保田の海(2)

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昭和22年の5才ごろまで、二年間くらい、保田のおばーちゃんの家に厄介になりました。

 

母の姉妹や従妹たちがたくさん集まっていたので毎日にぎやかに過ごしました。

特に同い年の従妹、やす子ちゃんとは仲良しでいつも一緒に遊びました

 

アメリカ人の神父さんに日曜学校で賛美歌を習ったり、協会のお祭りでチョコレートをもらったり、断片的な楽しかった思い出がたくさんあります

 

村のお祭りのときは、芸人さん達が汽車でやってきて、時代劇などの村芝居を観たように記憶しています。

芝居の後、数か月はその話でもちきりです。

私はいくつかセリフを覚えて、大人たちの前で披露したものです。

 

ある夏の夜のことです。

 

夕方から大人たちが何やら慌ただしく出入りして、そのうち町で一軒しかないお医者さんが駆け付けました。

夜遅くまで、大人たちの話し声がしていました。

 

翌朝起きてみると、大人たちがみんな泣いていました

やす子ちゃんが死んでしまったのです。

 

病名は赤痢ということです

今なら抗生物質で助かった命も当時は薬も病院もなかったのです

たった5歳の命でした

 

写真は一枚も残っていませんでした

当時は写真どころではなかったのです

やす子ちゃんのお母さんは、やす子ちゃんに似ているという理由で博多人形をいつも大事にしていました。

 

叔母さんが95才で亡くなったときに、そのお人形を棺の中に入れてあげました

5歳だったやす子ちゃんをあの世で見つけられたかどうか・・・