No!自虐史観

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2018-11-17 12:00:00

後悔と・・・

テーマ:ブログ

 加えて又もや歴史に名を残したいが為と思われるいつもの論法で、安倍はこの国の弱体化への駄目押し政策にまっしぐら。「北方領土問題」の発生です。

 「2009年から数年間自民党をブログ等で一所懸命応援したあの時の情熱は何だったのだろう」と自問自答しているのは、もちろん当然に管理人だけでは無いでしょう。

 但し、例えば「実質移民法」に関して如何にも正論のように反対している野党のどす黒い本根にも騙されては成りませんが。

 

★詳しくは記しませんが、朝の辛坊の番組での鈴木宗男と橋本徹の「北方領土問題」に関する主張は酷かった。(橋本の「実質移民法」に関しての発言も同じく)

 

(小林よしのりの漫画から)

 

■右寄り夕刊フジ迄もが、野党の望む自民議員叩きの一環を始めています。

 2009年のあの悪夢は二度と見たくないし、かと言って・・・

 

自民・後藤田正純氏また女性スキャンダル “結婚詐欺”で民事訴訟 文春報道

http://www.zakzak.co.jp/soc/news/181115/soc1811150017-n1.html?ownedref=not%20set_main_newsTop

 

 蛇足ですが後藤田正純の大叔父は、戦前内務省の官僚で戦後警察庁に廻されたら直ぐに「警察官の労働組合」を創ろうとし、結果的にはもちろん創れませんでした。このような人間にも拘わらずカミソリとヨイショされ、浅間山荘事件で警察官二人の命を奪わさせたあの人権派政治家 後藤田正晴です(要旨)。(「変見自在」から)

 

★因みに、小沢御用新聞「日韓ヒュンダイ」の記事は、全くその通りとは言え相変わらずです。

 

桜田大臣の“トンデモ答弁” 海外主要メディアが大きく報道
2018年11月16日 15時00分 日刊ゲンダイDIGITAL

 

https://news.nifty.com/article/domestic/government/12136-125756/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2018-11-12 12:00:00

自民党政権は、インドネシアでも「徴用工」と似た問題を起こしていた

テーマ:自民党

 反日民主党が与党と成った2009年以降、多くの保守系のブロガーと同様に管理人も歴史の知識を得ている内にインドネシアに関して知ったことがあった。それは「敗戦後一部の日本軍兵士は祖国に戻らず、約2000人がインドネシア独立戦争に身を投じ、その半数が戦死した。この事実は『ムルデカ17805』として映画にも成った」、「スカルノは、独立宣言の日付に西暦では無く日本の皇紀を用いた」という或る意味両国間のポジティブな印象だった。

 

 だが、下記のようなお世辞にも巧い描画とは言い難く、面妖な筋書きで描かれたインドネシア人漫画家のマンガ本を2017年に書店で立ち読みした。内容は、元宗主国オランダへの恨みも少しだけ描かれてはいたが、日本軍への恨みの方が捏造的により一層酷く描かれており、それまでに知ったインドネシアに対するイメージと余りに懸け離れていた内容だったので一瞬面喰らってしまった。

 しかし、下記で紹介する高山正之氏の「変見自在」のコラムを読んで、博覧強記な氏から真実を教えて頂き成る程と納得した。

 

(ネットから借用、マンガの表紙)

 

 今大騒ぎに成っている「実質移民法」が成立すれば、反日教育が特亜三国ほどでは無いとは言え、「日本は残虐で悪い国だった」と教えられているインドネシア人も我が国へ益々多く働きに来るだろう。思い出せば過去から自民党政権も外務省も自国を貶めてきたので、南コリアに好き放題に舐められ「徴用工問題」が起きた訳である。そして、あのデビィ婦人の保守的のような、かと言って北朝鮮に媚びるような不可解な態度を見ていると何んと無く分かるような気がしてきた。

 管理人は、特にインドネシア人に対して破廉恥な塊の特亜三国へのような嫌悪感を持っている訳では無いが、「安倍信者」、「自民党応援団」のホシュ諸氏に対し目覚めて貰いたいので、過去からの自民党政権の問題点として挙げてみた

