10年ぐらい前、30代前半ぐらいの私は、ふとしたことから、ニューヨークに短期留学に来ている私の母校からの高校生たちと交流する機会に参加しました。会が始まって少し経ったころ、一人の優しく頭のよさそうな女子学生が私のところに来て、Aって知っていますか、と私に聞いてきました。私は、はっと、Aは私の中学一年の担任だ、と思い出しました。すると、この学生さんが、Aって私の叔父なんです。20数年ぐらい前にX中学校に通ったとおっしゃっていたのでもしかしたら知っているかなと思って、っと。私たちは偶然に胸を弾ませて話しました。A先生は教師になる前は柔道で国体まで行った方で、驚くほど体格がよく、声も大きく機嫌の波があってみんな怖がっていました。そんなA先生は数年前大きな病気をしてすっかり痩せこけ、私が知っているA先生とは別人のようですよ、と彼女は教えてくれました。


A先生が私の担任でなければ今の自分はもっとポジティブな人間になっていたかもしれない、と思うことがよくありました。当時私は12歳。新しいクラスメイトにとにかく好かれたくて、でもその気持ちを隠したくて神経質でした。A先生は本当に大柄で睨めつけるように生徒を見ながら教壇に立ち、叱るのではなくて怒りました。反抗的な生徒には手をあげました。しかし、ふざける時は子供のようで、当時流行っていたアイドルや女優の名前をだしては、あぁ、Xは本当に綺麗だな、膝枕してもらいたいぐらい、とか言っていた面もありました。A先生は陸上部の顧問で、「お前、陸上部入れよな。」と生徒に言っていました。「もちろん、お前は陸上部はいるよな。」何故か私は他の生徒よりも多くいわれていた気がします。陸上部に入部しないことは悪いことをしているのと同じだと、A先生を裏切ることだと無意識にも感じてました。入部すればA先生に好かれて怒られる機会がぐっと減るような気さえしていました。不安が一杯で、実際、自分は足がおそいこと、運動が嫌いなこと、喘息気味であることなど思いださず、
陸上部に張りたいと、母に言うと、ちゃんと勉強と両立できるのか、学年20番以内にいつも入れるのか、と聞かれました。その度に、できる、できる、とまるで突然陸上に目覚めたかのように固い決意を表していたものです。
部活動の申請書を出す前に家庭訪問があり、A先生に母が私が陸上部に入りたいと行ってること、勉強の両立ができるかの心配というと、A先生は「俺に任せてください、」と土下座をていて、ビックリしたのを覚えています。笑い声が少しまじっていて、本気か冗談の土下座か区別がつきませんでした。


 こうして私は陸上部に入り、毎日授業が終わると急いで家に帰り自転車で陸上競技場までいき練習。練習がない日は月に1日ぐらいしかありませんでした。遅刻、欠席、ちょっとした無駄話、挨拶忘れ、または先生が満足いかない挨拶をしたりすると大声で怒鳴られたものです。陸上部に入ったら気に入られて怒られなくなるというのは全くの勘違いで。怒鳴られたもんならずっと胸が苦しくて。そんなA先生は私が2年生になる時に転勤しました。でも、陸上部は続きます。死んだら練習に行かなくてもいいのにな、何度も思っていました。「後悔してるでしょ?」母がからかうように私にきいてきましたが、「全くしていない、」と答えたものです。部活を辞めると内申に響くし辞めたら顧問の先生や部員から侮辱されいじめられると信じ退部する勇気さえありませんでした。大会で私以外の全部員が入賞することもあり、消えてしまいた程恥ずかしかったです。


    中学入学当時の私はA先生が正しいと思い込んでいたのです。A先生がイライラしたり怒るのは、私たちのためであり、私たちが悪いのだと、担任のA先生に気に入られることは義務だと、信じていました。

    A先生の姪の学生さんに名刺を渡したのでそれをみたであろうA先生からメールがきました。久しぶりで懐かしいということ、私が活躍しているようで嬉しいということ、などが書いてあり、あの怖かったA先生の文章とは思えないぐらいフレンドリー、絵文字も多々。「それから、お母さんはお元気ですか?最後に無理やり、陸上部入れてゴメンね!では、ごきげんよう、さようなら。」と書いてあったので驚きました。罪悪感を感じていたのでしょうか。あの荒っぽかった先生からそんなことを言われるとは、当時は想像もできなかったはずです。私は、先日姪っ子さんにお会い出来て嬉しかったこと、高校以来ニューヨークに住んでいること、などを書いて、自分はあの部活動の経験から学んだこともある、と、一応書きました。当時は辛かったけれど、今になっては思い出です。翌日すぐに返事が来て、それには、海外の人とやり取りをしたことがないので、ニューヨークからメールが来たということで大騒ぎしたということ、最近の日本の天気のことなどが書いてありました。そして最後に「今度お母さんに飲みに行きましょうと言っててください。一応、携帯番号はXXXです。では、お互い健康に気をつけて頑張りましょう!」え、私の母?そういえば、前回のメールにも母の事が書いてあったな。私の母をなんで誘っているのだろう、と嫌な予感がしました。母に、A先生が母を飲みに誘っていると伝えると、「あぁ、A先生は私のこと好きだったのよ、当時、アタックされてたの!」とさらっと返答していました。

 

一瞬頭が真っ白になり、がっくりきました。当時の私は大人の顔色ばかり伺っていて本当に無知だったんだな。