1968続き | 女子リベ  安原宏美--編集者のブログ
2010-07-08 22:24:27

1968続き

テーマ:ブログ

 前回の続き 。遊鬱さんTB ありがとう。リンク先も拝見いたしました。シンポジウム あったのね。保阪さん、後藤田さんが気になるって言ってるね。気になるよねえ。

 後藤田さんの本読んででも、「アラファトさんに連合赤軍に皇太子に手を出さないでくれと言っとくようにと話したよー手ださなかったでしょ、ね」的に話してますが、どんだけ簡単な人なんだよー(笑)、もう世界中の戦争なくなってるよ、交渉材料は?とか。藤原弘達の言論弾圧事件とかなんも書いてないよね。金大中事件のときもさらっとだし、平沢勝栄さんが当選したときのことを佐々さんは、「後藤田さんが全影響力を駆使して当選させた(大意)」みたいなことだけ書いてるけど、えーそこをつっこんでよ、どういう影響力よーわかんないですけど(なんとなく想像はできるが)。有象無象の若者の心の闇はいいからさ、後藤田さんの心の闇を明かしてほしいわ。佐々さんなら知ってることはしゃべるかも。まえテレビをなんとなく見てたら、佐々さんが生放送で出てて、ちょうど厚生労働省の役人の殺傷事件で犯人が捕まったときで、となりの安住アナに「あんたついてるよ~」って言ってて、あの突っ込みに強い安住アナもスルーしてましたからね。でもそういう人だからなー後藤田さん大事なことは話してないかもねー。

 そして遊鬱さんのコメントですが「内務省権力の復権だとか10年ぐらい前にほざいてましたが、その台詞は30年は遅いw」ははは。そうですね。10年前はどっちかいうと、後藤田さん的内務省権力が弱くなってしまったんじゃないのかあ。

 情報公開という意味では多大に闇のある方ですが、統治技術というと信頼感はありますね。暴走を抑えてます。戦争体験者ですから暴力の暴走がいかに怖いかわかっているんじゃないかなあ。1968年ころの運動でも、後藤田さんは現場の警察官が暴走しないことを非常に気にしてますから。学生たちよりも警察官のほうが恵まれない家庭に育った若者のほうが多いから現場で「このやろーあまったれーぶっころしてやるー」「事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きているんだー!」みたいにならないように。やでしょ、青島みたいなのが実際蔓延してたら。ドラマだったらおもしろいんでしょうけど。全共闘は東大の歴史学者の林健太郎さんを缶詰にして「団交」。しかし学生の要求を全面拒否。文学者から救済要請が出されたりしてますけど、ご本人はこのあまったれども教育してやるー(大意)と機動隊も拒否、最終的には学生がどんどん論破され、根負け。学生からは、林先生は敵だけどかっこよすということになったようです。ちょっとかわいいです。こういう教授がたくさんいたらねえーという思いは、佐々さんにはあったみたいですねえ。後藤田さんも東大だから気持ちはわかる部分はあると書かれてますので、左の人が書いたものより、統治側のほうが学生のことそれほど攻撃してないというへんなことに。そのあとの機動隊の出動回数とか見てたらわかる。佐々さんは「なにが民主化じゃい!列つくって機動隊出動要請しおって情けない」って思いが行間からあふれている(笑)。 

 あと1968〈上〉」「 1968〈下〉」 で思ったのは、あの当時全共闘たち文化的ではなかったみたいな解釈を著者がしてて、これは、「あれは文化闘争だから意味があったんだー」的な言説に対抗する意図もあるんだろうけど、それって、どっちにしても文化的だったら連赤みたいにならない、みたいな前提があるんかな。そんなことはないと思うよ。

 60年代のゆるゆる文化の代表がヒッピーでいけいけ文化の代表がロックだとざっくり分けて、アメリカとかで起きたことみてると暴力的な事件は起きてますよ。バカ度合いでいうと、ほんとにもっとバカなんじゃないかなあ。日本の全共闘はなんか小難しい話はしてたんでしょ、どちらかというと可愛く見えるほど。

 当時人気があった植草甚一さんの本から引用。「カトマンズでLSDを一服 から。まんまなタイトルですけど。

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 ヒッピーの最盛期は1967年6月あたりでその中心地はサンフランシスコのヘイト・シュベリーであった。この地区は一平方マイル3/8くらいしかない。そこへ四月ごろ約1万5千名のヒッピーが押し掛けたが、夏休みを迎えると、家出した良家のティーンエイジャーが大勢集まったし、六月になったときは、四万人以上にふくれあがったのだ。この夏といえば黒人暴動が各地で勃発したし、ベトナム戦争はこう着状態にあった。そんなときにヒッピーが集団発生したという社会的現象はいくつかの悲劇を生みながら、アメリカ人にとっての最大関心事の一つになったのである。そこには若者たちのアメリカに対する警告があり、考えさせられるものは多くふくんでいるうえに、彼らの無邪気な行動には魅力があった。だかそれも変質するようになり、大人たちのヒッピーにたいする態度は薄情さをましていく。(略)最初の「サイケデリック・ショップ」が開店したのは1966年1月3日であって、この有名な店が閉店したのが67年十月六日だったのである。つまりヒッピーの全盛期というとこのあいだの一年九か月間であり、この十月六日に“ヒッピーの死”というお弔いが行われたのであった。このときの模様はヒッピー新聞で報道されたが、純粋ヒッピーたちは棺桶をかついて町のなかを練り歩き、すこし離れた丘の上にたっすると、みんな鈴を鳴らしながら「オム」と斉唱した。「オム」はインド語で「空気」であり、ヒッピーのあいだでは集団祈とうするときに流行語になっていたのである。

