うさ姫のらぶらぶ♪ワールド
  • 13Dec
    • 「葛藤しちゃダメ!」と悩んでいる方へ

      こんにちはあなたの心を軽くするベビーメッセージ・シンガーうさ姫です今回は私が生まれた日からのメッセージを届けようと思います葛藤することがあなたらしさ。あなたの役割。世の中には葛藤のあまりない人生を送る人もいます。葛藤の少ない人は、葛藤が役割の相手にそうとは知らずにこう言います。「さっさとやればいいのに」「優柔不断ね」・・・・・・・・・その言葉を気にする必要は全くありません。大いに葛藤しましょう安心してください葛藤している中で、自分の人生が進んでいきます。葛藤している時こそ、あなたが一番輝いて魂のままを生きている時です私はそんなあなたが大好きです葛藤しながら産んだ愛する我が子読んでくださって、ありがとうございます

  • 08Dec
    • ときめき♡恋愛出産

      こんにちはベビーメッセージ・シンガーうさ姫です今回は私の幸せな出産体験記をお届けします「出産」のイメージは、そのイメージを持つ人の人生観や世界観に大きな影響を与えていると感じています。私の母は「自分の母親もいてくれなかったし、お父さん(私の父)も別のところにいて何の役にも立たなかった」「黙って我慢してアンタを産んだ」とキレていました。ここで考えてほしいことがあります。・自分の母親が言ったことをそのまま鵜呑みにする・どうしたら自分にとって気持ちよい出産になるのか考えたり調べたり、具体的な行動をとるどちらでも選ぶことができます母親がどんな出産をしていようが出産という経験は同じであっても自分の出産を通じて幸せを感じる体験ができると思います。私は自分の人生に恋をするような出産がしたいというビジョンを描き、そのためにはどうすればいいかを考え具体的な行動を続けてその夢を叶えましたお医者さんが「よく歩くと陣痛が来やすいよ」と言ってくれていたので最後まであきらめず、その日もいっぱい歩きました。往復で2時間弱ほど歩いたと思います。その日の夜、陣痛が来なければ次の日は帝王切開の日取りを決めることになっていました。その夜、だんだんお腹がいつもと違う感じで痛くなってきたので横になっていました。ひこちゃんが帰ってきて、作ってくれた夕飯を一緒に食べました。食後、痛みに耐えきれず、また横になりました。「ひこちゃん、お腹が痛いよう」「シャワー浴びておいたほうがいいよ。陣痛かもよ」「陣痛じゃなかったらどうしよう」と思ったけど病院に行く支度をしました。そして、病院に連絡した途端、その場に倒れこみました。ひこちゃんに支えてもらいながら車へ。夜中12時、病院に着いて、お医者さんに診てもらった後ひこちゃんと病室で過ごしました。「体力必要だから、眠っておいたほうがいいよ」とお医者さんから言われていたけど、激痛で眠るどころではありませんでした。呼吸法を続けるのがやっとでした。ベッドでさらに呼吸法を続けていると、痛みが強くなってきました。「ひこちゃん、腰押して」ひこちゃんはいつものように腰を押してくれました。妊娠中、お腹が痛い時によく押してもらっていたのでふたりの呼吸もピッタリそんな調子で数時間過ごしていると、明らかに痛みに変化があったので「看護師さん呼んで」とひこちゃんに叫んでいました。看護師さんが来て、車椅子で陣痛室へ運ばれました。呼吸法を続けていると、おしっこをしたくなりましたが陣痛の間隔が短すぎてトイレには行けませんでした。看護師さんがおしっこの世話をしようとしたら頭が出ていることが分かり、そのまま陣痛室で産むことになりました。「石川さん、その調子!」「そうそう、上手ですね~」私自身、息を細く長~く吐く腹式呼吸を褒められながらその場にいる人たちがひとつのチームとなってみんなで陣痛の波を進めていきました。ひこちゃんは陣痛室で、優しく頭をなでたり、両手で包み込んでくれました。分娩時間は6時間45分だったけどそのうち、6時間近くはひこちゃんと病室にいました。そのおかげもあって、とてもリラックスして産むことができました我が子の姿を見た瞬間「司ちゃん」と叫んでいました私は陣痛室で私の出産を支えてくれたすべての人ひこちゃん、看護師さん、助産師さん達、お医者さんへの感謝の気持ちでとても満たされる体験を出産を通じて、することができて本当に幸せです。人生初の親子写真最後に私の人生観、世界観にとても良い影響を与えてくれたオーガズム出産の動画をシェアします私の魂を思い出させてくれた素晴らしい動画です微笑みを浮かべながら生まれてくる赤ちゃんに衝撃を受け、そして深く癒されました

