355 渡せなかった指輪 | プレ介護アドバイザーはまじゅんのおしゃべりサロン

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健太は駅前の辻村宝石店に車を走らせる。

 

以前、部下の一人が、個人商店だから夜遅く

まで開いていて、仕事帰りでも相談にのって

もらえて良かったと言っていたのを思い出し

たのだ。

 

時計を見ると、午後7時を回っている。

 

「どうか、開いていてくれ」

 

健太は祈るような思いで走っていた。

 

駐車場に停めて、店の自動ドアの前に立つと、

ドアが開いた瞬間、中から明るい女性の声が

聞こえた。

 

「いらっしゃいませ」

 

間に合った!と健太は安堵した。

 

「何をお探しですか」

 

「あの、指輪を買いたいと思いまして」

 

「どなたのですか」

 

「あの、プ、プロポーズに使う指輪です」

 

言いながら、健太は自分の顔が赤くなって

いくのを感じていた。

 

女性の店員は、にっこり微笑むと優しい口調

で話してくれた。

 

「一般的には、プラチナの指輪にダイヤを

入れたものが多いですが、お仕事柄、地味な

ものが良い場合もあります。

 

あと、ご予算はどれぐらいですか?」

 

健太はドキッとした。

今日は現金の持ち合わせがない。

カードは持っているが、いくらが限度額

なのかも知らなかった。

 

健太は腹をくくると、正直に話すことにした。

 

「急に指輪が必要になったので、

現金を持っていなくて。

このカードでいくらまで払えますか」

 

店員は、カードをチェックすると、健太の

身分証明書の提示を促す。変な客だと思われ

ても、仕方がないと健太は思った。

 

「このご予算ですと、このあたりの物が

お勧めですが」

 

「介護関係の仕事なので、地味なものが良い

と思うのですが」

 

「かしこまりました。

サイズはどれぐらいですか?」

 

「サイズ?サイズですか?指輪のサイズって、

どうしたらわかりますか」

 

とんちんかんなことを言っていると自分でも

思いながら、健太は焦ってしまった。

こんなことで、今日中に買えるのだろうか。

 

「お分かりにならない時は、少し大きめの

サイズになさって、後でサイズ直しは

できますから、ご本人様と一緒にお越し

いただければ大丈夫ですよ」

 

健太は、店員の勧めるものの中から、

シンプルで上品なデザインの物を選んだ。

 

「包装は、どうなさいますか。

この入れ物のまま、ふたを開けてプロポーズ

なさる方もいらっしゃいますが」

 

よくテレビのCMなどで見るシーンだなと、

健太は思ったが、自分がそんなことが出来る

とはとても思えない。

 

普通にプレゼントとして渡して、みどりに

開けてもらおうと考えた。

 

店員が包装をして、リボンをつけてくれて

いる間、健太はワクワクしてきた。

 

みどりはどんな顔をするだろうか。

喜んでくれるだろうか。

もっと派手な方が良いと言うかもしれないな。

その時は、一緒にまた買いに来ればいいや。

 

健太は、指輪の箱を受け取ると、ウキウキ

しながら車に乗り込んで、自宅へと向かった。

 

家に着くと、玄関にしか明かりがついて

いない。

健太はそっと、台所に行って灯りをともす。

 

テーブルの上に、みどりのメモがあった。

 

「明日の朝早いので、先に休みます」

 

健太は少しがっかりした。今日が最後の日

かもしれないと自分に言い聞かせて、

みどりの部屋をそっとのぞき込む。

 

みどりは、昼間の疲れが出たのか、静かな

寝息を立てて眠っている。

 

無理やり起こすのは可哀想だ。それに、

できれば、明るい時間帯に渡したい。

 

健太は、明日の仕事を定時に終えて、

みどりの職場まで迎えに行こうと考えた。

 

「みどり、おやすみ。明日はサプライズだぞ」

 

健太は、心の中でつぶやくと、そっとみどり

の部屋のドアを閉めた。

 

翌朝、みどりは早めに起きて支度をした。

健太と会話する時間を、なるべく少なく

したいからだった。

 

健太が起きた時には、みどりはもう朝食を

済ませて、出かける寸前だった。

 

「おはよう、みどり。今日は早いんだな」

 

健太はいつも通りの調子で話かける。

 

「今日は会議が立て込んでいるから、

忙しいのよ」

 

みどりは素っ気なく答える。

 

「帰りは遅くなりそうか」

 

「わからないわ」

 

それだけ言うと、みどりは玄関を出て行った。

 

みどりの冷たさをしみじみ感じながらも、

健太は今夜のサプライズを胸に描いて、

一人でニンマリしていた。

 

昼過ぎ、仕事中の健太のスマホが鳴る。

相手は中央包括の早川さんだった。

 

「こんな時間に早川さんからなんだろう」

 

健太が電話に出ると、早川さんの大きな声が

耳に飛び込んできた。

 

「健太さん、大変です。今、中央包括の前の

歩道に、暴走した車が乗りあげて、みどり

先輩が、みどり先輩が巻き込まれました。

私、今から、救急車に同乗します」

 

健太!  みどりは大丈夫か?

 

TO BE CONTINUED・・