キュレーションの力

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勝見明氏の心に響く言葉より…

 

 

キュレーションは美術館や博物館で企画や展示を担当する専門職のキュレーターに由来します。

 

例えば美術館のキュレーターは、既存の作品、資料の意味や価値を問い直し、コンテンツを選択して絞り込み、それらを結びつけて新しい意味や価値を生み出す。

 

そんなキュレーターの仕事と同じ発想が、あらゆるビジネスにおいて求められているのです。

 

フリーの「無料」、シェアの「共有」にならって、キュレーションをひと言で表現するなら「編集」ないしは「新しい編集」とでもなるでしょう。

 

 

例えば、アップルのタブレット・コンピュータ「iPad」は、アメリカでは「キュレーテッド・コンピューティング」と呼ばれます。

 

多機能化や高機能化を積み重ねてきたパソコンと異なり、つくり手によってコンテンツや機能が選択され絞り込まれ、編集されたことで、逆に使いやすさという新しい体験の価値が提供されるコンピュータといった意味合いです。

 

ネット上でも氾濫(はんらん)する情報の中から一定のコンセプトにより選択し、編集して新しい価値を持った情報を発信する「情報のキュレーション」が盛んに行われています。

 

 

キュレーションの成功例は街の中にもあります。

 

百貨店は、「百貨」の名の通り、多彩な商品がそろっている業態で、主に高級品を扱います。

 

その百貨店は業績が低迷し、業界の売り上げは今世紀に入り、この10年で約10兆円から約7兆円(2018年は約6兆円)にまで縮小しました。

 

一方、替わって人気上昇中なのが、ユナイテッドアローズ、ビームス、シップス、ベイクルーズといった、センスのよい洗練された商品を選び、絞り込んで提供するセレクトショップです。

 

人気セレクトショップがテナントとして入る駅ビルのルミネは、この10年あまりで売上高が百貨店とは逆に約70パーセントも増えています。

 

 

セレクトショップもキュレーションの典型で、欧米ではオーナーやスタッフは、キュレーターに例えられたりもします。

 

この場合、キュレーションは「目利(めき)き」といった意味にもなるでしょう。

 

 

やはりテレビ番組で、テレビ朝日系列の『アメトーク!』というトーク番組があります。

 

お笑芸人の雨が上がり決死隊がMCを務め、毎回、7~8人のお笑芸人ゲストが出演します。

 

短命のお笑番組が多い中で、2003年4月にレギュラー化されてから、午後11時15分~午前0時15分という深夜枠ながら、平均10パーセント前後の視聴率を保ち、ときには15パーセント前後の高視聴率をたたきだす人気番組です。

 

漫才ブームが始まり、この10年間の間に覚えきれないほど多くの芸人が登場しました。

 

それは芸人過剰時代を思わせるほどです。

 

『アメトーク!』の持ち味は、その中から人気の高さや知名度といった既存の尺度ではなく、有名無名を問わず、毎回、ある共通性を持った芸人たちを集める“くくりトーク”のくくり方にあります。

 

家電好きの「家電芸人」、住居が近い「五反田芸人」、通う店が同じだった「餃子の王将芸人」など、いわゆる楽屋ネタをテーマに設定することで、芸人の日常の中にお笑の価値を発掘するのです。

 

これも、一種の芸人のキュレーションです。

 

中でも特徴的なのは、「滑舌(かつぜつ)悪い芸人」「中学のときイケてないグループに属していた芸人」「人見知り芸人」…等々、“負の笑い”を誘うくくりがしばしば行われ、どちらかというと地味な芸人が集められるのに、逆に新鮮さが生まれ、面白さと親しみを感じてしまうところです。

 

芸能界においては、その他大勢的な売れていない芸人も、くくりトークでくくられるとにわかに光を放ち、価値を持つ。

 

いわば“石ころ”も“ダイヤ”に変わる。

 

それがキュレーションです。

 

過剰でとらえきれない状態から、選択し絞り込み、結びつけ、編集し、新しい価値を生み出す。

 

どうやら世の中はその方向に向かっているようです。

 