  • 27Nov
    • 子供に「感謝」を求める親について

      自分を「エンパス」であると認めるようになってから「エンパス」の人に出会うことが多くなってきましたでも、共感能力を活かすことがないまま「エンパス」だと気づかずに死んでいく人のほうが圧倒的に多いそうです。また、エンパスの女性が産む子はエンパスである確率が高いといいます。そして、自分自身がエンパスだと気づかずに子供に「感謝」を求める親は多いようです。ところで、エンパスの人はなぜ生まれてくるのでしょうエンパスの人はエンパスとして生まれているにも関わらず自分がエンパス体質であると気づいてない人に気づきを与えるために生まれてくるのだそうです。そう考えると、母と子がお互いエンパスというのも納得できるかもしれません。私は「感謝」はするものではないと思っています。なぜなら、「感謝」は行為ではないからです。つまり、「感謝」とは自分の内側から沸き起こってくるエネルギーなのです。エネルギーなので相手に触れたとき自然と伝わるのです。「感謝」を子供に求めるような親は自分を生きることができません。他人軸で生きているも同然です。自分を生きることができていないとき、人は不安になります。大切なことなので、もう一度言います。「感謝」とは相手に求めるものではありません。ましてや、子どもが親に「感謝」を求めることなどありません。そのように見えるなら、それは投影です。「感謝」を相手に押し付けている人はたくさんいると思います。でも、本当の「感謝とは相手に対して自然と湧き上がってくる感情です。例えば、私がひこちゃんや息子に感じるようにね私にとって「感謝」とは自分が一体何者なのか分かっていて安心している感覚なのですエンパスの人はエンパスの子を地球で活躍できるようエンパスの力を健全に育む使命があると私は感じています

  • 21Nov
    • 森野御土比古さんの「星と心がつながる講座」を受講しています☆彡

      産後、一年ほどたち、少し落ち着いてきたので前から気になっていた森野御土比古さんの「星と心がつながる講座」を受講しています森野さんは心と魂の専門家です。エンパスでもあります。私もエンパスということでご縁をいただきましたシンプルでかんたんな星読みを たくさんの人に身につけてほしいというボランタリーな想いで運営されている無料の講座です!!次期募集が先行で始まるとのことで、シェアします自分の魂が喜ぶことをして調和し、相手から感謝されて生きることの可能性を見出すことができる素晴らしい講座だと思います。森野さんの声を聴いていると、とても落ち着きます。宇宙の大きな流れの中で生かされて生きていくヒントをたくさん受け取ることができました私の場合、好きなことをしてお金を稼ぐことにとても強い恐れがあったのですが、その謎も解けお金を稼ぐことに対して健全な感覚を持てるようになってきましたこの講座のおかげですとても感謝していますご縁をつないでくれた我が子ボランティア講座「星と心がつながる講座」はこんな人にオススメですよぉ~・星が好き・私は普通とすこし違う・今の企業や社会に違和感がある・感覚や直感を大切にしたい・よく妄想する・地に足がついた生き方をしたい私は全部、当てはまっていました♪ぴったりの講座でした。皆さんはどうですか?すごくオススメなのでぜひ、登録してみてくださいねここからページを見れますhttps://cocotama-life.com/helio_mailmag.html

  • 13Oct
    • 「性」のことを何も知らされずに育った女性はどうなるか?

