有していましたが、海外在住の相続人全員からの書類が揃わないことで、母の相続登記は出来ないままに。

 

取り急ぎ、母の預貯金につき、台湾での戸籍(翻訳文付)と日本での戸籍を取り寄せ、法定相続分の2分の1につき、父へ相続させる手続き(当時の銀行は判例に基づき配偶者であればその手続きに応じてくれました)を済ませました。

 

また、父の名義の2分の1の持分については、今後のことを視野に入れ、公正証書遺言を作成し、次女名義とする内容としました。

 

その後、遺産分割協議に必要な書類を次女を通して要請するも、台湾に住む長女と連絡が取れないこともあり、しばらく塩漬け状態になって、ずっと気になっていました。

 

ところが、昨年の7月頃に、次女から連絡があり、台湾在住の長女と連絡が取れたこと、長女と父とは確執がありそれが解消されたことなどから、相続手続きに必要な遺産分割協議書類を揃えられる運びとなりました。

 

そこで、台湾での印鑑証明書やアメリカ在住相続人の宣誓供述書等を取り寄せ、母名義2分の1のマンションにつき次女への相続登記や株式や預貯金の相続手続きを終え、相続人への遺産承継が無事に完了しました。

 

ナント依頼者の父は、アメリカ在住で弊所来所時は93歳で、現在は103歳になっていましたが、ご存命のうちに10年越しの相続手続きを終え、ホッとしているところです。

 

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先週は、自宅から近い「孤独のグルメ」で放映されたお店へ、妻と一緒に散策をかねて歩いて訪れました。

 

そこは、東急東横線の白楽駅近くにある「キッチン友」と「珈琲文明」というお店。

どちらの店も、放映から随分経っているのですが、大勢のお客さんが押し寄せていて、おそるべし「孤独のグルメ」を実感した次第です。

 

 

      富士山山頂 浅間大社

 

さて、タイトルの遺産承継業務の件です。

 

相続登記の依頼と同時に不動産以外の財産につき、遺産分割協議書の作成依頼も多いのですが、その遺産分割協議の延長として、そのまま相続財産である預貯金や株式の相続手続き及びその財産の分配等を行うのが、遺産承継業務です。

 

遺言執行者であれば、遺言書で指名又は家裁から選任されて行う不動産の処分や預貯金の入出金、株式の売却等の業務を、相続人から委任を受けて行う「遺産整理者」として行うものです。

これは司法書士法施行細則31条に基づき、依頼者から委任を受けて、代理人として財産管理を行うものです。

 

特に、相続人が兄弟姉妹、甥姪になる場合には司法書士が中立公正の立場で相続手続きを行い、それを相続分に応じて各相続人に分配することができるため、依頼いただくことが多いです。

 

最近は、その遺産承継業務の依頼が増えていますが、相続登記義務化に伴いさらに増えていくと思われます。

 

これは司法書士が後見人としてご本人の財産を管理することが増え、その信頼が、相続人や家裁はもとより、世間一般に少しずつ浸透していることが背景にあります。

 

一生かけて築いた大切な財産を、大切な人へ渡しつつ、その想いを繋げる役割を担えることに、法律家としての醍醐味を感じています。

 

 

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2月の最初の連休、天城山登山を目指して天城縦走登山口まで車で向かいましたが、あと1キロ程手前で雪が多く残っていて登山口までたどり着けずに、やむなく断念しました。

 

またチャンスを見つけてチャレンジをしたいと思っています。

 

その日、他の登山者の活動日記をYAMAPで確認したところ、かなりの雪登山となっていて、「無理をして登山口まで行かなくて良かった」と思ったほどです。

   

 

その代わり、昔行ったことのある「浄蓮の滝」を見に行きましたし、宿泊する修善寺温泉街近くの「梅林」を散策しました。

 

また、孤独のグルメで紹介され食べに行きたかった「わさび丼」を食べることができました。

かつお節とノリに、生わさびをスリおろし、しょうゆをスプレーでかけて食べるのですが、いつもは脇役のわさびがメインとなり、わさびの美味しさと風味を堪能することができました。

 

 

さて、タイトルの伊藤塾の同窓会の件です。

 

伊藤塾の私の同じクラスで受講していた仲間が4人(男性2名、女性2名)と私を入れて5人が中目黒に集まり、近況を語り合う、ちょっとした同窓会を開いてくれ感激しました。

