どーもお久しぶりです。広島大学考古学研究室のメンバーで、その宿老?の一人であらせられるねむねむさんの懐刀にして(以下略)のもえもえです。

 

梅雨が明けてから一転、猛暑となり、連日30℃越えが続いています。私はそろそろ乾涸びるかもしれないです。30℃を越える世界は私が生存できる環境でない気がしてきました。明後日辺りにミイラになっているかもしれません(汗)

 

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そろそろ本題に入ります。私が筆不精でめんどくさがり屋なのでブログの更新が止まっておりましたが、今週末の7月22日(日)に中四国歴史学地理学協会考古学部会が広島大学文学部にて開催されますので、そのお知らせをします。

 

不肖、このわたくしも今回の学会で発表させていただきます。学会デビューです。初めての発表です。まだ明後日なのに緊張で心臓が口から飛び出そうです(汗)。しかし、自分にしては頑張って準備しましたので、当日お越しの方はお楽しみにしておいてください(成功するとは言ってない)。

 

また広島大学考古学研究室の宿老にして偉大なる(以下略)のねむねむ先輩も素晴らしい発表をされますので乞うご期待であります☆彡

 

今回の学会のプログラムに関しては広島大学考古学研究室のホームページに掲載しておりますので詳しくはそちらをご参照ください。2018年7月22日(日)の午前9時30分より、広島大学文学部棟1階B151教室にて開催されますので、興味のある方はぜひお越しください。先日の豪雨災害によりJRは不通となっておりますが、山陽自動車道や山陽新幹線は運行していますので、よろしくお願いいたします。

広島大学考古学研究室のブログ担当、もえもえでございます。お久しぶりでございます。

 

まずは先日の豪雨災害の被害に遭われた方へ心よりお見舞い申し上げるとともに、1日も早い生活の復興をお祈り申し上げます。

この度の豪雨災害では、広島大学の所在する広島県東広島市も大きな被害をこうむり、広島大学でも1週間にわたって休講措置が取られ、キャンパス内にも崖崩れなどが起きました。

 

そして今週より授業が再開いたしましたので、大変遅くなり申し訳ありませんが、広島大学考古学研究室とそのメンバーの無事をご報告いたします。

 

考古学研究室のメンバーは家などが多少の被害を被った人はいましたが、全員けがもすることもありませんでした。中には被害の大きかった地域へとボランティアに行った人もいるようです(自分もその精神を見習わなければ(汗))。

 

しかし、文化財への被害は国史跡の鏡山城をはじめ、いくつかの遺跡が被害を受けていますが、インフラや生活の復旧でさえ途上である現在の状況では、文化財の被害の全容把握にはまだまだ時間がかかりそうです。自分の地元の慣れ親しんだ遺跡が無事なのかどうか心配でもありますね…

 

とにかく広島大学考古学研究室とそのメンバーは全員無事であります。そしてこのブログを読んでくださる方にはボランティアや義援金、募金等を通じて復興のお手伝いをしていただけるようお願いいたします。

 

どうもこんにちは、初めまして、もえもえです。前年度ブログ担当のねむねむさんの舎弟にして鉄砲玉にして懐刀にして知恵袋です。

 

 

・・・・・・冗談です。真面目に自己紹介すると、今年度から広島大学大学院博士課程前期に進学し、広島大学考古学研究室のブログ担当を務めさせていただきます。最近は遺物のトレースをしようと思いつつ、準備や片付けが面倒だな・・・と思っていたら、なかなか進捗がみられず愕然としております(←当たり前)。明日から本気出~~~す。

 

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私はねむねむさんほど話術も語彙も話のネタも持ち合わせていないので本題に直行します。

 

先週、4月30日(月)に遺跡見学会を行いました。遺跡見学会とは考古学研究室に配属されたばかりの新2年生に上回生が近辺の遺跡を実際に見て回って紹介する恒例イベントです。

 