 

■だが今回の「徴用工問題」で、流石に日本政府も世界に向かって南コリアの不当性を発信する意志を示したらしい。しかし、政府・外務省が抗議の先頭に立たず現地の大使に丸投げして一任するようなやり方では、今一つ物足り無い腰の引けた態度だと感じるとともに又いつもの掛け声だけで終わるようにも感じた。その部分を抜粋したい。

 

> 米英両国やフランスなど一部の日本大使館は、判決が国際法違反だと説明する10月30日付の河野外相談話の英語版をHPや大使のSNS(会員制交流サイト)を通じて掲載している。

 さらに、HPを閲覧する人は限定的だとみて、河野氏は領事館を含む在外公館に対し、現地メディアに情報を発信するよう指示した。外務省幹部によると、大使による現地メディアへの寄稿が中心になる。韓国最高裁の判断は明確な国際法違反に当たることを訴えていく。・・・・・・

 

★徴用工裁判の不当性、対外発信を本格化
2018.11.8 20:11

https://www.sankei.com/politics/news/181108/plt1811080023-n1.html

 

それでは、コラム「変見自在」をじっくりとご覧頂きたい。(文字修飾は管理人)

 

歪んだ歴史を放置すると

 

 ワルシャワにコカ・コーラが初めて進出しました。売り出したコーラ瓶の底に何か書いてありました。何て書いてありましたか。答えは「反対側を開けなさい」。ポーランド人は馬鹿という、ユダヤ人が大好きな民族ジョークの一つだ。
 そんなジョークで最も悪く言われるのがオランダ人で、ケチと狡猾と根性ワルの代名詞みたいな言われ方をする。酷い言われようだが、米大統領ルーズベルトもその血を受け継ぐと聞かされると、何となし腑に落ちてしまうのが不思議だ。


 だからそんなオランダ人に四百年間も植民地支配されたインドネシア人は可哀想だった。西尾幹二『GHQ焚書図書開封』にファン・デン・ボッシュ総督の強制栽培の話がある。彼は田んぼを潰してカネになるコーヒーやタバコを植えさせた。ために飢餓で人口が三分の一に減った。
 スマトラの「土人虐待報告書」にはオランダ人農園主が粗相した召使いを裸にしてベルトで百叩きし、傷口に幸子を塗り込んだ、妊婦の腹を蹴って流産させたといった記述が溢れる。四百年間、オランダ人は「土人」に共通語も学校も作らず、ただ監獄だけは立派なものを建てた。

 

 永遠に続くと思われた地獄がある日、終った。八万オランダ兵が守るバンドン要塞を一個中隊の日本軍が攻めると、白人たちは一週間で手を上げた。日本軍は植民地の民に彼らの共通語をつくってやり、学校を建て、彼らの軍隊ペタも創設した。軍隊と共通の言葉を持って彼らは初めてインドネシア人の自覚を持った。三年後、日本は敗勢に陥り、白人がまた戻ってきそうな空気になった。


 スカルノは南方軍総司令官寺内寿一のいる仏印ダラトに飛び、インドネシアの独立承認を求めた。寺内は彼らの建国を祝福した。スカルノはジャカルタに戻り、独立を宣言した。独立宣言書の日付は「05年8月17日」。05年は日本の皇紀2605年の意味だった。
 しかし帰ってきたオランダ人はそれを認めなかった。彼らは独立を守ろうとするペタを武力で叩いた。抵抗は四年間続き、八十万人が殺されたところで米国が間に入り、改めてインドネシアの独立が認められた。


 ただ条件が付いた。オランダに植民地放棄の代償として六十億ドルを支払うこと、そして「アジア解放に殉じた日本」(コーデル・ハルの言葉)を消し去り、代わりに「残虐な侵略者日本」を残すことの二つだった。スカルノはそれを呑んだ。
 ジャカルタに彼が建てた独立記念塔に独立の歴史を綴るジオラマがある。そこにはオランダ人の過酷な植民地支配の記録は一切ない。代わりに「やってきた日本軍は我が国の資源や労働力を搾取した」(説明文)姿が描かれている。独立の戦いも対英蘭軍ではなく、対日本軍の戦いに置き換えられている。実際、ペタは武器を奪うため、降伏した日本軍を襲い、千二百人を殺している。


