1ケ月の夏休みがあり2ケ月ぶりとなった9月の「関西洋風建築めぐり」講座は、尼崎の「ユニチカ記念館」(旧尼崎紡績・本社事務所)でした。この建物は明治33年(1900年)に建設された英国調の美しい煉瓦造2階建てで、設計は帝国大学工科(現東京大学工学部)建築専科を卒業し、尼崎紡績の社員でもあった茂庄五郎(しげしょうごろう)と(ほぼ)特定された模様です。比較的最近、役員会議の議事録にそういった記載があったのが見つかったとか・・・。
◎参考:建築家 茂庄五郎さんのこと(大阪人間科学大学教授 植松清志)
http://www.amaken.jp/nambu/18/13.htm
「ユニチカ記念館」はこれまで3回くらい訪れているのですが、休館日であったり館長さんが不在等だったりで、なかなか内部を見る機会に恵まれず、外観を眺めるのみでした。その意味でも今回は絶好の機会です。
さて内部に入ってみると、元々が工場の事務所ということもあってか、比較的質素なつくりでした。しかし、廊下部垂れ壁(大梁となっている?)などはアーチ状となっており、その下面には矩形の装飾が施されています。壁は煉瓦のため4~50cmはある厚いもので、これによって大きな梁を支えています。アーチ部も叩いてみれば煉瓦で造られているか分かるのですが・・・と川島先生。
階段には欅(けやき)の木が使われているそうですが、親柱や手すり子にもシンプルですが確かなデザインが施されています。また、2階廊下部の天井と壁の接続部(これも廻り縁と呼んで良いのでしょうか?)は大きなアールというか、くり型(?)となっており、以前見学した「東リ・本社工場事務所」(3枚目の写真)との共通性も感じられました。
イギリス風ということもあって各部屋には暖炉があります。2階の客室(応接室?)にあったものが一番細かな装飾がありましたが、見た限りでは彩色タイルなどは使われていなかったようです。この客室は天井にも細かな装飾が施されていましたが、漆喰なのか何かの型押しなのかはよく分かりませんでした。オール漆喰だとするとなかなかのものですね。外部は華麗な煉瓦ですが、内部は全体的にモノトーン&質実剛健といったところでしょうか。
2階は2部屋が尼崎紡績やニチボー時代の資料室になっており、全盛時の工場の全景模型や”東洋の魔女”で知られたニチボー貝塚・女子バレーボール部の資料などが展示されていました。これは貴重ですね。ちなみに、ニチボー貝塚チームの監督だった大松博文氏の家は堺市浜寺の私の実家の近所にありました。
2階からは正面のバルコニーに出ることができました。この出入り口の扉と窓、庇の石は古びた味わいがあります。バルコニーから見た庭は樹木が多く伸びやかですね。ここだけ別世界のような印象を受けます。
様々な色合い&肌合いの煉瓦です。補修などでは新しいものも使われているようです。
ビューティフル!
元々私は大の煉瓦建築好きです。大阪府堺市のダイセルにも美しい煉瓦建築群があったのですが、最近1棟を残して全て解体されてしまったので、ユニチカ記念館の貴重性・重要性は更に増すと思います。これからも大事に使い続けて頂きたいものですね。
この日は猛暑となったのですが、更に尼崎駅まで探訪をして帰ることになりました。
以下、次号に続く。