今年は広島県東広島市西条町の遺跡を見学して回りました。みんなで頑張って自転車をこいで西条を駆け巡りました。

 

西条町は旧石器時代にはじまり、縄文、弥生、古墳、その後の歴史時代まで、幅広い時代の遺跡が存在し、かつ古代山陽道が西条町内を通り、国分寺や広島県最大の古墳である三ッ城古墳も築造されるなど安芸国の中心地として栄えていました。

 

午前中は少し雲が出ていましたが、そのうち快晴に。絶好の遺跡見学日和ですが・・・・・・暑い!暑すぎる!もえもえは暑さに弱い夏バテ体質なので辛かったです(泣)

 

そんな大学院生を尻目に、3回生は自作の資料を使って新2回生に熱心に解説してくれていました。

 

 

 

写真は三ッ城古墳です。三ッ城古墳は築造当時の姿に復元され、墳丘の上に登ることもできます。

 

隣の図書館にある展示室も見学しようと行きましたが・・・・・・

 

 

まさかの休館日でした(泣)。祝日なのに・・・・・・

 

安芸国分寺では藤の花が満開できれいでした。三永水源地の藤棚も今、満開なのでしょうか。

 

 

昼食は西条駅前のファミレスで。最初に目星をつけていたつけ麺店は人数が多くては入れませんでした(汗)。今回、遺跡見学会の参加人数は11名、私が学部生の頃はもっと少なかったですが、考古学研究室のメンバーも増えました。嬉しい限りです。

 

新2回生も遺跡見学会でさらに考古学に興味を持ってくれると嬉しいですね。

 

今回は以上です!

 

 

こんにちは。ねむねむです。

冬の厳しい寒さもようやく収まりはじめ、日差しが心地よい今日この頃。

そろそろ「春眠暁を覚えず」な季節が来ますね。まあ、私は「年中暁を覚えず」ですが!

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さて、先日『広島大学大学院文学研究科考古学研究室紀要 9号』が公表されました。

詳しくは広島大学考古学研究室の公式ホームページの右のほうを見てください。

今回の『紀要』は・・・

「弥生時代の土器と墳墓」

「古墳時代の須恵器」

が中心ともいえるラインナップですね。

 

 

「弥生時代の土器と墳墓」

に関してみてみますと・・・。

 

真木大空さんの論文では、『脚台付鉢形土器』について書かれてますね。弥生時代の葬送儀礼・土器といえば『特殊器台・特殊壺』が有名です。真木さんが論じる『脚付鉢』も祭祀性の強い土器で墳墓からも多数出土していますが、『特殊器台・特殊壺』より古い時期のものです。この『脚付鉢』、ある時期になると一部の地域に集中するんですがその地域は実は「あの不思議な形の墳丘墓」とかかわりが深ーい地域なのです。『脚付鉢』の謎に迫る!

 

今福拓哉さんの研究ノートでは、『四拾貫小原弥生墳墓』についてです。広島大学考古学研究室にいる人は当然知っているであろう『四拾貫小原』。どうやら最近、ただの墳墓ではないらしいことがわかってきました。お墓ですのでもちろん亡き人が眠る埋葬施設があるわけですが、この埋葬施設、どのタイミングで作るのか?というのが重要なキーワードのようです。そして『四拾貫小原』の正体とは!?

 

 


「古墳時代の須恵器」

に関してみてみますと・・・。

 

えー、ごほん、拙稿(使ってみたかった!)「環状瓶の製作技術とその系譜」では、広島県から古くからみつかる『環状瓶』という謎の須恵器に焦点を当ててみました。この『環状瓶』。最近、広島だけじゃなく全国津々浦々からみつかりはじめました。どうみてもドーナッツなこの須恵器、いったいどうやって作ったのでしょうか?そしてどうして全国津々浦々で同じようなドーナッツ須恵器がみつかるのか?それはとある技術に関わるもの・・・だったかもしれません。

 

村田晋さんは『海田原20号墳』についてですね。とある界隈で有名な『海田原20号墳』。広島県東部地域の山間部でなぜかたくさん存在する、帆立貝形古墳。これまで「墳丘の形」に注目していつ造られたのかを検討してきました。ところが最近、とある資料館で保管されていた須恵器がみつかったようなのです。その須恵器が示す『海田原20号墳』とは!?そして「墳丘の形」との関係性とは!?