 スカルノが白人に示した忠誠はそれだけではなかった。彼は日本に戦時の蛮行の賠償を要求し、日本はデヴィ夫人のほか当時の国家予算の三分の一に当たる莫大な賠償金を支払った。賠償の一部は日本軍の落下傘降下で知られるパレンバンの大河ムシ川に架ける橋の建設に使われた。勝鬨橋に似た構造の千百メートル級大橋の名はアンペラ。現地語の「収奪された者への償い」の頭字語だ。つまり侵略者・日本がその償いに架けた橋という意味になる。白人に媚びてつけたふざけた名なのだ。


 しかし日本側はその名の訂正も求めなかった。
 二昔前、その橋の勝鬨部分が壊れた。設計図も紛失して困っているというので日本がまた十八億円も出して直したこのときも橋の改名を求めていない。最近、また橋の具合がおかしくなった。AFP電によると通行人が「悪い日本人」のつくった橋の橋脚に仕返し放尿を続け、それで根腐れが起きたためという。
 歴史を歪んだままにしておくとこうなってしまう。
                               (二〇一二年一月二十六日号)

 

 

 

 

2018-11-03 12:00:00

我が国の新たな憂鬱への警鐘(追加編-1)

テーマ:ブログ
2018-09-15 12:00:00

我が国の新たな憂鬱への警鐘(4)

テーマ:警鐘
2018-09-12 12:00:00

我が国の新たな憂鬱への警鐘(3)

テーマ:警鐘
2018-09-08 12:00:00

我が国の新たな憂鬱への警鐘(2)

テーマ:警鐘
2018-09-03 12:00:00

我が国の新たな憂鬱への警鐘(1)

テーマ:警鐘
2018-08-18 12:00:00

保守系論者の「成る程」と共感した発言(表現)集

テーマ:保守

 まもなく平成の御代(みよ)も30年強をもって終わります。戦後多くの一般の方々が政治に興味・関りを持った時代は、あの「政権交代」が行われた平成21年(2009年)頃が最も該当するでしょう。ネットが歴史や政治の本質を知るのに貢献した力も大きかったと言われています。

 

 世界には過去から多くの偉人と称される人々が残した名言・挌言等が有ります。2009年の政権交代前やそれ以降に創られた保守系論者の名言も多く有ります。読者の方々も各自の価値観に従ってそのような言葉に共感されたご経験がお有りだと察しています。

 

 管理人も政権交代頃から以降に多くの方々と同様オピニオン誌やネット等で知り、個人的に「成る程」と感じた名言等を平成最後の夏に整理しておきたいと思い、羅列してみました。

 これらは主として読書量、その他講演参加量、動画観賞量等に比例しますので、単なる凡人たる管理人の「成る程」は、それらの氷山の一角に過ぎ無いことも言うまでもありません。

 

(ネットから借用)

 

★下記の総ての文言が、一字一句とも発言者等の発言(表現)通りではありません。出来る限り忠実に載せる努力をしましたが、部分的に要旨を載せた場合もありますのでご了解ください。

 

「桂-ハリマン協定」の日本側からの破棄に関して。

“日露戦争の結果、遼東半島は日本の租借地と成った。ここで、日本人は列強の「干渉」がないことに気づくべきなのだ。英米を味方にしていた日本に干渉する列強はいなかった。だが、ハリマンの提案こそが「三国干渉」と小村寿太郎たちは気づいた形跡が無い。”(若狭和朋氏)

 

「日韓併合」の真実に関して。

“日本は朝鮮で『いいこともした』式の腰の引けた言い方は、歴史に背を向けた弁解にすぎない。日本は朝鮮を近代化しようとして、必死に努力した。朝鮮人もよく協力し努力した。これが、歴史の公判における「主要な事実」である。過誤があったとしても、それは酌むべき情状と言うべきである。”(若狭和朋氏)

 

