ハンブルグに住むトルコ人移民の大学教授、ネジャットの老父、アりは、ブレーメンで一人暮らしをしていましたが、ある日、同郷の娼婦、イェテルの客となり、彼女を家に住まわせるようになります。ところが、アリは、ふとしたことから激昂し、誤ってイェテルを死なせてしまいます。ネジャットは、イェテルが故郷、トルコに残してきた娘、アイテンに会うため、イスタンブールに向かいます。ところが、そのアイテンは、反政府活動家としてトルコの警察に追われ、出稼ぎでドイツへ渡った母、、イェテルを頼り、偽造パスポートでドイツへ入国。ドイツ人の学生、ロッテと知り合い...。


ドイツにおける移民問題やイスラム原理主義の問題、トルコにおける少数民族の問題、イスラム教とキリスト教に纏わる問題...。三組の親子の物語に、彼らを取り巻く社会問題が織り込まれ、重厚なドラマに仕上がっています。


イスタンブールのドイツ語専門の書店。元々は、トルコに移住したドイツ人が経営していましたが、ドイツで大学教授となっているトルコ人移民のネジャットが買い取ります。また、イェテルがアリの元で生活することにしたのは、ドイツにいるイスラム原理主義者に狙われたことが大きな要因となっています。この辺り、宗教の問題とか、民族の問題というものが、なかなか、一筋縄ではいかない、様々な事情が複雑に絡み合った問題であることを見事に描き出しています。


冒頭のガソリンスタンドの場面。黒海沿岸で流行っているという音楽をネジャットが"初めて聞いた"という辺りも、トルコ人でありながら、地元の文化をタイムリーに吸収できていないネジャットを取り巻く事情が巧く表現された場面だと思いますが、どことなく、確固とした属する場所を持ちきれないでいる人々の孤独のようなものが見えてくるようにも思います。


そして、冒頭と最後の映像が描く時期が"犠牲祭"の時期であること。終盤に入って、"犠牲祭"に纏わる物語がネジャットの口から語られ、それを聞いたスザンヌは「私たちにも同じような物語がある」と答えます。イスラム教とキリスト教。激しく対立することの多い宗教ですが、どちらの神も同じ神。当然のことながら、双方の宗教に共通するような物語や伝説も多く、ネジャットの語る物語は、スザンヌに聖書に登場するヨブの物語を思い起こさせたことでしょう。


本作に登場する三組の親子、アリとネジャット、イェテルとアイテン、スザンヌとロッテ。いずれの親子の間でも、一方が、何かのためにもう一方を犠牲にしたわけではありません。ネジャットはイェテルを殺してしまったアリに反発しますが、やがては、アリを受け入れます。イェテルは娘の学費を稼ぐために娼婦となりますが、娘のアイテンが何をしているのかは知らず、アイテンはイェテルの死を知りません。スザンヌはロッテを突き放し、そのままロッテとは会えなくなってしまいますが、スザンヌがロッテの死に直接かかわっているわけではなく、ロッテは、母よりもアイテンを選びますが、母への想いも残しています。


そして、経典に登場し、信仰の篤い者の代表として称えられているアブラハムやヨブを否定するアリの言葉。そこには、宗教や神をも超えたところにある愛を感じさせます。


スザンヌは、娘が命を落とす大きな原因となったアイテンを許し、娘の意思を継いでアイテンを救うために尽力することを決意します。大きな悲しみから徐々に回復していき、アイテンに会いに行き、アイテンに自分の意思を告げるスザンヌ。そこにも、娘の命が捧げられたものにさえ奉仕しようとする、聖人たちをも超えた愛が感じられます。


そうした点では、宗教的には、かなり、挑戦的な作品とも言えるでしょう。


さらに、本作は"愛の物語"であるだけでなく、"赦しと救いの物語"でもあります。アイテンも救われたのですが、それ以上に、スザンヌの救いの物語といえるでしょう。赦すというのは、一見、赦される者側だけに有利なことのようにも思えますが、恨みや憎しみはそれを受ける側だけでなく、その想いを持ち続ける側を酷く傷つけるもの。赦すことで赦される者だけでなく、赦す者も救われる。そこに、繰り返される泥沼の報復合戦を止める知恵があるのではないでしょうか。難しいことですが...。


徹底的にすれ違う登場人物たち。幾度となく、そのあと一歩のすれ違いにハラハラさせられます。けれど、登場人物たちは、それに気づくわけもなく...。彼らのすれ違いを知るのは、観る者だけ。観客の視点は、神の視点にも重なるものになっています。


結局、その後の出会いの可能性を残しながらも、すれ違ったままにラストを迎えます。父の愛を思い出し、父を迎えに言った息子、ネジャットも父に会えないうちにラストが訪れます。その後の再会は予感されますが...。


可能性としては、本作のラストの後には、ネジャットが父を連れ帰り、そこで、アイテンに出会い、アイテンの名から彼女がイェテルの娘であることを知り...といった展開もあるのでしょう。その時、登場人物たちの胸中にはどんな想いが浮かぶのか...。そこは、あえて描くべきところではなかったのかもしれませんし、それを描いてしまえば、陳腐な形のラストになり、作品の雰囲気を壊してしまったかもしれません。


どこまでもすれ違う感じは、昔のメロドラマを思わせるようでもありますが、最後まですれ違ったままという徹底振りは悪くなかったと思います。ラストを締めたネジャットの後姿も印象的でした。


なかなか力のある作品でした。全体の構成もバランスがよく見応えありました。力のある演技陣が揃って、魅せてくれます。特にスザンヌを演じたハンナ・シグラが印象的。お勧めしたい作品です。



公式HP

http://www.bitters.co.jp/ainikaeru/



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