ボーナスステージ | 物語をカタチに。

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「やっぱり、まだ生きているな・・・」

 

45歳になって最初に浮かんだ言葉である。

ついに父の年齢を超えてしまった。

これまでのどの誕生日よりも不思議な感覚だ。

なぜなら僕は45歳まで生きていられるとは思っていなかったから。

 

何度かこのブログでも触れたかもしれないが、父は僕が18の時に亡くなった。

当時父は44歳だった。

以来、漠然と自分は44歳までしか生きられないと考えていた。

だから人より早く起業したりして、なんでも良いから形を残そうとし続けてきた。

友人の中には僕のことが、生き急いでいるように見えた人もいるようだ。

しかし僕としては、44歳で死んでしまうのだから早めにいろいろやっておきたいと思うことは当然だろう。

その結果、大したものではないが家族や会社や幾つかの作品等々、小さな形は残すことができた。

「もし今日死んだとしても幸せな人生だ」と思っていた。

 

が、数年前からそんな考えが揺らぎ出した。

40歳も過ぎていよいよ44歳というゴールが見え隠れた辺りからである。

「俺、死なねえんじゃねえか・・・」と思うようになっていった。

不思議だが、その年齢に近づくにつれ死という存在が自分から遠ざかっていく感覚が日々強まった。

おまけに、心も体も絶好調ときた。

やりたいことや目標もどんどん明確に研ぎ澄まされていく。

とてもゴールを迎えようとしている人間の思考ではない。

 

気づいてみれば、時代は100歳まで生きる時代になっていた。

僕の世代の人間でさえ95歳まで生きるそうだ。

ある意味困る。

45歳より先の人生設計など一度もしたことがなかったからだ。

仮に自分が95歳まで生きるのであれば、まだ人生の半分さえ生きていないということになる。

ちなみに今7歳の僕の息子の平均寿命は107歳だそうだ。

 

さて。

残されたのは長いボーナスステージだ。

マリオで例えるのであれば、コインざくざくのあれだ。

でも、もし人生をそんな気持ちで生きていけたら最高なのではないか。

しかし人生はある地点からリセットされるものではなく、続いて行くものだ。

だから折り返し地点を超えたこれからは、もっともっと楽しい時間が続いていくと考えよう。

家族や社員そして世話になった人たちにもたくさん恩返しできる。

そういうボーナスステージを満喫したい。

 

僕の人生は上々だ。