「満州事変で張学良が日本軍に抵抗しなかった理由」の真相に関して。

われわれが勝てるはずなど、ありませんでした。せいぜいが、ゲリラ戦を戦うか、あるいは無秩序な戦いを試みるくらいしかなかったのです・・・。中国軍は、日本軍とは比べものにならぬお粗末さでした・・・。日本軍は本当に立派でしたから・・・『不抵抗』が、考えうる唯一の政策だったのです。”(張学良が戦後亡命先のハワイで「マオ」の著者ユン・チアンに語った真相の一つ)

 

「敗戦利得者」との造語を創った件に関して。

“私は、このように敗戦及び公職追放令で利益を得た人たちを「敗戦利得者」と呼んでいます。

そのわかりやすい例としてあげたいのは日本の主要大学の総長・学長です。

南原繁東大総長、矢内原忠雄東大総長、大内兵衛法政大総長、滝川幸辰京大総長、都留重人一橋大学長等とそれらの弟子や末裔達が先ず最初に挙げられます。”(故渡部昇一名誉教授)

 

「真珠湾攻撃」の一般的な理解に関して。

“皆さん、赤穂浪士の物語が吉良邸討ち入りから始まったら、誰も感動しませんね

47人もの屈強な男達がよってたかってか弱い老人の首を切り落として殺害する話に成ってしまいます。

松の廊下に始まり、その後多くの事が有って討ち入りの日に至るので皆感動するのです。

日米開戦は、真珠湾攻撃から始まるから騙し打ちの卑怯な日本軍に成るのです。

赤穂浪士と同じくその前に何故真珠湾を攻撃せねば成らなかったかと言う理由が有るのです。”

(田母神俊雄元空幕長)

 

「外国人地方参政権」法制化反対の真義に関して。

“(外国人地方参政権は)わざわざ憲法を持ち出すまでも無く我が国の運命に責任を持たない外国人を政治に参加させることは危険過ぎて出来ない。”(百地章教授)

 

■「道州制の問題点」の概念に関して。
“皆さん、道州制の反対は中央集権ですよね。今世界で一番中央集権の国家は何処ですか?・・・中国ですよね

あの中央集権で凝り固まった中国が日本の尖閣を取りに来ようと考えて居る時に、何故日本はわざわざ道州制にして国家を弱体化しなければなら無いのですか?こんなこと一寸考えれば子供だって分かる話じゃあ無いですか。”(村田春樹氏)

 

「憲法九条改正に対する安倍提案」の欺瞞性に関して。

“考えてもみてほしい。もしこの案が言葉どおりに実現したら、どんなに法律的に上手に作為されても、二項と三項の整合性をめぐって、これまでの七十余年と同じような不毛な憲法論議があちこちで引き起こされ、糸がからまるように出口を失い、国家の安全保障はまたまた新たな迷走の袋小路に落ち込むことになるであろう。”

 

安倍首相は肝心のこの2項に手を触れないという。そのうえで自衛隊を3項で再定義し憲法違反の軍隊といわれないようにするという。これは矛盾ではないだろうか。

陸海空の「戦力」と「交戦権」も認めずして無力化した自衛隊を再承認するというのだが、こんな3項の承認規定は、自ら動けない日本の防衛の固定化であり、今までと同じ何もできない自衛隊を永遠化するという、空恐ろしい断念宣言である。”(西尾幹二氏)

 

「日本国憲法無効論」に於ける持論に関して。

“私の無効論と過去の無効論を比較すると、決定的な違いは何かといえば、私の場合は帝国憲法第七五条に抵触する故に無効だと言っている点です。”(南出喜久治弁護士)

 

「専守防衛政策」の欺瞞性に関して。

専守防衛とは戦時に他国に対し自衛隊を展開させないと言う聞こえは非常に良い政策ですが、これは日本は戦争に成る毎にあの悲惨な本土決戦のみをやりますよということと同じ意味なのです。

一般的に言えば、何処の国でも戦場は本土から遠いほど被害が少なく、そのことが国民に一番被害を与えない方法なのです。”(宇都隆史参議院議員)

 

