空気人形

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業田良家の短編コミック「ゴーダ哲学堂 空気人形」を映画化した作品です。


ファミリーレストランで働きながら、古びたアパートで単身生活をしている秀雄。職場ではミスが多く叱られっぱなしの秀雄が、唯一、心を慰められる相手は、"のぞみ"と名付けられた空気人形。その人形が、本来持つはずではない"心"を持ってしまいます。彼女は、秀雄が出掛けると身支度を整え、街へ出て、いろいろな人と出会います。ある日、レンタルビデオ店で働く純一と知り合い、彼女も、その店でアルバイトをすることになります。密かに純一に想いを寄せる"のぞみ"でしたが...。


登場する人々は、皆、孤独で寂しい。そして、"代替がきく"人ばかり。もっとも、代替のきかない人、なんて、滅多にいないのでしょうけれど。でなければ、世の中、回っていかないですしね...。代替がきく一人だと自覚しつつも、そんな自分を無二の相手として接してくれる人が一人でもいれば、どんなに満たされるか...。けれど、人と人の心はすれ違うもの。時として、他人を相手にすることは、自分を疲労させ、傷付けます。秀雄も、純一も、その他の登場人物たちも、誰かとの関係に傷付いてきたのでしょう。


傷付くことを恐れ、自分の心を空っぽにしてしまったかのような人々。一方で、心を持ってしまった人形。理由もなく前触れもなく、突然、与えられた心は、彼女自身をも戸惑わせます。この世に生まれたばかりの"のぞみ"とこの世での生に疲れた人々との対比が巧く描かれていたと思います。


ある意味、とても、純粋で無垢な人形の心。けれど、そのあまりに無垢な心は、思わぬ悲劇を生みます。「自分がしてもらって嬉しかったことを相手にもしてあげたい」。それは、"思い遣り"なわけですが、自分と相手の違いに無知なままで形作られる"思い遣り"って、案外、残酷なものなのかもしれません。純一と自分の違いは、「最後は燃えるゴミになるか燃えないゴミになるか」だけだったわけで...。


そして、秀雄は自分は心を持った相手との交流ができないことを、"のぞみ"は自分が誰かの代用品であることを自覚しています。その冷静な自己分析があってこそ、本作に切なさと哀しさが漂うのでしょう。


結局、心を持っていた者も、心を持たなかった物も、最後はゴミになる。そこには、"燃えるゴミ"になるか、"燃えないゴミ"になるかの違いくらいしかない。かなりグロテスクでホラーな部分も含むブラックな雰囲気の強い作品ですし、絶望感が漂ってきます。けれど、そんな中でも、本作に登場する2人の老人のように心が触れ合ったり、過食症の女性のように、窓を開けば綺麗と感じられるものを見出したりすることができるかもしれないのです。


寂しく哀しく、汚さも醜さも持ちつ私たち。けれど、悪いことばかりでもなく、そこには、僅かな希望と喜びがあり、その僅かなものを支えに私たちは生きていくことができる...のかもしれません。


何といっても、ペ・ドゥナの熱演が本作の見所。このキャスティングが本作を成立させているといって良いでしょう。そして、板尾創路が、下手をすればタダの変態オジサンになってしまう役所を見事に"孤独で寂しいどこにでもいそうな現代人"として表現しています。


"のぞみ"の衣装も可愛らしく、特に後半の衣装は色彩も可愛らしく印象的でした。色ガラスを通した光の美しさとともに、本作に明るさと温かさを加えています。


予告編などの印象とは違い、かなりエロティックな場面やグロテスクな描写も多いですし、好き嫌いは分かれると思いますが、私は、なかなか良かったと思います。少々、ペ・ドゥナの存在に依存し過ぎてしまった感じもしないではありませんでしたが、それでもなお、観ておいて損はない作品だと思います。



公式サイト

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空気人形@映画生活