お節介とありがた迷惑 | 頑張らない私の拙いブログ

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主に神仏とのやりとりの記録です。

私が日常で感じていることを、
時には神仏を通して書いております。
ある時はオカルト。
ある時は不思議。
がっつりとスピリチュアルしています(爆)


テーマ:

整骨院の待合室での出来事。

 

毎週火曜と金曜の朝一は母と整骨院に通っています。

四十肩がひどくて腕が上がらなくなったことがあったので、

それ以来ずっとです。

 

 

待ち時間、母は他の患者さんと話していました。

私はスマホをいじっていました。

私は人付き合いしたくないのでいつも自分の世界に入っています。

話すのは整骨院の受付の女性数名と施術をして下さる先生のみ。

それでも必要最低限しか話しません。

 

 

母と仲の良い年配のおばあちゃんがやってきました。

そのおばあちゃんはいつも何か料理をしては、

一口程度の量をラップでくるんで知り合いに配っていました。

時には砂糖の余りだったり、時にはおにぎりだったり。

人に物をあげるのがどうやら好きな方のようです。

 

 

そして今日は、自分で作ったお守りを配っていました。

おばあちゃんは火曜日にも自作のお守りをたくさん作って

人にあげていたようです。

母は火曜日にそのお守りをもらっていました。

今日はもうあげる人がいないとわかると、

スマホをいじっている私に

「交通安全のお守りばやるけん」っと私に言ってきました。

私はポコポコをやっていて、集中したかったので、

「いえ、お守りは持ってますので・・・(結構です)」と言いました。

しかし、「よかけん、もっときんしゃい」

「着けとかんばよ」っと強引に渡されました(*_*)

交通安全のお守りとは名ばかりでそれは、

ピンクのフェルト生地を犬か猫かの形に切り、

ひもを縫い付けてあるものでした・・・。

正直、縫い方は雑でもらって嬉しい物とはお世辞でも言えませんでした。

「ありがとうございます・・・」と一応お礼を言い、

施術の為に治療室へ。

 

 

人に物をあげる時、

受け取る人が喜んでいる場合は良いことになります。

 

しかし、受け取る人が迷惑だと感じる場合は送った人のエゴになります。

 

しかも、一度はやんわりと断っているにも関わらず、

強引に押し付けている時点で好意ではなく悪意です。

 

この場合、悪意とは語弊があるかもしれません。

送った人の中では物をあげる=良いことをしていると勘違いしています。

従って、これは迷惑そのものです。

 

 

私は家に帰り、このお守りもどきをどうしようかと悩みました。

捨てるのも気が引けるし、どうしたもんか・・・。

 

そこで母に電話で、「このお守り、どうすればいい?」と聞くと、

「絶対、捨てたらいかんよ。せっかく作ってくれとらすけん」

「捨てるなら、私が引き取るけん。親戚の小さい子にやる」と、

とんでもないことを言い出しました。

自分が要らない物を人にやる(押し付ける)ことって、

それこそ迷惑です。

自分が要らないなら他人はもっと要らないはず。

まあ、これがダイヤとか金なら話は別ですが。

(まあ、そういうのは誰も手放しませんよね・・・)

 

母には申し訳ないけど、ここにも人の迷惑を考えない、

エゴ人間がいると思いました。

結局、お守りをくれたばあちゃんも、母も、自分の気持ちが良ければ

人のことなんてどうでも良いんです。

もらった人が後でどう思うか、

その物をどう持て余すかなんて、全く考えていない・・・。

これは正直、ただのお節介とありがた迷惑です。

物を増やしたくない私にとって、とてもしんどい出来事でした・・・。

皆さんはこういうことがあったらどう対処しますか?

 

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