「マッカーサー日本統治政策」の腹黒さに関して。

“マッカーサーは(省略)。(日本人は)何でも国の責任にして国民が国にたかる形を作り何でも平和戦わないで逃げる怯懦(きょうだ)を新しい日本人の美学にした。”(高山正之氏)

 

「中共の嘘八百な歴史捏造」の一部に関して。

日中戦争の中国側犠牲者数は、終戦時の中国国民党政府の調査によると132万人だったものが、中国共産党の独裁政権に成ってからの発表では、1950年代に1000万人、1970年代に1800万人、1985年に2100万人へと跳ね上がった。更に1998年当時の江沢民国家主席が演説で3500万人と発言。

2005年には、中国社会科学院近代史研究所のビエン・シュウウェ博士が5000万人と集計した。中国共産党の権威が失墜する毎に犠牲者が増大している。説明を付けようが無い人数で有る。”(菅沼光弘氏)

 

「韓国人の嘘八百な歴史捏造」の一部に関して。

“私もたびたび経験したことだが、韓国の学者はすぐ怒り出す。私が意見を述べるとカッとして、「きみたち台湾人は野蛮人ではないか。なんの資格があって日韓の問題に口を出すのだ」と席を立って出て行ってしまう。

また、韓国人の学者が書いたものを読んでみると、自己主張ばかりで、まったく客観的論拠がない。同じ本のなかで矛盾がたくさん出てくる。

とくに数字に関してはめちゃくちゃと言っていい。あまり数字を大切にしない民族なのではないだろうか。”

(黄文雄氏)

 

「漢字を排し、ハングルに固定した半島」の弱点に関して。

“表意文字である漢字であれば、知らない熟語が出てきても意味が掴みやすいが、ハングルではそうはいかない。意味が分かりづらいものを簡単な言い回しに言い換えることもある(日本語で譬えると「腐心する→もんだいをかいけつするためにがんばる」 といった具合)。だからどうしても幼稚な表現になり、言い換えのできない抽象的な概念などの理解が難しくなる。”

 

“書物に漢字語がたくさん出てくると意味不明な言葉の羅列に見えるが、ハングル専用世代はそこを読み飛ばす。残りの文脈でなんとなく理解した気になるのである。したがって本を読む気も失せ、読書量は激減するわけだ。”(呉善花女史)

 

 

★(参考までに)

 

「土地・株式等の投機的バブル」の過去の歴史に関して。

バブルがいつ崩壊するのか予測するのは誰にもできない。ただ、過去のバブルは例外なく弾けている”(米国経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイス氏)

 

「1998年の日米間の牛肉とオレンジの自由化交渉」の日本側の態度に関して。

“日本は風圧をかければ、いくらでも折れる。”(米国ヤイター通商代表)

 

■「日本が所有しているアメリカ国債」の実態に関して。

“日本は少なく見積もっても、政府と民間の合計で1兆ドルを超えるアメリカ国債を保有していると推計される。

しかもアメリカの国債は、アメリカ財務省から許可が下りないと、売ることができない仕組みになっている。自分で自由に処理できない債権などというものは、不良債権に等しい。”(菅沼光弘氏:2009年)

 

 

 

■逆に全く共感できず、軽蔑に値する有名で代表的な発言の一例を挙げておきます。

日本列島は、日本人だけの物では無い。”(byルーピー)

 

当初これ等の文言を「成る程」と思ってから相当な時間が経過しました。それ故自分的に現時点では上記の対象者の極一部に保守系論者と感じられ無く成った人も居ます。このことを最後に書き加えておきます。

 

 

 

 

 

2018-08-06 12:00:00

唐突な「安田純平」報道で直感的に思ったこと。

テーマ:自民党

 ネットを見ると、彼に関しては過去から色々と問題のあった人物のようだが、恥ずかしながら全く掴んでい無かった。

 

 

 官房長官の記者会見でのニュースでは、日本政府は水面下で「安田純平」の救出に力を注いでいる意味合いのコメントを発していたが、

 

①上の動画で観ての通り、本人が「私の名前はウマルです。韓国人です」と明確に言っていることに対する納得の行く説明が全く無い。(まさかこの場合も、偏向メディアの削除パターンとは思え無い)

