政権批判をためらう報道を「ラッ
プドッグ(愛玩犬)」と呼ぶ。勇
敢さをもって国民に警告を発する
番犬機能を果たすメディアと対比
した言葉である。1970年代、
米国国防省のベトナム秘密文書を
暴露したD・エルズバーグ氏が堕
落した報道をそう呼んで批判した
。6割以上の国民が「中身が分か
らない」とするTPP(環太平洋
経済連携協定)関連法案を衆院委
員会で強行採決前、「わが党は結
党以来、強行採決をしようと考え
たこともない」と虚偽答弁し開き
直った安倍晋三首相を批判もせず
、山本有二農水相の失言責任ばか
りを報じる新聞論調やテレビ報道
が目立つ。今こそ、エルズバーグ
氏の「堕落した報道は政府の愛玩
犬」という指摘を強くかみしめた
い。
次々失言を繰り返す山本農水相を
起用したのは、安倍首相自身で、
その任命責任は大きい。そもそも
石破派の幹部議員だったのを、石
破氏の意向を無視して、安倍首相
が一本釣りした結末だ。閣僚にふ
さわしくない人物起用は歴代内閣
の中でも安倍内閣が突出して多い
。
最近でもあっせん利得罪の疑惑が
晴れない甘利経財相、過去の下着
泥棒疑惑に包まれた高木復興相、
政治資金疑惑が指摘され続ける稲
田朋美防衛相、西川農水相ら。改
造前にも小渕経産相、松島法相の
女性閣僚のほかSMバーに政治資
金を使った宮沢経産相らがおり、
安倍首相の人物眼が曇っていると
しか言いようがない。同じような
価値観しか持っていないと見られ
ても仕方ない。安倍首相は中国や
韓国に「法の支配」という言葉を
使って政治手法の違いを強調する
が、法以前にこの内閣は「モラル
の欠落」を強く実感し「法の支配
」をいう資格はない。
新聞論調は野党の「山本農水相の
辞任」の後押しぐらいは見受ける
が、本質を突く論調は皆無だ。自
民党が結党以来数十回も強行採決
した事実を示し、山本農水相を起
用し、平然と国民にウソを言い放
った首相の任命責任を今まで以上
に問うべきではないか。何も言え
ないのは「飼い馴らされているか
ら」と見られても仕方ない。
それどころか、メディアは今、米
国大統領選報道と韓国大統領関連
事件一色で、国内の政治報道は「
小池劇場」ばかりを追う。TPP
交渉は国の将来を大きく変える経
済交渉なのにまるで中身が分から
ない。数千ページに及ぶ交渉文書
は大半が公開されず、公開分の一
部文書も真っ黒に塗られたままだ
。一昨年可決された特定秘密保護
法で何でも秘密にする政権の面目
躍如である。このままでは国民の
耳目がふさがれたまま、国の富み
を失い土台を揺るがしかねない経
済交渉が十分チェックもされず、
是認されてしまう。
メディアの中ではNHKのニュー
ス番組がひどい。「強行採決」と
いう言葉は一切使わず、「与野党
、採決めぐり攻防」という言葉で
ごまかしていた。まるで政府のプ
ロパガンダ(宣伝)放送だ。
モスクワでの日ソ経済交渉も世耕
担当相に経済記者が同行し、その
交渉で北方4島の返還交渉が軌道
に乘っているかのような女性記者
のレポートを流していた。交渉の
内実に迫りもせず、官僚からリー
クされた中身が希薄な合意を取材
で得た成果のように話していた女
性記者の姿に暗然とした。エルズ
バーグ氏が指摘した「堕落した報
道」という言葉が頭に浮かんだ。
事実に肉迫する気概もなく、視聴
者への背信行為を重ねていること
が一線記者に意識もされない、そ
の劣化ぶりに改めて強い危機意識
が募る。
読者や視聴者も、そんなメディア
への監視を心がけ、自ら一人一人
が「愛玩犬報道」を排除し、批判
しないメディアを淘汰する意識を
持たなければ、あの「いつか通っ
た道」をたどることになる。
【2016・11・6】