      「性」とは命の在り方そのものです。だから、「性」のことを何も知らないと自分を確立することができません。自分の命に責任を持つことができないので女性の場合、産んだ命にも責任が持てないということが起こります。私の母は「セックスすると子供ができることがある」という事実を知らなかったそうです。さらに言うと「セックスそのものを知らないで結婚した」とのことでしたセックスのことを知らないと「自分のことは自分で守る」という発想が育ちません。母にとって「結婚」とは「ご飯作って、だんなさんの帰りを待っていればいいもの」「親に言われた通り結婚しただけ」これが母の言い分でした。そんな結婚生活しか描くことができないのは「男女間のコミュニケーションは親と子のコミュニケーションとは違う」ということを理解できていないのだと思います。私は男と女の性質は正反対だと体感しています。男は、女がしてほしいこと、してほしくないことを伝えない限り、分かりません。母は父に自分の気持ちを察してほしいと求めた結果私という娘を妊娠しました。自分の気持ちを相手に言葉にして伝えることを知らなかったため妊娠したことを受け入れることができませんでした。ある日、中学校で「命」をテーマに宿題が出ました。お母さんに、私自身が生まれたときのことを聞いてくるという内容でした。そして、そのことを尋ねた中学生の私に母はこう言いました。「あんなこと(セックス)した自分が許せない」「わたしは、まだ(セックスするのは)早いと思った」「なんであんなこと(セックス)したかわからない」「アンタを産んだことを後悔している」「だって、断れなかったんだもん」挙句の果てには「なんでアンタいるんだよ!」と娘にブチ切れる始末。私をキッと睨みつけて、母子手帳を投げつけました。それは、私の右腕に当たりました新婚旅行の写真も束で投げつけてきました。母は新婚旅行中に妊娠したのです。「(セックスが)痛いのに我慢した」と言われたので「お母さんに痛い思いをさせてしまった」という罪悪感が物凄かったです。セックス=痛いのを我慢することと刷り込まれたため『セックスさえしなければ、痛いのを我慢せずに済む』そんな発想を持つようになりました。この発想はセックス=自分も相手も気持ちいいものとは、ほど遠いものでした。だから、私は「性」のことを安心感を持った大人が子どもたちに伝えていくことが大事だと思います。自分の子にも、人の子にも誇りを持って語れる大人で在りたいですその志で受けた性育検定3級石川エナ先生から合格証明書を受け取りましたhttps://kentei3.jsta.biz/石川エナ先生のブログhttps://ameblo.jp/enasugi/entry-12366782073.html感謝しか湧かない愛する旦那さんと息子2級もありますhttps://kentei2.jsta.biz/

  • 07Sep
    • ”旦那さんを、息子をダメにしてしまう。で、やっかいなのは、本人が気がついて無い事。”

      今回は、私が愛読している一般社団法人日本性育アカデミー協会代表理事の田中みっちさんの公式ブログのリブログです【一般社団法人日本性育アカデミー協会(SEA)公式サイト】https://seiiku.biz/大好きなみっちさんは私と同じ数秘11のメッセンジャー私はこれを読んでいてあることに気が付きました。ブログの中で、みっちさんが息子さんや元のだんなさんに無意識でしていたことって父が無意識にしていることに近いなと感じたのです私の父は1~2歳の時に自分の母から置き去りにされたという体験を持っています。両親の結婚当初、父は置き去りにされたことに対してかなりの無価値観や罪悪感を持っていたと思われます。自分の身の上に起きた出来事をを感じないようにするために私の母を「できない人」扱いしていたのかもしれないということに気が付きました。母もまた、同居の母(私の祖母)から育児放棄され母の父の姉に溺愛して育てられたためそれに乗っかるような人でパートナーに理想の父親像を求めて「できない人」の立場に浸っていたのかもしれません。母は夫に何でもやってもらえるし自分で考えなくていいから自分の幸せに責任を持たない子供のままでいられる何かあっても適当に夫のせいにしていれば無価値観や罪悪感を感じずに済む。そんな両親の関係性が見えてきました娘にとっては、家を散らかり放題、腐った食べ物だらけのゴミ屋敷にして虐待を繰り返す、ろくでなしの母と俺がいないと何もできないと、せっせと片付ける「よくできた」父。幼稚な女性の母は、娘の私が生まれると今度は私に対して自分の母にしてもらいたかったことを次々と求め、その要求は年々エスカレートしていきました。だから、いつしか親子関係が逆転していました。その一方で、母は娘の私を「できない人」扱いしました。母は不可解な言動が多いのですが、その謎も解けました長女の私が生まれたとき、パートナーである父を私に『とられる 』と思ったそうですとても嫉妬されましたが自分のパートナー=自分の父親なので・・・娘は母のパートナーである父の愛を奪い合うライバルという前提だったのかもしれません今こうして気が付けたのも我が子のおかげ私はここを越えているから越えたと思えたからやっと子どもを産んでいいって自分を許せましたそうして産んだ子にはライバル心なんて一切わかないしライバル心を感じる必要がないので心穏やか息子を見るたびに、存在を感じるたびに感謝の気持ちでいっぱいになってとても満たされていますおかげさまで、母の態度に関係なく「生まれてきてよかった」と思えるようになりました

  • 01Aug
    • 「エンパス」という存在をご存知ですか?