 

②安田はの通名なのかも知れ無い。今あの大騒ぎしている元(?)コリアン暴力団構成員山根明が文甲明であるように。

 

③もしも彼が韓国人ならば、我が国に特別永住許可権を有しようとも韓国政府が対応する問題であって、日本政府がテロ組織との取引に腐心したり、況(ま)しては釈放用に日本国民の税金を使う話では無い。

 政権のスポークスマン菅は、この件に関して国民にもっと誠実に説明する責任・義務が有るのでは。

 

④偏向TVメディアは、在日コリアンに都合の悪い部分は削除隠蔽しながら報道しているが・・・このようなことは、普通の日本人なら誰でも直ぐに頭に浮かぶ疑問点であろう。

 

 

 安倍政権及び自民党って(あの崩壊分裂した反日民主党以上に)国民にとって何を考えているのか分から無いことだらけの政治的運営が多過ぎる。そう言えば自党杉田水脈議員の「本人の人権、本人へのテロ対策」には全くなおざりで興味が無いようだし。

 

 

 

 

 

 

2018-07-27 12:00:00

(4)妄想無しのNATO・ロシア・モンゴル軍問題(最終回)

テーマ:歴史の真実

 今迄は、「チンギス・ハーンやモンゴル軍」の野蛮・残忍・残虐・狡猾性等の負の部分ばかりを強調して来たが、良い面にも光を当ててみたい。それと、その他感じたことも羅列したい。

 

■モンゴル軍は、「ジャムチ(漢字では站赤)」と呼ぶ駅伝制をユーラシア大陸に張りめぐらし、通信及び東西世界の通商の安全なる発展に寄与させた。この駅伝制は、遼(キタイ:契丹人の国家)・金(女真族の国家)代からの制度を受け継ぎ、チンギス・ハーン以来整備された。マルコ・ポーロもジャムチを利用している。そしてこの駅伝制は、20世紀にシベリア鉄道が登場するまで、ユーラシアで最速の情報伝達システムであったと言われている。

(ジャムチルート及びパイザ  「大モンゴル2」角川出版から借用)

 

 幹線道路に設けられた駅では、替え馬の提供、使者の接待の他、郵便や警察業務も行われた。この制度は誰でも自由に利用できるものでは無く、大ハーンや諸ハンの許可が必要であり、これを利用する者には「パイザ(牌子)」と呼ばれる「パスポート」のようなものが渡された。それにはチンギス・ハーン等の言葉が刻まれその権威を確かな物にしていた。パイザにも等級が有り、急使によっては他人の馬を召し上げる権限も持っていた。

 

■一時大騒ぎに成り今も未だ尾を引いている問題が有る。2014年、プーチンはクリミア半島を侵略しロシアに組み入れた。このロシアの悪行に西欧社会は経済制裁等を加えている。バトゥによるルーシー(ロシア、ウクライナ等)蹂躙から800年弱経っている。政治ジャーナリストでは無い管理人には、プーチンの行為の善悪を正確に判断できる知識を持ち合わせてはい無いが、今迄にクリミア半島への歴史的に知ったことを羅列したい。なお。「ウクライナ」の「クライ」とは、モンゴル語で「辺境の地」を示すそうである。

 

(ネットから借用)

 

①モンゴル軍は、1240年に「ルーシーの母」と呼ばれた繁栄の都市キエフを蹂躙し、ノルマン(北欧)人とスラヴ人の創ったキエフ城を攻城破壊し尽くし住民を皆殺しにし、キエフを壊滅させている。

 

②モンゴル軍は、その後もウクライナを荒らしまわり多くの落し子が生まれタタール人の末裔と成った。時期までは掴んでい無いが、それらタタール人達はクリミア半島に移り住みコミュニティを創り「クリミア・タタール」と呼ばれた。

 

③独ソ戦時、ウクライナに侵攻したドイツ軍へ一部のタタール人が協力した為に、スターリンはクリミア・タタール人を中央アジアに強制移住させ、ロシア人をその後釜に移住させた。

 

