お寺さんとの談話から

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昨日は父の命日でした。

亡くなって12年。

この間に
お寺の住職さんも代替わりし
息子さんが住職になってから
毎年、命日にはお経をあげにきてくれます。

お経の後の談話が
わたしにとって
年に一度の楽しみです。
毎年、いろんなお話しを聴かせてもらえるのです。

昨日は、仏壇の中にある、仏像、ご本尊について。

仏壇や本尊に手をあわせるのは、ご先祖さまに対してとみなさん想っているけど、
本来は
自分自身を見つめる時間を持つために
仏壇を作り、中央に形ある仏像、本尊を置いたのだよと。

人は
形あるものを信じる傾向がある。
形ないものは、
目に見えないから
嘘だろ~と信じない、信じられないと…

ご本尊様って、
本来は「言葉」なんですよ。
って。

わたしは、なるほど!と思いました。




言葉は
人の心を成長させる。
自分自身も、自分以外の人も。

でも、
言葉は形としてはない。

生きている間は
悩みが尽きないのが人間。

どう捉え、考えていくか…
自分の在り方で変わっていくもの。

忙しい日々に追われ、
自分自身を見つめる、考えるという時間を持たないと
見失ってしまうから
仏像、本尊というものを作って
手をあわせて
心穏やかに心持ちを確認することが大切なんだと。


会話で
気持ちが落ち着くと
人は得体の知れないモヤモヤがすっきりする。

自分でもよくわからない、モヤの自然発生。
人はみな、大昔からここと向き合っていたんだろうな…

言葉は
人を勇気づけたり、元気にしたり(^^)
逆に
突き刺さるように心折れたり…

言葉は大切。

生まれて来る時と死ぬ時は一人だけど、
生きている間は誰かと関わっている。
一人じゃない。

人の悩みの最終は人間関係。

人との関わりは、まず言葉。

深い関係になると
言葉を交わさなくとも通じてくることもあるけど
言葉は大切。

目に見えないけど
言葉を眼で観るようにしていくのは
いろんなこと身を持って経験していくことが大切なんだって、
昨日しみじみ感じたのです。




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