      みなさんの周りにこんな人はいませんか?敏感体質で繊細、神経質傷つきやすく、精神が物凄く不安定ですぐキレる嘘が嫌いでごまかしが効かない人混みが苦手原因も分からず疲れたり、体のどこかが痛くなったりするエンパスの人とそうではない人との違いについてこちらの動画で専門家のe-Heart代表理事 森野御土日古さんが分かりやすくお話ししています。私自身、身体エンパスです。身体エンパスというのは相手の体の痛みをそのまま、自分の体で痛みとして感じる共感能力のことです。身体エンパスの能力を持って生まれたことは母との体験を通じて知りました。私はレイプ体験をしていませんが母から離れられなくなっていた30年間何度も自分の膣が激しく傷つきました。私の膣は委縮して固くなり、ガチガチになっていきました。たったの一度も男性経験をしていないにもかかわらずです。この身体感覚のままでは自分の人生を生きることができませんでした。なぜなら、強迫観念的にセックスしたら相手の男性から殺される!と思い込んでいたからです。この身体感覚は母から受けていたものでした。母は自分のパートナー(私の父)との男女間のコミュニケーションが断絶していたため、私が幼いころから虐待を繰り返し母自らを傷つけていたのでした。「アンタはレイプ同然のセックスから生まれたんだ」中学生の時、毎日毎日、同じ言葉を繰り返す母。身動きが取れなくなるくらい苦しかったです。生きていることに対して罪悪感でいっぱいになりました。どうやって死のうかそんなことばかり、考えていました。このような体験から学んだことはたいへん多く男女間のコミュニケーションに詳しいため今の幸せな結婚生活に生かされています。でも、自分のことをエンパスであると認められなければ今も母の人生を生き続け、自分を傷つけ続けていたと思います。どうか、必要な方に届きますように

  • 31Jul
    • 「やめて!」という言葉が生きる時

      何かをされて本気でイヤだということを伝える時ただ、「やめて!」というだけでは伝わらないことがあります。それはどうしてでしょうか?「やめて!」と相手に言っても余計に面白がって何かをされたことはありませんか?この「やめて!」という言葉が効力を発揮するのは自分の存在を肯定できている時だけです。だから、自分のことを相手に分かってほしいと無意識に求めていたら無理です。自分の存在の肯定=相手の存在の肯定つまり、相手の行動は認めた上で初めて「やめて!」という言葉が意味を成すのです。「やめる」ということは、それまで何か行動していたという前提があります。その前提を認める態度が伝われば、相手に自分の存在を認めてもらう必要はなくなりますよね私自身、つい最近までイヤなことをされても恐怖が先だって「嫌だからやめてほしい」と伝えることができないだんなさんの親戚がいました。そんな私に勇気を与えてくれたのが初めて産んだ我が息子そして、愛するだんなさんもちろん、その人に怖さを感じて両手がブルブルしびれましたが見事、伝わってその人はやめてくれましたそれはそれは嬉しかったです今では感謝しかありません

  • 03Jul
    • 赤ちゃんが「言うことを聞かない」って本当?

      赤ちゃんは言うことを聞きます。全身がお耳のわが息子そもそも、赤ちゃんに何か伝える時どうしていますか?しっかり目を見つめていますか?目と目を合わせて心を通わせようとしていますか?伝える人の表情が赤ちゃんの瞳に映るくらい赤ちゃんの目を見ていますか?赤ちゃんに安心感が伝わればコミュニケーションをとることは簡単です例えば、おむつを替える間、じっとしていてほしい時「待っててね」と伝えたかったらまず、赤ちゃんの目を見て目を合わせる見つめながら、肩やおなかなど、体に触れる心が通い合うのを感じる十分感じ合ったうえでそれから「待っててね」と言う。そのくらい時間をかけることで確実に伝わります伝わると感動しますよこれは実際、我が子にやってみて実感したことです普段から「かわいい」「待っててくれて、ありがとう」と私自身の安心感を基にした感謝を伝えているからこそ、だと思います

  • 24Jun
    • 愛する息子へ「成熟した女性として生きられるよう助けてくれてありがとう♡」④

      幼いころの体験から「楽しんでいると邪魔される!怖い目に合う」と思い込んだのだと思います。その後、わたしの思い込みが人間関係を大きく支配しました。会話を楽しもうにも怖さが先立って、しどろもどろになっていましたあの時に感じた恐怖心を持ったままの小さな女の子のわたしに今の大人の私は何と言って安心させてあげられるでしょうか母と私。対等な女性同士です。それならば、母の態度に関係なく「楽しんでいるんだから邪魔しないでね~」ってお母さんにハッキリ言っていいんだよ。え!?あああああああ~そうなんだ!愛する息子を産んだおかげで、やっと小さな女の子のわたしを救うことができましたひこちゃん、愛という名の種を与えてくれてありがとう私はしっかり受け取ったよ                        撮影:音色スズメさん        フォトセラピスト音色スズメさんのブログhttps://ameblo.jp/otoirosuzume/entry-12383699186.html最後まで読んでくださって、ありがとうございました産後うつを乗り越えて・・・コンサートの様子

