言葉の大切さ | 広澤克実オフィシャルブログ「トラさんのちょっと虎話」Powered by Ameba
2017年10月10日(火)

言葉の大切さ

テーマ:2017タイガース

今朝(10日)、ネットでニュースを読んでいると、球界の大御所が早実の清宮君の事を論じていた。曰く、「プロでの成功は難しい。パリーグに行けば 可能性」との事だった。

その根拠としては、走力に問題があり、プロでの成功を妨げる、との趣旨だった。また、その大御所は 清宮君がプロ野球選手としての目標として 「王さんの本塁打記録を超える事を目指したい」とした事に「土台、無理な話」と切り捨てた、という。

個人的な意見なので こちらの大御所のご意見には賛否両論あると思う。ただ、現時点ではまだ清宮君の身分は高校生である。プロ志望届けを出したとは言え、純然たる高校3年生なのである。

プロの選手に対してならば、厳しい意見や評価は 甘んじて受ける必要は時としてある。評論家もそこは批判の対象として論じることもあるだろう。しかし高校生の目標まで否定してしまうのはどうだろうか。 如何なる実績を持っていようが、学生の目標まで否定してしまう権限はないはずである。

成功を収めた多くのアスリートたちが「夢を持つ事は 大切な事だ」と訴えているというのに球界の大御所と言われる人が その目標や夢を否定してしまうのは 残念だ。はたして本当にそんな事を言ったのか?と唖然としてしまう。

まっ、こんなブログを書いてしまうと、いつかその大御所の耳に入り お叱りを受けるかもしれない。しかしそれも 覚悟の上だ。私みたいな人間が球界に一人ぐらいいても構わないだろう。

とにかく、このニュースコメントが清宮君やその家族の皆さんの目に入らない事を願うばかりである。


さて、今日は そもそも私が野球をするキッカケになった話をしようと思う。
それは 私がまだ小学1年生の時だった。私が生まれた茨城県下妻市の三道地という町内にはドラえもんに出てくるジャイアンみたい人間がいた。いわゆるその町内の子供たちを半ば強制的に仕切っている存在だ。

私には 5つ上、つまり当時小6の兄がいてそのジャイアンはその兄の同級生だった。当然、兄もジャイアンには逆らえない立場だった。

その頃の遊びと言えば ずばり野球だった。近くの比較的広い神社の境内で小学生たちがおのおの集まって野球をしていたのだ。何しろ 家に帰ったらランドセルを家の中にぶん投げて 走って行ったものだった。なぜそんなに急ぐかというと、少しでも遅いとジャイアンに怒られてしまうのだ。

野球と言っても 当時使っていたボールは 軟式ボールより柔らかいゴムボールを使っていた。私は いつも 兄に付いて行き 隣の民家などに入ったファールボールなどを取りに行く役割をしていた。

そんなある日、いつになく、人の集まりが悪い日があった。あまりに少ないので、小1の私まで 試合に狩り出さることになったのだ。私は よくわからないままライトを守らされた。ただ、ジャイアンの機嫌はすこぶる悪い。小1の私を担ぎ出さなければならないほど、集まりが悪いのもあったろう。

自らはピッチャーのジャイアンはライトの私の方に近づき「かつみ、ボールを落としたら 承知しないぞ!」と、それはそれは もの凄く怖い顔をして言ってきたのだ。

まだ、小1である。6年生のジャイアンに脅されてガチガチに緊張していた。

そんな状況で試合は始まり、こまかくどのようなシチュエーションだったかは覚えていないが、ついに打球が私の方に飛んで来たのだ。

それは もう 天にも上がるかの様なフライだった。それは大人から見たら、たかが小学生の打球である。何て事はないだろう。しかし、当時、小学1年生の私には天に届きそうなほど高い高いフライだったのだ。

「落としたら ジャイアンに殴られる」。そう思うと、ただひたすら打球を追いかけ、必死になってグローブを出した。

あれは 本当に「まぐれ」だったと思う。次の瞬間、「スパッ」と打球がグローブに収まったのだ。

時間が止まったような感覚が訪れたあと、おっかないジャイアンが私の方に走ってきた。そして、「かつみ、上手いぞ、兄貴より 上手いぞ!」と満面な笑顔で褒めてくれたのだ。そんなジャイアンの笑顔と、グローブを通してボールを捕球した感触は 今も 忘れられない。

それからの私は 野球が好きで 好きで 町内では 有名な野球少年になったのだ。小学3年生の時、下妻リトルジャイアンツという野球チームに入り、テレビで王さんや長嶋さんを見る度に プロ野球選手になりたい、と 夢を膨らませたのだ。

しかし振り返れば、あの時、ジャイアンに褒めて貰っていなければ 私は 野球をしていただろうか?と考える事がある。もし、あの時落球してジャイアンに殴られていたら 私は 野球が大嫌いになっていたかもしれない。

そう考えると、ただの意地悪な小学6年生の言葉が 一人の人間の人生に大きな影響を与えたことになる。

言葉はときに暴力となり 人を傷つけてしまう事もあるが、反対に人を勇気付けたり感動させる力もあるんだということは年を重ねるにつれてよく感じる。

現役生活を終え、第二の人生と言われる今、評論家だろうが解説者だろうが 言葉の重要性は認識している。これがまして、指導者ともなれば 言葉の重みや責任は増し、もっと 重要なのである。

 
私の過去の発言の中にも消しゴムで消してしまいたいものは山ほどある。しかし過去の話は取り返しがつかない。
 
ならばこそ、今後は言葉をしっかりと勉強し、人を傷つけたりせず、また野球を分かりやすく解説していきたいと心の底から思う。

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