今日は日曜日なんですが、
午前中に主治医の先生がきて、
1階の診察室に下りて、内診をしました。

退院前の最終診察ですね。

産後の悪露がまだまだありますが、
経過は順調で、
来週にもう一度診察して経過をみましょう、
と言われました。

明日退院してから、次の診察までは
ちゃんと家でゆっくりするように、とのことです。


職場になんて言おうかな。。
もちろん、そのまま言うしかないんですが…
とっても言いづらいです。。

仕事のことについても記事にしたいな:( ;´꒳`;)





【天使ママになった日】の関連記事も
まだまだ書いていきたいことがたくさんあります。

●あの日の出来事  ⬅投稿済
●パパのこと  ⬅投稿済
●娘(お姉ちゃん)のこと  ⬅投稿済
●今回の後期流産の原因  ⬅この記事
●死産届や火葬のこと



今日はばぁばがこれから面会に来てくれます。
やっぱり泣いちゃうのかなー( ´›ω‹`)










今回の後期流産の原因について。

彼と娘が昨日 面会に来てくれた時に
主治医の先生から私たち3人に説明がありました。

15:00過ぎからだったのに、
土曜日だったので外来診療は午前中のみだったのに、
2人が面会に来るのを待っていてくれました。

元気な赤ちゃんを産むことは出来なかったけれど、
この先生で本当によかったと思います。








まずはじめに、流産についてのお話がありました。






この文章のように、
流産は妊婦さんが10人居たとしたら
そのうちの1人か2人は22週までに
流産してしまっているのが現状です。

12週までが初期流産、
12週~22週までが後期流産と言います。

私は15週だったので、後期流産でした。

12週以降に流産した場合は、
死産後、7日以内に死産届を役所に提出し、
埋葬(火葬)許可証をいただかないといけません。

法律で決まっています。









そして、今回の後期流産の原因について。


先生としては2つの可能性があると言っていました。



●1つ目。
何かしらの感染が起こっていた。
(子宮内感染か、胎盤感染か食中毒とかか)


前回の記事などにも書きましたが、
死産後、私は40℃の高熱が一気に出ました。

その時にリステリア菌感染症を疑いました。
(食中毒です)






しかし、潜伏期間は数日~3週間。
私は入院してから持ち込み食とかは一切食べていないし、
病院食だけを食べていました。
病院食は他の妊婦さんや、主治医の先生をはじめ、
他のスタッフさんも私たちと同じご飯を食べているそうです。

誰一人としてリステリア菌による
食中毒症状は出ていませんでした。

私も熱は徐々に下がっていったので大丈夫でした。




リステリア菌ではないとしたら、
やっぱり、子宮内感染か胎盤からの感染か。

妊娠悪阻で2ヶ月間食べるに食べれてなかったので、
免疫力、抵抗力が下がっていたのは事実です。

そこに何かしらの感染症が起こってしまった。

その感染症が何なのか。
そこまではわからない可能性も高い。

流産の原因は、4割くらいは原因不明みたいです。





そして、

●2つ目。
子宮頸管無力症だったのか。


子宮頸管無力症は、
子宮頸管の出口がお産前(開いてはいけない時期)に
自然に開いてしまう病気です。

しかし、
先生としてはこの可能性は少ないと思う、と言っていました。

理由として、

①娘を正期産で産んでいること(39週で出産)
②娘の時に子宮頸管無力症と言われてないこと
③今回の妊娠経過で、少なくとも今までの診察では
子宮頸管無力症の症状が出ていなかったこと
(子宮頸管無力症ならば15週より前に症状が出てるはず)


こんな感じで説明されました。






可能性が高いのは
何かしらの感染症が起こってしまったこと
が原因での後期流産。

(胎盤は念の為、病理検査に出しています)


破水して、赤ちゃんが出ようとしてしまって、
もう手の施しようがなかったのです。





その話を聞いた彼は


この子は、自分の命をもって
陽那を助けたかったんじゃないかな。
感染症が酷くなると陽那の命の危険もあったから
それを守ろうとしたんじゃないかな。
俺はそう思うことにしたよ。
そう思ったら、この子は本当に親孝行息子だよ。
よくママを守ってくれたな、って褒めてあげたいよ。


こう言っていました。




先生も、
 

今回のこの結果になってしまったのは本当に残念ですが、
陽那さんがあの、
夜中2時の出血の時にナースに伝えていたからといって、
状況が変わっていたとは思いません。
あの時に伝えていたとしても、どんなに腕のいい医者でも、
最新技術のある大きな病院でも、
赤ちゃんを助けることはできなかったと思います。

だから、お母さんは自分を責めないでください。
誰も悪くないんです。
赤ちゃんは感染症からお母さんを守ってくれたんです。
素敵な息子さんですね。


先生の言葉を聞いて泣いちゃいました。








そして、そのあと
赤ちゃんと対面しました。

私もあの日以来、会っていませんでした。


彼は「会いたいです」と言ってくれましたが、
娘に聞いてもどうしていいのかわからない感じでした。

そりゃそうですよね。
まだ状況がわかるわけなんてないんです。


娘に赤ちゃんを会わせるかとても悩みました。

娘の想像の赤ちゃん=あの、新生児ですよね。

死産した、あの赤ちゃんは、、、
小学3年生には辛すぎると思いました。




みんなで相談して、
私と彼だけ会うことにしました。

娘は一旦、
ナースステーションのところで待っててもらうことに。






そして、
私の個室に赤ちゃんを連れてきてもらいました。

赤ちゃんは腐敗が進むのを予防するために
冷凍保存されていました。


小さな木箱に小さなお布団が敷いてあって
そこに横になっている、小さな息子。
その上に小さなお布団が掛けられていました。


初めて触らせてもらいました。

冷凍されていたから冷たかったけど、
息子でした。
紛れもなく、私のお腹にいた可愛い息子でした。

初めて触った時、
またまた堪えていた涙が溢れだしました。




彼も一緒に覗き込みました。

指が長くて綺麗だなー
俺の指にそっくりだなー。。

彼はピアノを小さい頃からしていたので、
本当に綺麗なんです。


彼の顔を見ると
目に涙を溜めて我慢しているのがわかりました。


彼も悲しんでくれてるんだね。
そりゃ、赤ちゃんのパパだもんね。







コンサルさんは泣いた?


涙目になっていた彼に聞いてみました。


俺は泣いてないよ。
俺の息子なら、みんな泣いてたら
「なんで泣いてるんだよ(笑)」って言ってるよ。
泣いてあげるより、笑ってあげたいじゃん。
お母さんを守ってくれたとしたら、
親孝行息子だからすげーな!って言ってあげるよ。

だから泣いてなんかあげないよ(笑)


こんな風に言っていました(笑)















今、ばぁばが面会に来てくれて、

息子君に会ってくれました。



ちょうど看護師さんが綺麗にしてくれていて、
昨日とは違って、可愛い白い服を着せてくれていて、
青いリボンもしてくれていました。

ばぁばは息子君を見た瞬間、


可愛いー!!本当に可愛い。。
やっと逢えたね。逢いたかったよー。
おばあちゃんだよー?
またいつか戻ってきてね?
あなたのこと絶対忘れないからね。。


ばぁばも私も号泣でした。
一緒に泣いてくれて
本当に嬉しかったです。


いろんなことが起こりすぎて
まだまだ理解しきれていない部分もあるけど、
やっと、、受け入れられてきた気がします。


ばぁばのココロにも
息子君は存在し続けてくれると思います。

息子君も喜んでいるんじゃないかな…?