もうかが来る

昔々ある所におばあさん(奥様ではありません)とひでが住んでいました。お早うございます。




ひでは日が暮れまで外で遊んでいてなかなか帰ってきません。




おばあさんはひでを呼びます。お~い、早よ帰ってこんかったら「かまいたち」に遭うぞ~。




かまいたちを知らない人にはひでが解説しよう。




鎌鼬と書いて「かまいたち」と読みます。




かまいたちは両手に鎌のような爪を持ったイタチの妖怪の絵に描かれます。つむじ風に乗って、鎌のような両手の爪で人に切り付けますが、痛みもなく、ぱっくりと切れて血も出ません。




この人を切る魔風は、特に雪国地方にこの言い伝えが多く、ひでの生まれた所ではつむじそのものを「かまいたち」と呼びます。身を切るような寒風の吹く折などに、よく傷を受けますが、目には見えません。




ひでも傷を受けたことがあるかどうかは定かでありません。(忘れた。笑)




かまいたちでも帰ってこなければ極めつけがあります。




お~い。もうか」来るぞう。




もうかを知らない人にはひでが解説しよう。と偉そに言いましたが、ひでもこの間偶然知ったんです。ネットで(笑)




もうかとは蒙古のことだったんです。




死んだばあちゃんに聞いた時には「恐ろしい化け物」だと言っていたような気がします。要するにばあちゃんはもうかが何ものか知らなかったんです。




蒙古とはご存じ元のことです。元が攻めてきた文永の役と弘安の役を合わせて元寇と言います。




中国と朝鮮の連合軍が日本をめがけて攻めてきました。




博多湾から上陸した元軍は、早良郡 を占領し陣を布きました。




日本軍は総大将・少弐景資のもと、博多の息の浜に集結して、そこで元軍を迎撃しようと待ち受けていました 




日本側は相変わらず「やあやあ遠らん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ」でおなじみの個人戦ですが、元軍は集団戦法で攻めてきます。




てつはうを日本人が始めて見たのもこの時です。ここから、爆発して大きな音が出る武器を鉄砲と言うようになりました。と思います。笑




このときの鎌倉幕府の責任者は得宗の北條時宗。日蓮も世の中の乱れを憂いて立正安国論を唱えたのもこの頃じゃなかった?




この時は九州の御家人が頑張りました。一番は竹崎季長でしょう。てつはうに馬が驚いている絵は教科書で見ました。




続いて菊池勢です。熊本の菊池神社の神官を祖とする菊池氏は元寇の時も活躍しましたが、一番活躍するのは南北朝の時。後醍後天皇方の南朝の忠臣として楠正成、新田義貞と並び称されています。




以前九州へ行った時、菊池神社に詣で、遺徳をしのびました。





奥様はこんなことには興味が無いんで、まあ、偲んでいるようには見えませんが(笑)




この文永の役・弘安の役において日本へ派遣された艦隊 は、元寇以前では世界史上最大規模だといわれています。




この時は2度も神風が吹き、日本は偶然にも中国に占領されませんでした。占領されていれば日本自治区となっていたでしょう。



この事に対し、中国・朝鮮から一切謝罪の言葉はありません。あははは




しかしその神風が災いして、第2次世界大戦の時、あほな上層部のために神風特別攻撃隊が組織され、多くの若い人命を無駄にしました。




大本営は本当に神風が吹いて日本が勝つと思っていたのでしょうか。子供じゃあるまいし。あほちゃいまんねん。パーでんねん。




その元寇の話が日本海を北上し、恐ろしい蒙古来ると伝わったんじゃないでしょうか?




でも、当時は蒙古がどんなものか見ることは出来ません。遠い九州の話ですから。




蒙古は恐ろしいもの。得体の知れないもの。物の怪と同様に暗いときに襲ってくるとみんな思っていたんじゃないでしょうか。




もうかが蒙古だと分かったのは青森の方のブログからでした。




この言葉は九州の北部から山陰、北陸、東北まで分布しているようです。




だれです?そんな誰も分からん言葉使ってたら「もうか」来るぞって言うのは。あははは





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