 

当時23歳だった方が40歳になっていましたので、17年程前の私のクラスの方々です。

 

そのうち2名は司法書士試験に合格していますが、2名は別の道に進んでいました。

 

当時の私の講義ネタなどを思い出しながら、皆さんの現在に至るまでを聞かせてくれました。

 

そのクラスのメンバーには、司法書士会の会長を担っている方もいますが、その4人の中には、まだ子供が小さいのに白血病に罹患し、生命の危機に瀕していましたが、そこから生還を果たした方もいて、今回の再会に、喜びをかみしめています。

 

コロナ禍で司法書士業をいったん休業し他の専門分野の業務委託をしながら生計を立てていた方もいましたが、相続登記義務化で司法書士業務が繁忙期になるタイミングでの再開を検討しているようでしたので、私からも後押しをしています。

 

今後は、司法書士としてはもちろん、それに関連した仕事上のつながりがをお互いに持てれば素敵だな、としみじみ思った次第です。

 

 

 

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先週は、所属する司法書士会の支部での講義、地域ケアプラザでの講義、そして司法書士資格ガイダンスでの講義が3日続き、今どきの「カラダぐぅ、頭くるっくぅ」と言いたくなるほど、鬼レンちゃんの講義となりました。

 

資格ガイダンスでは、2年前にガイダンスを受講し、昨年の試験で合格を果たした現役公務員の方の合格体験談も聞けて、久しぶりに私自身も受験指導時代を思い出すことができました。

 

受験指導を離れて10年以上経ちますが、司法書士を志した熱い想いに触れる機会が与えられ、いまだに講師時代の「はじめに」を語る自分に驚いています。

 

さて、先々週は、4年ぶりの仙台となりました。

 

今回はボランティアで仙台を訪れていたときに、いつも私の乗る「横浜」行の夜行バスの時間まで一緒にいてくれた私のクラスで勉強していた受験生2人と会うのが目的でした。

 

牛タンやセリ鍋、三角あぶらあげなど、仙台名物を食べながら、震災後ボランティアで仙台を訪れていたときの思い出話に花が咲きました。

 

2人はまだ合格をあきらめていないので、「合格まで時間がかかっても、そこには必ず意味があり、その受験時代の経験が司法書士になったときに必ず役に立ち、その経験の持ち主でないとできない仕事も多くある。」という話をしつつ、私なりにエールを送っていました。

 

私も2人の合格をあきらめないですし、2人が司法書士となるのを夢に描き、その時が来るのを心待ちにしています。

 

翌朝は、妻からのリクエストがあった「シーラカンスモナカ」を店のオープン前の行列に並び、ゲットしてきました。

このモナカは今まで食べたことのない食感で、癖になる程美味しく、行列ができるほどの人気には理由があるなと感心した次第です。

  

     

 

そして、お昼は、私の特別研修グループⅠでの講義を受講し、宮城県多賀城市で開業している司法書士と一緒に食べることもできました。

 

その彼は、かつて私の特別研修のグループで気仙沼市の復興職員となった司法書士とも、偶然にも同じ事務所だったため、これからもご縁を大切にしていきたいと思った次第です。

 

久しぶりの仙台ですが、コロナ禍もあけたので、また行きたいと思っています。

 

 

 

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新年早々から、4年ぶりの神奈川県司法書士会の賀詞交歓会の総括責任者として、運営や来賓の方々の接遇等に追われ忙しくしていました。

 

そして、コロナ禍もあけ、今週末は久しぶりに仙台へ行くことができるようになり、懐かしい方々との再会も控え、楽しみにしているところです。

 

その一方で、ソウル南部法務士会の副会長が「孤独のグルメ」の(現ユン大統領も)ファンということを聞いていたため、年末年始にテレ東で放映されたTVを観たところ、面白くなり、アマゾンプライムでも少しずつ観るようになっています。

 

 

実は昨年の仕事納めの12月28日に、横浜家裁へ成年後見人選任審判書を直接受領に行くという、初めての経験ができました。

 

これは、今まで後見人だった方が、大動脈解離で入院し、幸いにも一命をとりとめましたが、その後脳梗塞を発症し、後見業務を行うことができなくなったためです。

 