  • 22Jun
    • 愛する息子へ「成熟した女性として生きられるよう助けてくれてありがとう♡」③

      あの事件以来、母はわたしを見張るようになりました。食事の時はいつも、わたしが食べ物を味わえなくなるくらい食べ始めから食べ終わりまで睨みつけて、細かいことを言いました。例えば、こんな感じです。前歯だけで噛むな!くちゃくちゃ音をさせるな!背筋を曲げるな!肘をつくな!よそ見をするな! などなど・・・少し成長するとますますエスカレートしていきました。よく食事中に膝をつねられました。小学生くらいになると「するな!」と言っていることはすべて母もやっていることに気づきました。自分ができないからわたしに言っているんだと思いました。母はよく食事中に突然キレたり、ヤケをおこしていました。鼻クソをほじってまるめ、わたしに向けて飛ばしてくることもよくありました「やめて!」と言っても余計に面白がってやってきました今思えば、わたしがおいしそうに食べているのが妬ましくて邪魔しようとしていたのでしょう。どこまでも果てしなく「アンタはいいご身分だね」と娘を羨ましがる母でした④へ続く・・・                                                食事は楽しく、おいしく食べたいね

  • 30May
    • 愛する息子へ「成熟した女性として生きられるよう助けてくれてありがとう♡」②

      人の体は自分でどこを触っても気持ちよく感じるように出来ています。それは小さな女の子も同じですわたしも4才くらいの時、お股を触るのが気持ちよくてよく触っていました。それを偶然、母に目撃されたことがありました。母は物凄い剣幕で「アンタ!何やってるの!」怒鳴り声で怖くなってビクッとなったわたしの体中を母はバシバシ!叩きのめしましたバチバチバチバチ右腕をつかんでひねり上げ、腕、背中、頭、両足、両膝両肩、両ほほを張り倒し、胸ぐらや首もつかまれました「二度とそんなことしてみろ!ただでは済まないからな!いいか!」捨て台詞を残し、母は去っていきました。それからというもの、母はますますわたしに辛く当たるようになりました③へ続く・・・安心感の中、自由に動き回る愛する息子

  • 22May
    • 愛する息子へ「成熟した女性として生きられるよう助けてくれてありがとう♡」①

      「ママ今から助けに行くから待っててね」ウトウト眠りにつくときにそんなメッセージを受け取りました。それから、まもなく妊娠、出産出産のときの感動とは裏腹に産後、どんどん体が痛み出し辛くなっていきました息子が助けに来てくれていると分かっていたので愛する息子「この痛みは心の痛み。いつか必ず癒される日が来る」そう信じていましたそして、その日はじわじわとやって来ました。恐れと怒りを怖い夢と怒り狂う夢でたくさん解放しましたその結果、母との関係性でできた自分の人生を生き辛くしている思い込みが分かったのです②へ続く・・・

  • 26Mar
    • 我が子に感謝!「母乳しかない世界」からの卒業

      今だから言えますが、わたしは産後の入院中看護師さんたちから母乳指導のため胸に触られるのがとてつもなく怖く感じていました乳首に圧をかけられて痛みに耐えられませんでした。何かトラウマを思い出させるようなそんな恐怖がありました。腑に落ちないものを感じながら退院した当日ものすごく胸が張って痛くなりました。赤ちゃん(司ちゃん)のことはかわいいと思うけど胸を出すのがつらくて一晩中、声をあげて泣いていました実家にいたので母に痛みを訴えましたが「母乳が出ない人のことはわからん。ペチャパイだから出ねえんか。」と言われ余計につらくなり、腹が立ちました実家がつらいと感じるのなら、ひこちゃんのところ(自宅)に帰ろうと決心しました。自宅に帰ったらとても安心しました大好きなひこちゃんがいるところだからです。無理と感じるなら、母乳はしばらくお休みしよう。ミルクだけにしよう。悩みながらもそう決めました。決めたあとも、不安で揺らぐ自分がいました。胸が痛くて痛くて、乳頭に血がにじんでいるところを見て悲しくなりました。痛いのに「母乳をあげないと死んでしまう」そう思って無理矢理あげようとしたけど、さらにヒリヒリと痛くなって傷もできたので「もう、自分に痛みを押し付けて我慢させるのはやめよう。」とミルクで育てる決意をしました。それから3カ月が過ぎ、いつものようにミルクをあげていると「やっぱり、母乳をあげたかったな」と罪悪感が出てきました。そして、それと同時にある記憶が蘇ったのです。これから書くことは家族、友達はもちろん何でも言えるひこちゃんにさえ話せなかったことです。わたしは小学校5、6年生のころ、クラスの女子グループから性的いじめを受けていました。女の子たちに取り囲まれ、胸を触わられて「たいしたことねえな」と、からかわれていました。胸をグイとつかまれたり、黒板に自分の胸の絵を描かれたこともありました。あまりにも怖くて「気持ち悪いから触らないで! 嫌だからやめて!」と言えませんでした当時は、自分の心も体も自分で守ってあげることができなかったのです。その時に自分の子宮に溜め込んだ我慢が出産とともに出てきてくれたのだと気がついたとき声が出るままに大声で泣きましたその様子を司ちゃんは、あるがままに見ていてくれました自分の力だけではどうにもならなかったトラウマが、産んだことで癒されました我が子には感謝しかありません。産んで本当に良かったと思っています女性は自分の体と心を愛するために子どもを産むんだと思えたらますます自分の人生が愛おしくなりました3か月ごろの我が子、司ちゃん