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 ただの変な新興宗教にしか見えん。殺人事件とかも起きたみたいだからねえ。

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 さきにあげた放浪ヒッピーのあいだでも儀式がおこなわれている。最近はLSDの研究がフランスでさかんになってきたが、心理学者のジェラール・ポルが放浪ヒッピーみたいになってフィールド・ワークをやった。そのときの話が「麻薬への旅」という本に出てくるが、カトマンズの「リトル・チベタン」へアメリカのヒッピーがLSDをはこんできた晩のことだ。五十人ばかりの仲間はヒマラヤ山脈のふもとに円陣を組み、たいまつを幾本もたいたなかでLSDのトリップに入り込んでいくが・・・・

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 この麻薬礼さん現象は、そもそもはベトナム戦争で麻薬くばってしまえば、みんなハッピートリップで戦争なんてなくなるかもよーとか思っていた人もけっこういたみたいで、そのそもそもの志(?)はわからんでもないですけど、これも変な自分探しになるといいますか、神様否定と自分のなかの神様探しみたいなのがいっしょになってたりするわけです。そもそも軍隊が戦闘するために麻薬くばってたりしてたんですけどね、とか突っ込む人はいなかったんでしょうか。

 余談ですけど、カトマンズもポカラも行ったことあるんですけど、ポカラは白鳥の舟は浮かんでたら、河口湖みたいだったなあ、と妹に言ったら「ほんとにロマンがない」とか言われましたが。最近は私より海外いっているので「気持ちがわかる」と言ってた(笑)。宗教上の理由で野良牛がうろうろいたんですけど、ガリガリに痩せてて私には羊にしか見えず。貧乏ってやだなと思いました。あっそうそうヒッピー現象でホテルとか過剰気味なので、私は王子様とかしか泊らん高級ホテルに泊ったんですけど安かったわー。

 そして、いけいけ文化のロック界では、例えばウッドストックとかがカウンターカルチャーの理想なんでしょ。でも「オルモントの悲劇」とか起きてるからね。これはローリングストーンズやジェファーソンエアプレインのコンサートで、警備をヘルズエンジェルという日本でいうところの暴走族に頼んだわけですよ。観客を殴るける、最終的には黒人青年を殺してしまった事件ですね。後藤田さんが、ヤクザやテキヤに警備やらせるといった政治家がいたって言ってたけど、この時代は警備業があんまり発達してないから、別に非現実的な提案ではないんですよ。日大も学生を排除しようとしたのって体育会系学生をつかって暴力的に排除しようとして問題がこじれているわけで。でも日本の統治権力者は断固拒否したわけです。やっぱり賢明だと思いますよ。手足をしばれる機動隊をつくったのは。だから保守のみなさんは厳罰化路線に走らずに、日本の後藤田さんの護民官的統治技術の賢明ないいところはちゃんと継承してほしいかなあ。

 あと文化的な話じゃないけど、ヴァレリーソラナスという女性が、男性抹殺宣言書いて、なんでかよくわからないんですけど、アンディウォーホールを銃で撃って殺しかけたりしてましたね。これをフェミニストというのはフェミニストが怒るでしょ。どういう思想でも、行き過ぎれば過激なのは出てくるんじゃないかなあ。たかだか食べ物の思想でも怖い人は怖いじゃない。

 

 あとリンク先も読ませてもらいましたが、デモとか「ただの祭りじゃん」とか言われるし、そう思うんですけど、これは世界各国「祭り」の意味で参加している人は多いんじゃないかな。オーストラリアだとマルティグラのゲイとレズビアンのパレードがありますけど、もう完全に祭りです。いまや観光資源で州政府もバックアップしてるんじゃなかったけ。私も観にいったよ。平和的なデモは子どもも参加してたりしますしね。日本のデモは両脇警官にかためられてますからね。もはやそれはデモでもなんでもないっちゅうか。楽しくもないじゃない。ただ、敷居が下がるというのは、こっちが観たいものばっかり出てくるというわけじゃないですよ。排他的なデモもあったり、オーストラリアはこわーい環境団体もいますし。あれだけの船や活動資金が集まるってことは支持者もそれなりにいるわけで。そこで暴力的になってしまう人もいたりして、人が死んだりすることもありますから、私はどっちがいいかというと、言論で戦って選挙に行くという方法しか残されなかった日本の統治技術というのがいやじゃないんだよね。ましてや「日本の若者が情けないからだーフランスをみよー」的に言ってしまう人もあんまりね。「どうしてこういう方法がなくなってしまったのか」ともう少し心理面から離れて考えると見えてくるものもあるんじゃないかなあと思うわけです。日本って「警察のあり方から社会を観る」という点での学問的アプローチがほとんどないです。警察学みたいなかんじで。刑務所は浜井先生がやってくださったけど、「監視社会」とかの抽象的概念には飛びつく人が多いのに、不思議なんだよねえ。 

 もはや本の感想からかけ離れておりますが、本のほうは、それなりにおもしろかったので機会があればお読みくださいませ。


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