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still…〜scene24〜
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「なぁ…茜さん?太った?」
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小さいオレンジの電球を見上げながら、隣にいる彼女をぎゅっと抱きしめると、いい感じの抱き心地なんやけど、何か…。
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「はっ?」
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「いや、何か…」
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「実は…ちょっと最近…」
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「やろ?ベット狭なった気が…」
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「そこまでじゃない!!だって、壱馬くんとご飯食べてたら、食べすぎちゃうんだもん」
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「俺のせいにするんや…ふーん」
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「すみません、努力不足です」
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「やろ(笑)」 
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そうは言うたけど、俺は、いっぱい食べて、おいしそうにお酒を飲んで、にこにこ笑ってて。
そんな健康的な彼女が大好きやった。
ちょっと丸い位が、抱き心地もええしなって。
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「壱馬くん?」
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「ん?」
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「来週からだよね?海外…」
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「ん…。それ終わったら…年始まで多分。…ごめんな」
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「ん?何で?忙しいのはいい事じゃん。暇でしょうがない、ヒモみたいな男、いやだし(笑)」
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「俺、働かんかったら捨てられるヤツ?」
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「ん、そっこー捨てる。ゴミ捨て場に投げ捨てる!」
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「こわっ(笑)」
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「(笑)」
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来週は海外でのイベント、それが終わったらライブもあるし、テレビも、後…なんか色々。会いにくる時間もない、電話すらできるか微妙やんって。
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『寂しい』とか言うたりするんかなってちょっと思ったりもしたけど。
素直にそれを言う人ではないのは、なんとなく想定内。
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「じゃあ、次会える時までにさ、食べたいもの何かリクエストちょうだい?練習しとく」
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「んーなんやろな。普通に、かつ丼食べたい」
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「えー、わざわざとんかつあげて、それに卵でしょ? めんどくさい」
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「おい!リクエスト言うたやんか」
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「あっ(笑)んー、わかった。じゃあ練習しとく。かつ丼ね、かつ丼」
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「練習しすぎたら、ここ、もっとヤバなるで」
つまんだおなか。 掌をギッってつねられた。
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「いったっ!」
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「ダイエットもするもん。ガリガリになってやる!あー、でも年末だな。忘年会…」
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「あんの?忘年会」
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「そりゃ、会社員ですから。何回かは」
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「飲みすぎあかんで?耕平さんに言うとかなあかん。見張ってて下さいって」
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「会社の経費なのに、好きに飲ませてくれたったいいじゃん。何?心配してくれるの?他の男の人に声かけられたりとか?(笑)」 
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「ちゃう。その辺で転んで骨折の心配」
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「はっ?もぉ、いい!寝る!壱馬くんも早く寝な!!」
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背中から回してた手を思いっきり振りほどかれて、向けられる背中。
 あー、やりすぎた。
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「ウソやぁって。ごめんて!茜さん?なぁって!」
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強引にまた背中から抱きついて、左右に体を揺らすと「ふふっ(笑)」って背中が揺れてて。
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「おやすみ、壱馬くん」っていつもの声が聞こえる。 
すぐ怒るけど、すぐ元通りにもなる。
こういうとこも好きなとこ。
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ほんま彼女とおると楽しくて。
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『そんなん思いつく?』みたいなんがいっぱいあって。
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『安らぐな』『安心するな』より、『めっちゃオモロイ』そっち。
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「おやすみ茜さん」
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もこもこの羊みたいな彼女を腕に抱きしめて、目を瞑ると、温かい夢が見れる。
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 これも俺の中のジンクス。
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普通に
…いや、めっちゃ幸せやった。
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茜side




『本当は寂しい』
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それが本音。 
会社帰りの大通り。
イルミネーションが本当にキレイで。 
すれ違うカップルが、肩を寄せ合って微笑むその光景。
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「それでもいいって決めたよね」
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私が今大切だと思う人は、選ばれた人で。 
その人と一緒にいる事を望むって事は、失う何かもあって当然。
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視界にイルミネーションのキラキラも、楽しそうなカップルのキラキラも入れたくなくて、 俯き気味にまっすぐに家へと帰る。
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「日本に帰ってくるのいつだったっけ…」
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元々SNSには興味なくて、世の中の流行りものには、敏感じゃないといけない仕事なんだけど、正直苦手で。
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きっと普通に調べれば、今壱馬くんがどんなとこで、どんな風にライブをしてて…それもわかるはず。 
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でも、余計に遠く感じる気がして、スマホに触れる事はしなかった
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「かつ丼…、上手にできるようになったよ。練習しすぎちゃったんだから…」
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そんな大き目な独り言がポロって口から出て、はーって溜息。
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月のない、今日の夜空は…何か足りない。

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「あの…、紺野茜さんですか?」
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...next
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