 

 

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閑話休題

 
ねむねむ「ついに・・・ついに・・・脱稿・・・。もう、思い残すことは何もないっ!」
脚付鉢「あ、ねむねむ、そういえば、この環状瓶知ってる?」本ペラー
ねむねむ「・・・え?」本ペラー
 
環状瓶「|ω・`)ノ ヤァ」

 

ねむねむ「うわあぁぁぁぁぁ、初見だあああぁぁっぁあ!集成漏らしてるぅぅぅ・・・(´;ω;`)」

ねむねむ「先生!今から修s」

先生「もう印刷出してるからさすがに・・・無理・・・」

ねむねむ「チーン..。OTL、」

 

資料集成は確実にしましょう。猛省しております・・・。

年の瀬もいよいよ押しつまるころ、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
ねむねむは毎年この時期に開講される集中講義を拝聴しておりました。
 
思うに、やっぱり多角的な視野って必要ですね。
考古学だけでなく民俗学・文献史学の分野についてももっと見識を深めておかないと古代の日本像は描き出せないですね・・・
 
まあ、集中講義では「考古学の基礎的な知識」さえ怪しかったんですけどねっ!
ええ、もう、大学院生失格ですねっ!
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さて、今年の集中講義は亀田修一先生をお招きして「渡来系の文物とその周辺分野の研究」についてご教授いただきました。
 

 
年末の超多忙であろうこの時期にわざわざご足労いただき、感謝の念に堪えないです。
 
時代としては弥生時代を含みながら古墳時代から奈良時代くらいまで多岐にわたるお話でした!そして地理的な範囲は畿内を除く西日本全域と韓半島という巨大なスケール!
 
さて、亀田先生の授業は会話のキャッチボールが重要。
まず初めに出身地と研究分野を紙に書いて提出することで、出身地や研究分野に近い内容の会話のキャッチボールが行われます。
 
亀田先生「さて、じゃあこの須恵器の時期を・・・」
ねむねむ「(あ、やばい、これは質問が来るっ・・・!)」
亀田先生「お、須恵器の人がいるね。ねむねむ君」
ねむねむ「あー・・・・・えっとぉ・・・(わー普段勉強してないのがばれるっ!)
       TK217くらいですよねぇ・・・。」
相対年代でごまかす(姑息な)作戦!
亀田先生「・・・(にこにこ)」
ねむねむ「じ、実年代ですか・・・」
亀田先生「そりゃあそうよ!君埋蔵文化財行政に入って一般の方に説明するときにTKなんだ
       といっても伝わらないでしょう?」
ねむねむ「な、七世紀前半くらいだった気が(あやふやー)・・・」
亀田先生「がくーっ。」
 
不勉強で申し訳ありません・・・
こうして集中講義で恥をかくと一生覚えてる気がします。山田寺下層出土の土器群。
 
 
さてさて、集中講義では新しい見識を深めることができる楽しさと・・・
もうひとつ、歓迎会が目玉っ!
 
 
鍋会を開催しながらみんなで歓談をするのがおもしろい。
亀田先生の学生時代のお話、韓国留学の時のお話、広島大学生の普段の生活・・・
いろいろな話が飛び出して大盛り上がりです。
 
―閑話休題―
 
集中講義を機会に亀田先生にはあらゆることをご教授いただきました。
講義の時のみならず講義の間の休憩時間などにも気さくに話しかけていただき、厚かましいことに個人的な研究についても質問させていただいたり、本当にお世話になりました。
 
お忙しい中、広島大学考古学研究室へ来ていただき本当にありがとうございました!