そのためリーガルの役員等で、その後見人の受任中の案件を手分けし、急遽、私も後任の後見人として選任されました。

 

通常は成年後見人選任審判書が送達して効力発生なのですが、12月28日に送付していたのでは送達が遅くなるため、年末年始に何かあっても後見人として対応できるよう、家裁と連携し、審判と同時に効力を生じさせるため受領に至ったというわけです。

家裁では、担当書記官から審判書とあわせて効力発生証明書を受領し、施設にもすぐに連絡を入れてもらいました。

 

前回のブログで記載したように、年始は縄文杉に登る予定でしたので、ひやひやしながら登りましたが、それよりも羽田便欠航の方が勝った次第です。

 

以前、後見人が認知症になってしまったことで後見業務を引き継ぎましたが、今回は、生命の危機に瀕する後見人の入院により、後見人の家族を通して、無事に引き継ぎを終えました。

 

今回の後見業務では、後見人に緊急事態が生じた場合の対応の仕方を学べた次第です。

 

 

 

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新年は明けましたが、元旦に発生した石川能登半島の地震で被害にあわれた方々のお見舞いと一人でも多くの命が助かること、そして1日でも早い復興を心より願っています。

 
 

 

新年は2日に横浜ドヤ街、寿町での「寿町越冬相談」が仕事始めでした。

冷たい小雨が降る中、寿町公園での野外相談となりました。毎年ここでの炊き出しには、山本太郎議員がお手伝いに駆け付けてくれ挨拶を交わしますが、今年は能登に向かっていたようです。

 

屋久島への家族旅行は、2日夕方に発生した羽田空港での衝突事故により出発が危ぶまれましたが、無事に羽田を出発し屋久島に着くことができました。

 

ところが、帰りはJAL羽田便が欠航となってしまいました。

ナントそれを知ったのが、目的地の「縄文杉」に辿り着き達成感に浸っていたときでした。

 

縄文杉を観るデッキでは電波が入る環境だったこともあり、偶然にも確認したJALからのお知らせメールからでした。

 

娘は屋久島最終日の翌日には仕事があるため延泊も出来ず、しばし途方に暮れていましたが、取り急ぎ、そのデッキからJALに電話を入れても繋がらないため、帰りは鹿児島中央駅から新横浜駅までの新幹線をネットで予約して、重い足取りながらも屋久島空港を目標に帰途に着きました。

 

 

 14年程前に家族で屋久島に行ったときには行けなかった念願の「縄文杉」に、今回は挑戦し達成できました。デッキから撮った「縄文杉」のショットです。

 

朝4時に起床、ホテルから朝食用のおにぎりとお昼用お弁当を受け取り、「荒川登山口」に着いたのが夜明け前の5時半頃。

 

ヘッドライトの灯りを頼りにトロッコ道を歩き始め「大株歩道入口」まで8キロ、「縄文杉」まで3キロと片道だけで11キロの道のり。

休憩時間を含めて往復10時間で22キロ、43619歩の行程は1日としては最高記録となりました。

 

下山後、屋久島空港に向かい、JALのカウンターで欠航を知らせるメールをスタッフに見せて対応を依頼しました。

 

すると、屋久島からは福岡空港行きもあり、それに空席があったため、早速、福岡便を押さえてもらい、福岡(博多駅)からの新幹線で帰途に着くことにしました。

 

こちらで当初予約した鹿児島中央駅からの新幹線を博多駅からに変更し新横浜駅までの新幹線代金は、現地のJALに現金で支払ってもらいました。

 

実は、直前に息子が行けなくなってしまったのですが、欠航になったことでJALの帰りの便だけではなく、幸いにも往復航空運賃分の払い戻しも可能となりました。

 

今回はJALと旅行会社のパックツアーのため、一人だけのキャンセルが出来ず、息子の分はあきらめていたのですが、思わぬツアーの規約に驚いた次第です。

 

屋久島最終日の天気は雨でしたが、福岡に着いたときには快晴となり、3時間程滞在する中で、もつ鍋や水炊き鍋などのランチや買い物、カフェタイムを楽しむことができました。

 

思わぬハプニングで昔住んでいた福岡を懐かしむことができ、ちょっとしたお年玉をいただいた気分に浸れました。

 

 

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