  • 24Aug
    • 臨月に再び繋がった♡夫婦

      38週の健診に行った満月の日の夜わたしの頭の中は不安で渦巻いていましたその日、お医者さんに言われたことが頭を離れなかったのです。「頭が平均より大きくて9.7センチあるから、早く産んだほうがいいよ。」「産道が20歳の人とは違って年齢的に硬いから早く産まないとお産が大変だよ。」「41週まで待つけど、それまでに陣痛などがなければ帝王切開にするよ。」内診で膣に残った痛みを感じて眠れない中、わたしはある衝動を覚えました「ひこちゃんと出産前に繋がりたい」妊娠が分かってからは、キスやハグはしているもののふたりで繋がることはなかったので、繋がりを感じたいと思いました今まではお腹をかばってそういうことに積極的になれないと夫婦ともに思っていたけど臨月の今となっては、わざわざ内診で痛くしてまでお腹を張らせている状況なので大丈夫なのではないかとわたしは考えたのです。次の日の朝、早速ひこちゃんに伝えました。「ひこちゃんと出産前にもう一度繋がりたいの」ひこちゃんは「時間を作るよ。」と言ってくれましたその日の夜、彼は一緒にお風呂に入って髪の毛を洗ってくれました。いつもは前かがみの体勢がお腹を圧迫して辛いけど彼が後ろに立って洗ってくれたので彼の両足に寄りかかるとお腹が楽で嬉しかったです正直、7ヵ月ぶりということもありわたしの体はなかなか潤わなかったので、オーガニックオイルでマッサージしてもらいました。溶けそうになるくらい気持ちよかったですそのあと、ふたりで一緒にふぅ~っと息を吐きながらゆっくり入ってもらいました。「気持ちいい?」とひこちゃんに聞くと「気持ちいいよ」と言ってくれて、きゅんとしましたそして何より嬉しかったのは、翌日の夜「確かに繋がっているのを感じたよ」と言ってくれたことでしたわたしもお腹の赤ちゃん(司ちゃん)とひこちゃん、3人で繋がっているのを感じて至福の時を過ごすことができました

