アメリカ軍、爆発物処理班の活躍を描く作品です。


爆弾処理の際、戦死したブラボー中隊のリーダー、トンプソン軍曹の後任として派遣されてきたジェームズ二等軍曹。彼は、無謀とも思える行動力で、次々、爆発物の処理をしていきますが、そのやり方に、チームを組むサンボーン軍曹やエルドリッチ技術兵は不安を抱くようになり...。


戦争は麻薬のようなもの。と、冒頭に文章が示されます。いかに、恐ろしいことでも、それが日常になれば、人間は慣れてしまうもの。生活の場が戦場とされてしまえば、徐々に、戦闘の中で、普通の生活を営むようになっていき、テロが行われた現場でも空には凧が揚げられます。そして、そんな中から国に帰れる時を待ち望み、除隊の日を夢に見ていたはずの兵士たちも、いつの間にか、戦場に舞い戻ってしまいます。


一度味わってしまったら、そう簡単には辞められない。それが、自身を痛めつけるものであることなど、重々分かっていても辞められない。そして、繰り返す毎に心身は傷つけられていく。まさに、麻薬。平穏の中にあっては味わえないスリルと高揚感。安全な社会においても、様々な形でスリルが求められます。けれど、本当に命を賭けるようなリアルなスリルを感じられるのは、戦場だけなのかもしれません。


けれど、やはり、戦場での日常は、人の心を傷つけます。もちろん、身体も。そして、命さえ奪っていく。それでも、麻薬が法で規制され社会における悪とされるのに対し、善意でさえも戦争を支える現実があります。


ジェームズは、平和な故国に帰りながらも、そこにあった日常に戻ることが出来ませんでした。日常の中で戸惑う彼の姿には、哀しさと、戦う歴史を繰り返してきた人間の本性を見せ付けられる怖さが感じられます。そして、そんな彼を迎えた家族の戸惑い。戦場を体験した者とそうでない者の間に刻まれてしまった溝の深さを見せ付けられるようです。


平和を願い、安心できる生活を望む人の気持ちも真実なら、命を遣り取りする現場でしか味わえない緊張感と高揚感を忘れられずに闘いの場を求めてしまう気持ちも人間の本性と無関係なものではないはず。


ジェームズは、無謀としか思えないような行動をしますが、決して、死を恐れていないわけではありません。戦場で活躍するための秘訣を問われて「死なないこと」と答え、例え、やろうと思ったことを完遂できなくなっても、命を捨てることはしませんでした。決して、無鉄砲でも、向こう見ずなだけでもなく、冷静な判断力も持った彼が戦場から離れられないこと。そこに、本当の恐ろしさがあるような感じがします。冒頭の文章とラストの映像が呼応し、それまでのドキドキハラハラの映像以上に怖さを感じました。


そして、命を賭けて爆弾処理をしているにも拘らず、彼らは、イラクの人々から歓迎されてはいません。少なくとも、彼らの仕事のある部分は、確実に、イラクの市井の人々の危険を取り除いているのに。そう、彼らも、イラクの人々の平和な日常を破壊したアメリカの一部なのです。大儀も正義もない戦争の真実が、彼らに向けられるイラクの人々の視線に現れています。


臨場感溢れる映像で、戦争というものを感じさせられます。勇敢な兵士として実績を重ねながらも、時折、恐怖の表情や人間としての哀しみを覗かせるジェームズをジェレミー・レナーが好演。


ドキドキハラハラで、人が死に、目を覆うような場面もある割には、ストーリー自体は、どこか淡々とした感じで進行していきます。観ているだけでまるで戦場に放り込まれているかのような臨場感、少ない登場人物、静かなストーリー。そのバランスが絶妙。この淡々とした中に起こる数々の不慮の死こそが、戦争の怖さなのかもしれません。


本作は、単に、戦争の非道さや残虐さを訴えているものではありません。逆に、戦争というものの抗い難い"魅力"を示しているようにさえ思えてきます。けれど、それこそが、戦争の恐ろしさなのでしょう。そう、結局は、これがあるからこそ、長い歴史の中で、後悔を繰り返しながらも、戦いを止めることができなかったのかもしれません。戦争をなくすためには、この"戦争の魅力"を正視し、そこをどう解決するか、その方策を考えなければならないのでしょう。


それにしても...。ジェームズたちにとっては、戦場にいることは、選択の結果。一方、イラクの人々にとって、この戦争は、勝手に、日常に入り込んできたもの。そこには、選択の余地などありません。そこからの視点が、もう少し加わると、もっと、生の戦争が伝わってきたのではないかと想うのですが...。


見応えある作品でした。オススメです。



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http://www.hurtlocker.jp/



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