日野智貴の雑感いろいろ

日野智貴の雑感いろいろ

龍野高校生時代に使っていたブログですが、ちょっとスピリチュアル系を主に色々とリブロク中心に再開してみようかな、という感じ。

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男性は女性が思っているよりも鋭いですよ。 無論、鈍感な男性もいるでしょうし、スクショのような言動をしない女性もいますが。 特に2枚目については、女性を舐めすぎな感じもあります。 ツインフレームが何かの気紛れで私を「可愛い」と言うことが、あります。 これは、画像にあるような「何も考えていない」訳ではなく、純粋に「恋愛対象としては見ていないよ」と言うことです。 事実、ツインフレームからは「日野くんを男性として見ることは絶対にない」と言われています。私は弟みたいな存在らしいです。 ま、私から見ても、姉と言うか身内のような存在ですが。腐れ縁です。 なんの話だったかな。 そうそう、女性が思っているよりも鋭い男性は多いし、男性が思っているよりもよく考えている女性は多い、ってことですね。 私は超がつくモテない男です。だから、女性の悪意には敏感。 よく言う「モテない男は直ぐに惚れる」と言うのは、都市伝説です。 モテない男ほど、身近に美人がいます。男性慣れしている女性しか、友達にならないからです。 また、モテない男ほど身近に優しい女性がいます。優しい女性以外、友達にならないからです。 そんな感じで「女性の理想」がどんどん上に上がっているのだから、簡単に惚れることはありません。 恋愛においては、需給曲線は適用されないのです。 なんか、話が逸れまくったような??

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家に帰ると私の論文の載った本が明石書店から届いていました。 テーマは大化の改新。通説では「西暦645年に飛鳥板葺宮」で起きたとされる蘇我入鹿暗殺事件が、「西暦657年に前期難波宮」で起きたと言うのが、私の新説の趣旨です。 奇しくも、藤原鎌足公を祀る談山神社を参拝した日に、大化の改新についての論文が載った本が届いたことに、御先祖様の導きを感じます。 実は今日、談山神社を参拝した後、飛鳥にも行っていました。 目指すは、通説では蘇我入鹿暗殺の舞台とされた、飛鳥宮跡です。 私の仮説では、蘇我入鹿暗殺の舞台は前期難波宮です。そこで今回の論文を書く前に大阪歴史博物館に行って前期難波宮の発掘状況を確認しました。 しかし、論文の本題と直接の関係がなかったこともあり、飛鳥には現地調査に行っていませんでした。 けれども私の論文では飛鳥宮跡に関係することも記しています。 現在「飛鳥板葺宮」とされる遺跡は、実は「飛鳥川原宮」である、と言うこれまた私の新説です。 そこで今回、私は飛鳥宮跡のみならず、飛鳥川原宮の候補地の1つである川原寺も参拝させていただきました。 現地調査の結果、私は自分の仮説により自信を持ちました。 1つ「傍証」を示すと、「川原(かわら)」と言う名称について、これまでは「飛鳥板葺宮」に対する「瓦(かわら)」の宮殿だから「飛鳥川原宮」である、と言う解釈もあったようです。 ですが、現地を見ると「川原寺」はまさに「川」の近くにある「原」でした。「川原」は地名のようです。 すると、地名に基づかない「飛鳥板葺宮」と言うのは「浮いた」名称となります。この事は、大和の飛鳥にはそもそも「飛鳥板葺宮」は無かった、と言う私の仮説の傍証にはなると考えます。 と、この様に自分の仮説を整理して再確認したその日に、その仮説の載った本が届いたと言う、シンクロ。 その日があの世と繋がるとされる春分の日で、しかも、先祖を祀る談山神社を参拝した日という事実。 本当に、先祖の導きを感ぜずには居られない日でした。

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藤原朝臣日野智貴、私達の大御先祖様である藤原鎌足公を祀る談山神社を参拝させていただきました。 ここで祈りを捧げると、御先祖様のとても優しい雰囲気に包まれ、とても心地好く、本当に恒にここに居たい気持ちになりました。 私は藤原鎌足公こそが、大御心を体現して庶民のための政治を行った、最初の方だと思います。 私もその霊統を何百万分の一は承けているのか、どうも政治とか社会正義とかには敏感になってしまいます。 この度、私は不本意ではありますが、政治的理由で還俗することになりました。 皆様も御存知のように、私は今の政府については屡々激しく批判しております。 私の不徳の致すところにより、その事が戒師に対してご迷惑をお掛けすることになりました。 上人様から受けた御恩は忘れませんし、また、今後私が行っていく政治活動は「原発は仏教に反する」と言われた上人様の教えに背くものでは決してありません。 しかしながら、上人様からは私の言葉は誹謗中傷に当たる、それは菩薩行として間違っている、と言われました。 不徳の致すところにより、沙弥の本分を逸脱してしまったことは、否めません。 私の根本は、やはり政治的人間なのだと思います。 思えば、アンベードカル菩薩も在家の政治家でした。 今後、私は藤原鎌足公の志を引き継ぎ、在家の菩薩行の実践者を目指して参ります。 南無妙法蓮華経 南無太師遍照金剛 実相円満完全

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