  • 29Jul
    • 自分の子供に感謝する真意とは

      わたしには、わたしの父を生んだ女性=おばあちゃんがいます。おそらく、90歳を超えると思います。わたしは子供の頃から、そのおばあちゃんを好きにはなれませんでした。それは、お父さんがまだ赤ちゃんの頃、お父さんを置いて出て行ったからです。子どもながらに話を聞いていたので、そのことをずっと無責任だと感じていたのでした。ひこちゃんと結婚して間もないころ、そんな恨みに終止符を打ちたくておばあちゃんに会いに行きました。複雑な思いはあったものの、およそ20年ぶりに会えた時は嬉しかったです。でも、話をしているうちに訳も分からずそれまで感じたことがないくらいの激しい憤りを覚えました。そして7年経ち、わたしはおばあちゃんと同じく男の子を授かりました。わたしは今、子宮で新しい命を命がけで育てています。正直、お腹が物凄く痛くなることがありますそんな時は一人で我慢しないで、ひこちゃんを呼んで伝えたいことを話すようにしています。お腹が我慢できなくなるくらい痛い時は心の痛みが出てきてくれている時でもあるからです。今回の痛みは自分が抱え続けてきた罪悪感のようでした。ぽつり、ぽつりと話しているうちにおばあちゃんに会った時の記憶がよみがえりました。あの時に、怒り、悲しみ、寂しさを感じた理由が分かったのです。あの怒りはわたしにとって、まぎれもなく愛そのものでした。「おばあちゃんのことで思い出したことがあるよ。」とわたし。「その前にひこちゃん、ひこちゃんはわたしと出会う前、自分の息子と生き別れしたことがあるよね。わたしはそのことがあったからといってひこちゃんを無責任だとは思っていないよ。どうしてか分かる?」ひこちゃんは「分からないなあ、どうして?」と答えました。わたしは「ひこちゃんから別れた息子に感謝している心が感じられるからだよ。ひこちゃんからは愛と感謝しか感じないからだよ。」そう言った後、わたしはうぇえーんと泣き出していました。泣きじゃくりながら、話し続けました。「わたし、おばあちゃんに会いに行って話をしてすっごく腹が立ったのその時は何でか分からなかったけど、今はっきり分かったよ。おばあちゃんの口から『自分の息子(わたしの父)と別れて学べたことが沢山あるから、あの子に感謝してるよ。そのおかげで幸せになれたんだよ』って言葉を聞きたかったんだ」と話しました。「あの時はああするしかなかった」だの「今でもよく分からない」だの「あの子には悪いことをした」だの全部ごまかしてるじゃん自分の幸せさえ曇らせてるじゃん大っ嫌い!一気にしゃべった後、気持ちがとてもすっきりしました。わたしは自分の子供と別れること自体が無責任だとは感じません。幸せになる覚悟をして別れることができたなら相手には感謝しかないはずなのに、それさえごまかすから無責任だと感じるのだと思います。別れた子供に感謝できるくらい自分の人生に責任を持てたら葛藤がなくなり、自分を責め続ける必要も、相手を責め続ける必要もなくなって心が穏やかになると確信しています愛と感謝しか感じない人ひこちゃんと一緒にいると心も体も健やかに穏やかになるよぉ

  • 22Nov
    • 二人の妹とわたし

      最近よく、妹とのことを思い出していますきっかけは、「フェアリーランドマリアージュ2016」に行ったことです「結婚式」ということを意識したときに二人の妹との関係を見直したくなる想いが溢れ出してきましたわたしは妹二人と手をつなぐことも、一緒におふろに入ることも同じ布団で寝ることもないまま少女時代を過ごしました。同じ屋根の下に住んでいながらそのようなスキンシップはあまり、ありませんでした手をつなぎたいなら「手をつなごう」一緒にお風呂に入りたいなら「一緒にお風呂に入ろう」一緒に寝たいなら「一緒に寝よう」そう言えばいいだけなのに、当時のわたしは二人の妹にこれらの言葉を言えなかったのです。妹たちに、断られることが怖かったのだと思います。断られることは、嫌われることという思い込みがあったのでしょう。これに気がついた今、離れて住んでいる二人の妹も断られることが、怖かったのだと分かったのでした「フェアリーランドマリアージュ2016」に出店されていた「Amber Snow」さんhttp://ameblo.jp/ambersnowで一目惚れして買ったヘアアクセサリークリップとピンがついていて、コサージュとして身につけることもできます真ん中の妹が結婚するときには、これをつけて出席しようと思います

