【再掲】支那・朝鮮人は何故に残虐なのか?(5)
永らく放置していましたが、ご好評に付き、このシリーズの投稿を続けます。
初投稿:2010年10月5日12:00 に補筆、訂正を加えました。
【再掲】支那・朝鮮人は何故に残虐なのか?(4)
http://ameblo.jp/hironk2005/entry-10649634364.html
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(続きです。私は歴史学者ではありません。これは持論に過ぎません)
■(そして)現在の様に映像が溢れている時代、特にポーランド人の中にモンゴル人掛かった人を見た事が無いと思われる人がいるかも知れません。しかし、ポーランドでの映像がしょっちゅう日本のTVで流されている訳ではありませんし、戦後65年でその様なモンゴルの遺伝子が入った人々が急に消える筈もありません。今でもポーランドの東部を旅すればその様な人々を容易に発見出来ると思っています。
そう言えば、ドーソンの「モンゴル帝国史」の中で、モンゴル軍がポーランドか何処かの東欧の国に攻め込み占領後、ダルカチと呼ばれた隊長と数十人の兵士を駐留させたそうです。そしてこれ等のモンゴル兵士が占領した国で白昼堂々と道のど真ん中でしょっちゅう白人女性を強姦していたと書いてあった事を覚えています。

(ネットより)
モンゴル軍は侵略した国(都市)に、数十人の兵士しか駐留させないと聞くと意外でしょうが、もしも侵略都市で反乱が起きますと1人の兵士が直ぐに早馬を駆けて郊外のモンゴルの本隊にその事を知らせに行き、ダルカチが殺されてでもいよう物なら押し寄せたモンゴル軍の本隊が生きとし生けるもの皆殺しにしたそうです。
この事を知った侵略された国の住民は反乱を起せなく成りました。こう考えるとモンゴル人は、流石に匈奴の血を引いた残虐なだけでは無く、狡猾・多淫な民族だと思われます。
■次にロシア人へのモンゴルの影響に付いて述べて見ます。ロシアと言う国の呼称は、862年スウェーデン・ヴァイキングのノルマン人・ルス族の首長リューリク率いる集団がノヴゴロドを占領し、スラヴ人を征服してロシア最初の国家を建設した事から名付けられました。
このルスからルーシーに成り、そしてロシアと言う国名に成りました。この事を知るとテニスのマリア・シャラポアはモンゴル人の遺伝子が殆ど入っておらず、スウェーデン人の遺伝子が色濃く残った末裔の様な気がして成りません。

(マリア・シャラポア)
スラブ人と言う民族がどの様な人種か良くは知りませんが、ロシア人は東スラブ人であり、ポーランド人は西スラブ人であり、クロアチア人は南スラブ人です。この様に考えますとロシア人もかっては所謂普通の白人だったと思います。しかし、ロシア人の顔付には東洋系の感じが認められますし、ロシアの人口には約3.8%のタタール人が含まれています。タタールとは韃靼(だったん)所謂モンゴルの事です。
ロシアの西部にタタールスタン共和国があります。1920年タタール自治共和国として設立され、1992年に現国名に改称され独立宣言しています。人口の約半分はタタール人で次にロシア人が占めています。この国はキプッチャック汗国末裔の国家です。

1243年南ロシアにチンギスカンの孫であるバトゥがロシア遠征後にキプッチャック汗国を創りました。モンゴル人は、14世紀にはロシアの諸候を支配下に置きます。そして、1502年ロシア軍に攻められ滅亡します。この260年間ロシアはモンゴルの被支配国ですから、ロシア人は、当然処女を貢物としてモンゴル人に差し出した筈です。その結果ロシアはモンゴル人との混血民族国家に成って行ったのでしょう。
それを証明する内容を先に紹介した犬HKスペシャル番組「蒼き狼」の一節を思い出しました。「蒼き狼」の内容は、前半は中央アジアのサマルカンド、ブハーラの都市を皆殺しにしたとかホラズム帝国を壊滅したと言う話ですが、後半はロシアは「タタールの軛(くびき)」に如何に苦しんだかとかロシアはモンゴルの血を受け継いだモンゴル継承国家である と言うものでした。
この番組を創った時期(平成3、4年頃)はソ連崩壊の後だった為か、ウクライナ人の中年女性が憎々しげに「ロシア人はモンゴル人との混血民族だよ!」と吐き捨てるように言っていた言葉を今でも覚えています。
(その後、20年以上振りに見た画像では、中年女性は、下の画像の男性の間違いでした)
そして、ポーランドとロシアの間に「白ロシア」と言う国があります。「ベラ・ルーシー」とも言います。ポーランドを侵略したモンゴル軍が白ロシアを侵略して居ないとは考えられませんのでやや意味不明ですが、 ベラ・ルーシーの意味はベラ(純潔の、所謂モンゴルの血が入っていない)、ルーシー(ロシア)と言う意味だそうです。
(その後知った事実は、ベラルーシは湖沼が多かった為にモンゴル軍は侵略を諦め、スキップしてポーランド等の東欧へ侵略軍を進めた事で蹂躙されなかったようです)
■日本人は余り人種差別を好まない(良く見る表現ですが、私も含め言っている意味は「日本が好きならどんな人でも日本に帰化しても構わない」と言う表現です)理由とモンゴルの一部内モンゴルは中国に侵略され、虐殺されている事でモンゴル人に同情的に成っている為かネット上では余り保守ブロガーがモンゴル人を非難はしませんが、白鵬、朝青龍の中にはこの様な先祖の残虐・多淫な遺伝子が入っている事も事実です。
あの1945年ベルリン陥落の時、ソ連軍がドイツ領内に進攻して以来約200万人のドイツ女性が強姦されたと言われていますが、この時ドイツ領内に進攻し蛮行を働いたソ連人は、タタール人(1241年モンゴル軍が征西時、ロシア東部に居たトルコ系遊牧民の男を鏖殺[おうさつ:皆殺し]、女性を強姦し、その結果生まれた民族の事)が多かったそうです。
(ドイツ・ポーランド合作映画「ベルリン ある女たちの中の1人の物語」より)
その理由は、所謂白人系スラブ人はドイツ軍との戦いで多くが戦死した為だそうです。ソ連軍の将校は白人系のソ連人が多く、ドイツ女性は、手当たり次第なソ連兵士からの強姦被害を防ぐ為に、進んで白人系ソ連軍将校の現地妻に成った女性も多かったそうです。
ソ連軍によるドイツ女性集団レイプは、実に皮肉な出来事です。ドイツの地理学者F・リヒトフォーフェンが唱えた「黄禍論」を、時の皇帝ウィルヘルム2世が採用し、日清戦争後の三国干渉時にロシア、フランスに加わって実践しました。
皇帝には、日本民族は周囲が海に囲まれていた為、「匈奴」の遺伝子が入って居ない事が理解出来ずに三国干渉に加わった訳です。ドイツ民族は、丁度半世紀後に皮肉な事に、本物のモンゴル系人種による「黄禍」を受けた訳です。
(つづく)
初投稿:2010年10月5日12:00
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