雨のカフェにて | フーテンひぐらし

フーテンひぐらし

永遠の放課後。なかなか大人になれない。テーマ曲は「ダイナマイトが百五十屯」@小林旭

 

最近お気に入りのシャビーなカフェの窓に面したひとり席で、雨を見ながらぼんやりアイスコーヒーを飲んでたら、左サイドの視界に動くものがあって、ふとそちらを見た。

窓に面したカウンターが壁沿いに続いてるんだけど、私の左サイドは座席はなく、観葉植物やらアンティークな置物やらのある一角で。そこに、一匹の黒々して大きめなGが歩いていた。

ギョッとして目を見開いたんだけど、私からは1メートルほどの距離があったのと、店内がひとり客ばかりであまりにいい感じに静かだったのと、何よりGご本人が疾走モードじゃなかったので、警戒しつつそのまま動向を見守っていた。

Gは触覚を器用に動かして観葉植物の植木鉢を確かめつつのぼろうとしたり、途中でやめて今度は隣の置物を探索したり、楽しそうであった。

Gの何が気持ち悪いかって、あの素速さじゃないすか。でもそのGは「そもそもはこんなにゆったりしてる生き物なのか」と感心するくらいのんびりしてた。完全に昼下がりのお散歩トーン。こんなにまじまじと眺める機会などないので、「こうやってみてるとただの虫じゃん…クワガタとかと大体一緒では…」とすら思った。

反対側には女性客もいるし、「これは店員さんに告げた方がいいだろうな」とは思ったのだけど「待てよ…いま告げて店員さんによる捕物が始まってしまったら皆もビビるし、店内がムダに大騒ぎになってはいけない」と悩んだ。

その時であった。
そのGは育ちがいいのかG族としてのリスクマネジメントができないまま大人になったのか、鼻歌を歌いながら(イメージ)まっすぐカウンターのふちを歩き女性客のところへ向かうではないか。ああヤバい。あと数秒で金切り声が聞こえてくるに違いない。そのあとはシャビーなカフェが阿鼻叫喚だ。

 



しかし、そうはならなかった。その女性はスマホに夢中で自分の眼前を見ていない。うおお。スマホに没頭するとたまにはいいこともあるんだな…。

とはいえカウンターは地続き。その隣にも、いま腰をおろしたばかりの女性客がいる。はたして数秒後、そちらの女性が席をシュタッと立った。同時にさきほどスマホ没頭により真正面からの遭遇を免れた女性もGに気づき、席を立った。


でも、驚いたことに、店内は相変わらず静かだったのである。


Gに驚いて席を立った女性ふたりは、いずれも「キャー!」とは叫ばなかった。椅子もガタガタさせなかった。恐れおののいて遠くに立ってはいるものの、店員さんの方を向いて静かに「これ…」とGを指差す。
すると店長さんがホウキとちりとりを手に音もなく素早く登場、これまた「申し訳ありません…」と静かめに謝ってから、ちりとりにGをのせてホウキでフタをし、店の外へと出ていった。女性は荷物を持ってテーブル席に移り、戻ってきた店長さんはカウンターをしっかりアルコール消毒していた。私はそこでお会計をしてしまったのでその後のことは見ていない。


もちろんGはキモい。出くわさないに越したことはない。
だけど彼らはどこにでも出現する。外からもいくらでも侵入する。どんなに清潔にしていようとも、Gの不意の出現は(ことに飲食店なら)無理からんことだ。店側の完全管理は難しい。

それに出くわした時に叫んでしまうのは反射だから仕方ない。だけど私は必要以上にギャーッと叫んで逃げまどう人のことが実はあんまり好きじゃない。
虫が苦手な人は全然悪くない。でもあまりに騒がれると「たかが虫一匹だ…」と五右衛門みたいな顔になってしまう。ましてや怒りながら「この店信じられない!!早くなんとかしろ!!」みたいなアピールを店じゅうにする人のことは内心バカかなと思っている(これは私の個人的な好悪なので気にしないでください)。

そういう気持ちがあるので、くだんの皆の一連の動きが、カフェの空気も乱さず誰も大声を出さずに進行したことに私は少なからずびっくりして、そして「いい…」と思った。

大人だ。
全員スマートだ…。

もしかしたら当の本Gがあわてず騒がずのんびりしていたのも、影響していたのかもしれない(そうか??)。

いい店と、いいお客さんだ。
また来よう、と思った。



(ていうか私が早めに告げればよかったすねごめんなさい)