うしろめたうしろめたさの人類学 | 物語をカタチに。

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犬とゴルフとミニクーパーを愛する小説家。新作小説『僕たちの正義』(産業編集センター)が発売中です。暮らしの小説大賞受賞作『しねるくすり』とその続編にあたる『いきるりすく』、『キリノセカイ』(角川文庫)もよろしくお願いします。

最近何かとやることが多くなってしまい、読書のペースが落ちている。

巻き返したい・・・。

 

本書は日本とエチオピアを比較しながら、様々な物の価値を見つめ直すという書かれ方で進んでいく。

なぜ日本とエチオピアなのか、その組み合わせでなければダメという確固たる理由は欠けているようにも思えるがなかなか興味深く読ませて頂いた。

 

エチオピアでは政権が変わるたびに政治は不安定になり、国そのものの価値が変動している。

当然ながら国民も国を信用していない。

出生届さえまともに出されていないそうだ。

 

一方日本では政権もしくは首相が毎年変わっても国民の生活が突然脅かされることはない。

言い換えれば国民は誰が首相になろうとも同じ明日がやってくると信じている。

無意識のうちに国家というものを信用しているのだ。

国を信用しているから税金を収める。

そもそも我々は日本のお金に対しては絶対的な信用を寄せているようにさえ思える。

誰かと結婚したければ役所へ行ってわざわざ紙切れを提出し、それではじめて結婚したという実感が湧くのだから不思議である。

これらはそもそも、我々が国を信用しているから行う行為である。

 

ただ、そうではない国もある。

私たちはただ日本に生まれただけで、エチオピアの人たちにもそれはいい当てはまるだろう。

信用できる国に生まれた人、信用できない国に生まれた人。

それを格差と呼ぶことは間違っているかもしれないが、生まれた瞬間からそれが存在している。

 

そんな、ふだん考えることもない思考になれたことが新鮮だった。