
新元号をめぐる過熱報道がおさま
る気配がない。内閣支持率は9・
5ポイントもアップした。それに
乗じるかのように、安保関連法に
基づき、初めて自衛官2人をエジ
プト・シナイ半島の多国籍軍司令
部に派遣する。国連承認のない海
外派遣が拡大しているのに、メデ
ィアの多くは無関心だ。ほくそ笑
む安倍晋三首相の姿が目に浮かぶ
。そんな時、米国政府の嘘を暴い
た映画「記者たち・衝撃と畏怖の
真実」をみて、気概とこの国の報
道の堕落ぶりを比べ、あまりの落
差に、激しく落ち込んだ。
どのテレビ情報番組も「令和」の
典拠は万葉集と伝え、発表当日は
安倍首相が各局の番組を乗っ取る
ようににリレー出演、「いかに時
代が移ろうとも、日本には決して
色あせない価値がある」と国書の
「万葉集」が典拠であるとアピー
ルした。政府のプロパガンダに屈
した屈辱の日になった。なぜ候補
が6案になり、どう選考されたか
不明なのに、共同通信調査で「好
感」が73%もあるのか、さっぱり
分からない。むしろ「令」には、
指図や命令の意味が強く、統制を
イメージしてしまう。
メディアの役割は政府と距離をお
き、政策や発表を様々な角度から
検証し報道に値する事実かどうか
検証することである。新元号報道
には、政府の国威発揚の一翼を担
わせられてるという自覚もない。
発表前、皇室に候補案を伝えたの
も国事行為に関与させた憲法違反
の疑いさえある。
そもそも、典拠が国書であるとい
う政府発表に疑問がある。万葉集
の「初春令月、気淑風和」の文言
について、中国の古典に詳しい学
者の多くが詩文集「文選」にある
「仲春令月、時和気清」の句の影
響を指摘する。現代なら引用を明
らかにしなければ著作権法に触れ
るぐらいの酷似ぶりである。中国
の古典を元にして万葉集の文がで
きているという通説さえ無視した
国書典拠の政府発表ではないか。
中国を源流に滔々と流れてきた文
化の流れに、無理やり線引きし、
日本の古典だけを持ち上げるのは
、暗愚としか言いようがなく、そ
れを受け入れてしまう人々の無思
考ぶりにも言葉を失う。
そんな日本のメディアの劣化を叱
咤しているように思わせたのが、
映画「記者たち」であった。20
01年の米国同時多発テロ事件後
、正当な理由もなくイラクへの軍
事介入をしたブッシュ政権の暴走
ぶりと政府の嘘を暴く記者の姿は
、民主主義と報道のあるべき関係
を教えてくれる。リベラルであっ
たはずのニューヨークタイムスや
ワシントンポストという有力紙で
さえ、政府の発表を鵜呑みにして
軍事侵攻を支持した。これに対し
て米国の31地方紙に記事を配信す
る「ナイト・リッダー」の記者は
イラクが大量破壊兵器を保有して
いるという政府の発表に疑問を抱
き、地道な調査報道で対峙する。
一人の若い黒人青年が虚偽の報道
を信じて兵役に就き、派遣先で銃
撃を受け重傷を負って帰国する場
面を重ね、胸が打たれる。
一つ一つの記事や報道だ誰に向け
て発するのかを根本的に問いかけ
る。不都合な事実を覆い隠す政府
に目を凝らし続けなければ、市井
の人々が破たんの淵に追いやられ
る怖さもひしひしと伝わってきた
。あの名作「大統領の陰謀」に通
じる実話を基にした骨太の映画で
ある。
「千万人といえども、吾往かん」
と強靭な精神を讃えた孟子の言葉
は「ナイト・リッダー」の記者に
ふさわしい。ひるがえって、日本
の安全に直接関係がないシナイ半
島への自衛官派遣を警告する心あ
る記事の何と希薄なことか。
【2019・4・3】
(写真は映画「記者たち」のポスター)