  • 19Nov
    • 末の妹の結婚式に行かなかった本当の理由

      原宿で行われたフェアリーランドマリアージュ2016に行ってきました主催のHiroko Tokumineさんのブログですhttp://ameblo.jp/hirokotokumine/ファッションショーあり、なみっきーさんのメイクショーありフラワーデザイナー璃月 愛さんヘアアクセサリー「Amber Snow」さん親子ロリータファッションブランド「Suger which stops a time」さんなどの出店ありの楽しいイベントでしたこの日、日本ロリータウェディング協会が設立されましたウェディングという言葉で、末の妹の結婚式のことを思い出しました。わたしは末の妹の結婚式には行きませんでした。招待状を受け取った6年前、わけも分からずに込み上げてくる怒りを必死で抑えているような状態だったのです。それから6年間、わたしは幼いころの自分の心と向き合ってきました。わたしには妹が二人います。歳はそれぞれ4歳と6歳、離れています。真ん中の妹が生まれたとき、お母さんをとられると思って嫉妬しました。「とられる」と思うということは、妹が生まれるまでの4年間自分を押し殺して生きていたと言えると思います。今でこそ、成長してそう感じることができますが当時4歳の自分に、そこまでの心のゆとりはありませんでした。わたしが6歳のときに末の妹が生まれました。当時6歳の幼いわたしは、真ん中の妹に末の妹を「とられる」と思い込んでしまいました。いつも「わたしのすみちゃんをとらないで」と不安におびえていました。そして、その不安はその通りになり二人の妹とわたしの間には大きな溝ができました。わたしからの印象では、真ん中の妹はいつも怒っているように見えていました。末の妹もそのように見えていましたいつしか、わたしはあんなに怒っているのはわたしのことが嫌いだからだと思うようになりました。わたしのことが嫌いなら、わたしとは関わりたくないだろうと思い込んで避けるような、逃げるような態度になっていたと思います。あまり、妹に親しみを感じることがないまま、わたしは大きくなったのでした。きっと、妹二人が仲良さそうだったのが、羨ましかったのでしょう。心の深い所で、寂しさを抱えていたのだと思います。今までは、仲良しな幼い姉妹や、女性同士を見るだけで胸の辺りが苦しくなっていましたが、もうその「寂しさ」を分かってあげられるのでこの体験は手放せると感じています末の妹の結婚式に行きたくなかったのは、結婚そのものを祝福したくなかったわけではなく、親しい仲の妹二人と同席しても「寂しさ」を感じるのが嫌だったのだとやっと分かりました。結婚式に行かないという選択で、自分の心を大切にすることができました。時間はかかったけれど、ようやく自分との仲直りができそうで嬉しいですだから、今でも後悔していないのです当時の選択を最大限に尊重してくれた優しいマイスイートダーリンひこちゃん

  • 03Nov
    • ファーストキスの思い出

      kissってどんなイメージがありますかわたしは幸せそのものと言う感じがしていますわたしのこのイメージはある方との体験が元になっています。短大時代、短期留学でアメリカに行きました寮生活もまもなく終わるころ、プログラムの一環としてアーミッシュの一家のところで2日間ほどホームステイをしました。アーミッシュというのは、西部開拓時代と同じような生活をしている人たちのことです。映画「大草原の小さな家」を想像すると分かりやすいと思います。小さな女の子二人と男の子がいる5人家族でした。別れのとき、ホームステイ先のお母さんがハグして頬にキスしてくれました。若くて綺麗なお母さんでしたお母さんの頬がふわっとしていて、とても温かく感じたのを今でもはっきりと覚えていますとても幸せな体験でした。この時の幸福感と安心感を分かち合いたい気持ちが今の毎日の生活に生かされていますひこちゃんとハグ&キスの日々、最高にハッピーです先月のお誕生日で、ひこちゃんからプレゼントもらったよ

  • 26Oct
    • 天と地がひっくり返る!?男女の違い(愛撫編)

      どうやら、女性と男性とでは、気持ち良さを感じる概念そのものが正反対のようです。女性は「離れる」がキーワード。一方、男性は「包まれる」がキーワードです。わたし自身が、ひこちゃん(ダーリン)に体を撫でてもらった時に感じたことをシェアします背中を撫でてもらった時の事です。ひこちゃんの手の平の温かさが背中の皮膚に伝われば温かさが伝わって気持ち良いですでも、それ以上に気持ちの良さ=開放感を感じた瞬間がありました。それはどんな時だったと思いますかなんと、手の平が離れる瞬間だったのですこれは女性が自分の顔でも試してみることができます。男性に触れられるというのとは、また感じ方が違いますが感覚は掴めると思います。まず、両手で頬を包み込んで温かさを感じてください。それから、頬に当てている両手を素早くではなく(ここ大事)ゆっくりと離してみてください。その瞬間、ものすごく気持ち良さ=開放感を感じませんか?これを背中を撫でる時に応用すると、背中から伝わる安心感が絶大なものになる可能性大!です。よく、ひこちゃんに「ぺたぺたして~」とおねだりするのですが、男性が女性の背中を撫でる時力が強い分、ゴリゴリしかねないですよね。そうすると、女性も気持ち良くならないと思いますこの問題を一気に解決するのが次に紹介する方法ですまず、女性の背中の一箇所に手の平を当てます。一度、手の平を当てたところから手の平をゆっくりと離しまたゆっくりと手の平を当てます。そして、上から下へと手の平をスライドさせていきます。このスライドは右や左へランダムにしてもいいと思います。そうすると、余計な力が入らずに背中を撫でる事ができるのです。これは本当に気持ち良いので、やってみてください離れる状態をたくさん作って、女性の体を普段から高めているとリラックスしやすくなって女性の人生そのものが楽になりますよ~離れる=気持ち良い目からウロコの体験でした「Ran」さんのよもぎ蒸しでますます感度UP