 

過剰な世界から絞り込みの世界へ。

 

より多くからよりシンプルへ。

 

多機能高機能から絞り込まれた“腎機能”“好機能”へ。

 

マルチからスマートへ。

 

 

21世紀には大きな流れが生まれようとしています。

 

受け手の視点で目利きし、再編集して「より善い価値」「より適した価値」を実現していくキュレーションの時代に入ろうとしているのです。

 

アップルのスティーブ・ジョブズがキーになる機能をキュレートしてiPadをつくり出したように、自分が取り組む仕事やビジネスにおいて何をどうキュレートすればいいかという、キュレーターとしての意識です。

 

 

世の中にあらゆる価値があふれ、先が見えにくいときは、受け手の視点で目利きし、「何をどう編集するか」というキュレーションの考え方を取り入れると、仕事の方向性がとてもすっきり整理されます。

 

 

石ころをダイヤに変える「キュレーション」の力』潮出版社

 

 

 

 

 

キュレーター、長谷川祐子氏の「キュレーション 知と感性を揺さぶる力」(集英社新書)より

 

『「キュレーション」という言葉を用いた書物が、アートの文脈とは無関係に出版されるほど、いまキュレーション、キュレーターという言葉が市民権を得つつある。

 

選択する、解釈する、構成するという意味ではエディターの仕事に近く、展覧会を企画し、美術館をつくったり、アーティストの新作制作に関わったりする点ではプロデューサーに近いともいえる。

 

一方で文献、フィールドの双方に関わるリサーチャーであり、ときにアカデミックなテキストから批評テキスト、そして展覧会の広報印刷物のキャッチコピーまで考える書き手でもある。

 

そして展覧会企画の予算から執行の流れをマネジメントする管理者でもある。

 

キュレーターの仕事は、視覚芸術を解釈し、これに添って、芸術を再度プレゼンテーションすること、これが基本といえる。

 

世に知られていない生まれたばかりの作品を展示することは、美術史的に評価の定着した作品を展示することとは、かなり異なっている。

 

前者は、キュレーターの解釈力や表現力が問われるのだ。

 

それまでなかった価値観や知覚意識、嗜好(しこう)の生産に関わることは、社会や経済とも関わることになる。

 

いい作品はどう判断するのかと、よく聞かれることがある。

 

長いこと記憶に残っている作品と答えることが多いが、では若い作家の作品を最初に見たとき、その場でどう判断するのか。

 

それは、その作品が視覚の中に「到来する」「侵入してくる」という以外に表現のしようがない。

 

それは、視覚的インパクトという表現ではすまない何かなのである。

 

こちらの視覚的記憶の蓄積とそのたびごとに積み重ねてきた解釈や判断の集積により、経験あるキュレーターの眼はたえず既視感にさらされている。

 

その既視感ブロックを破って侵入してくる作品は、そこだけモノクロから総天然色になったときのような新鮮さがある。

 

アートのキュレーターとして何が重要かといえば、この視覚的記憶がすぐれていることであり、この視覚要素を他のあらゆる事象やロジックと結びつける力、そして視覚的・感覚的シミュレーション能力だろう。』

 

 

キュレーターという仕事は、美術館や博物館の専門家だけでなく、今では多くの職業に存在する。

 

たとえば、店主がセレクトした厳選した本だけを陳列する本屋さんや、オーナーやカリスマ店員の選んだ洋服や、雑貨などのショップ。

 

あるいは、本を自らの好みで選びそれをSNS等で紹介するブックキュレーター。

 

 

キュレーションはあらゆるところで行われ、エバンジェリスト的なキュレーターがいる。

 

エバンジェリストとは、伝道師のことだが、IT業界で主に使われ、最新のテクノロジーを一般の人にわかりやすく伝えたり、解説したり、啓蒙したりする役割の人だ。

 

現代はあふれかえる情報の洪水のまっただ中にあり、その中から自分にとって有益な情報を選び取るのが難しい時代だ。

 

 

キュレーションの力は今後ますます必要とされる。

 

 

 

 
 
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