④クリミア・タタール人は1991年、ソ連崩壊後中央アジアからクリミア半島に還った者達も居たが、元の自分の土地はロシア人に占拠されていた

 

⑤ソ連崩壊後の一時期(確か1991,2年頃)、クリミア・タタール人はクリルタイを開き、クリミア半島での自分達の住む権利を主張している。今現在の状況迄は分からない。写真では、タタール人は、殆ど白人そのものに見える。

 

(NHK「蒼き狼」から借用 1991年頃クリミア半島でのタタール人のクリルタイと紋章タムガ)

 

⑥ロシアは、半島のセヴァストポリに黒海艦隊の基地を有しているので、2014年プーチンは、ウクライナとNATOに関するロシアの安全保障上の問題から半島強奪を決意し、スターリンによってウクライナ東部やクリミヤ半島に強制移住させられたロシア人末裔がプーチンの意思に従い協力したのが、今回の半島占拠の事実では無かろうか。

 

後講釈に成るが、ルーシーがもしもモンゴル軍に侵略されず、ウクライナはロシアの主要部で、キエフが今のロシアの首都であったならば(モスクワは、モンゴル軍が侵略当時は小さな寒村に過ぎ無かった)、このような政治的事件は起こってい無かったかも知れ無い。

 

■少し逸(そ)れるが、以前民主党政権時に流行った保守系オピニオン誌等には、しばしば「漢人の領土は万里の長城以南である。よって女真族の満洲人はチャイニーズでは無い」というようなその通りの論調が溢れていた。モンゴル軍は、ロシア(ルーシー)を蹂躙する前に金国(1115~1234年)を滅亡させている。

 

 金国人は、女真族であり当時所謂「中原」と呼ばれた「漢人」のテリトリー黄河南北を領有しており、チンギス・ハーンと揉めている当時中都という名の都は今の北京に在った。金国は、滅亡前には一時期黄河南の汴京(ベンケイ:今の開封)に遷都している。

 隋・唐の支配者は鮮卑だったと聞くし、古くから漢人は蛮族と混血しているので、万里の長城の南北を境に漢人、非漢人に区別するのは、漢人に関してはナンセンスな話であろう。今はチャイナに純粋な漢人など居無いとも言われている。見るたびに思うのだが、習近平の遠い祖先は人を常時喰っていた北方蛮族の顔に見えてなら無い。

 

■今迄の文章を読んで頂ければ、我が国は二度の元寇でモンゴル人、高麗人を排除し、鎖国制を採り周りは海である。よって我が国は、一般論として匈奴の遺伝子を持ったモンゴル人の遺伝子は、明治維新前迄は基本的には入ってい無いことが一般的な考え方であろう。(在日の件は既に(2)で説明した)

 

★最後に元経済企画庁長官で、移民制度大賛成派の堺屋太一が昨年末某月刊経済誌による聞き取り取材で語った本人の持論を載せたい。要旨は、「日本人は移民制度に不寛容である。17世紀清朝の時代に(何故か『彼ら』と代名詞を使い、故意に表現をぼやかしているが)漢人が我が国に多く帰化し、忠臣蔵の47士の中にもその末裔が居た。日本人は、もっと自分達の帰化人への同化力に自信を持つべき」

 

(ネットから借用 この画像の本は、このブログとは関係無し

 

 彼の発言は、他にも複数名の有名チャイニーズ帰化人の例を挙げてポイント的に良い点のみを説明し、欧州等での多くの国が公的に言えずに困っている移民問題の負の真実には一切触れてい無い一般日本人が感じている文化が極端に違う異民族の移民に対する不安さを無理やりに解消することを意とした目的で語っている

 

 それと「漢人又は中国人」と表さずに「彼ら」との代名詞だけの為に、当初一瞬意味曖昧な表現には、明らかに何かに逡巡(しゅんじゅん)しながら答えている卑怯な態度にも思えた。政府の要人迄やった有名人とはいえ、反日掛かった人間の牽強附会(けんきょうふかい)な自己主張には如何なものかと感じた。

(辞書から覚え方の参考: 牽強付会いやさ、まことに不快)

 

(おわり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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