「あの事故の頃に」 | 消防設備士かく語りき

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川崎の消防設備士、平成め組代表のブログ

 

 

今週の木曜日から本日までの3日間、取引先の現場応援で横浜市内の大規模な倉庫の点検に参加していた

 

管理会社から2名来られ、常時立会う形で作業を進めていく。

ただ図面管理などはそちらでやってくれるので、こちらは基本的に言われたところをひたすら炙って行くだけ。

 

高天井の倉庫なので9割以上が長尺を使用。

定温感知器もかなりの数が設置されており、この3日間だけで150~200個近い定温感知器を長尺で炙った。

 

ただ時間的には割と余裕があり、比較的マイペースで作業が出来たので体力的にもそこまでキツくもなく、無事に3日間作業が出来た。

立会いの方は私より一回り程年上で、作業中は結構会話をしたのだが、聞くとその方、かつてあの「シンドラーエレベータ」で働いていたのだと言う。

 

 

「シンドラーエレベータ」

しかし10代や20代の方の中にはその名を知らない人も多いだろう。

同社はかつて存在したエレベーターやエスカレーターの設置、整備を手掛けていた外資系の会社である。

 

外資系とは言っても元々は日本国内で発足した会社であり、ただ1980年代半ばにスイスに本社のある「シンドラーホールディング」の傘下に入ったことで社名を「シンドラーエレベータ」と改め、以後は外資系企業としてエレベーター・エスカレーター事業を行っていた。

 

とは言え、そもそも日本は世界的に見てもかなりのエレベーター先進国。

日本製のエレベーターは世界的な評価も高く、同社のエレベーターは日本国内では必ずしも「シェアが高い」ものではなかった。

 

がしかし、設置費用などが日本の競合他社に比べ安かったようで、主に入札案件を中心に設置工事などを手掛けていた様である。

そうした中、2006年に都内の公共集合住宅にて同社のエレベーターが誤作動を起こし、男子高校生が挟まれ死亡するという事故が起きた。

 

事故後、会社として直ぐに謝罪などを行っていればまだ良かったのだろうが、しかし外資系企業の多くが「先んじて詫びない」文化である。

事故直後、スイスのシンドラーホールディング本部は「事故はメンテナンス会社の不備、及び乗客の危険行為が原因」などと声明を出したことで日本国内で一気に「シンドラー叩き」が巻き起こった。

 

前述した立会いの方は正にその当時、同社にて働いていたのだと言う。

当時のシンドラーエレベーター叩きは私も鮮明に記憶している。

 

その都内での死亡事故後、次から次へと同社のエレベーターの問題点が取り沙汰され、確か海外でも同社のエレベーターによる事故が問題視されるに至り、中には同社製のエレベーターについて「死のエレベーター」などと表現するメディアもあったほど。

 

その事故の影響により、立会いの方曰く「当時は毎日夜中の2~3時まで仕事をしていた」とのことで、働き方改革が叫ばれて久しい現在では考えられないことである。

ただ当時は「問題を起こした企業は真夜中まで働いてでも問題解決に向けて取り組むのは当然」という風潮は確かにあった。

 

ましてや同社の場合、高校生の死亡事故という超重大問題を起こしたことに加え、当初の本部の対応はそれこそ「悪いのは被害者の方」と言わんばかりの内容であったが故、尚の事世間の批判を浴びた。

 

同社のエレベーターには確かに問題も多かったようで、実際2012年にも金沢市内で同社エレベーターの死亡事故が発生している。

しかし日本製のエレベーターでもトラブルは度々起こるもの。

 

それを思うと同社のエレベーターが日本製の物と比べ「著しく劣っていた」ということもないのだろうが、一方でブレーキの機構など日本製の物とは異なっていたことに加え同社の協力業者以外には整備上の技術的な情報なども与えようとしなかったこともあり、結果的に機械的なトラブルも多くなったと言える。

 

前述の都内での事故も、公共住宅と言うこともあり整備は整備として入札による業者選定を行った為、同社とは関係のない会社が整備を請け負うこととなり、それが事故を招いた一因でもある。

 

当時は社名の入った営業車で街を回っていると生ゴミを突っ込まれたりして泣いて帰って来る営業マンもいたよ」と、立ち合いの方は当時のことを述懐されていた。

 

また同社は当時、エレベーターの点検等に必要な国家資格である「昇降機検査資格者(現昇降機検査員)」について、50名を超える従業員の「実務経験などを偽って受講させた」とのことで、資格取り消しやその者たちが行った点検を無効とする処分なども科されている。

 

だがこれについてその立会いの方は「中途採用の者たちの中には同業他社で勤務していた者も多くいたが、しかしそれらの実務経験の資料を最終的に用意しきれなかった」とのことで、全てが「偽り」というワケではなかったようである。

 

とにかく当時は世間からの非難に加え、人気情報番組の司会者の中には同社従業員やその家族に対してまで「恥ずかしくないのか?」などと発言する者もいた。

 

また同社に仕事を発注した側の自治体も、そして管理する立場の国土交通省も、各々が「自分たちの責任を問われることへの恐れ」から、徒党を組んで「シンドラーエレベーター叩き」をしていた部分もあったようで、当時の同社の従業員の中には心身共に疲弊しきって会社を去った者も多かったようである。

 

「一番怖いのは人間だよ…」

立会いの方は最後にそう言ってその話を締め括った。

 

 

都内での死亡事故後、訴訟などに対応する僅かな人員だけを残して日本でのエレベーター事業から撤退した同社。

事故から10年後の2016年に国内の同業他社に事業を譲渡し、シンドラーエレベータは完全に消滅。

 

事故以降、全国に設置されていた同社のエレベーターは急速に他社製品への変更が進んだことで、2024年現在、恐らく国内で稼働する同社のエレベーターはごく限られた台数に留まるものと思われる。

 

今回、自身でも全く予期せぬ形で聞いた「元シンドラーエレベータ従業員」の方からの事故当時の話。

「自社の起こしたトラブルに対応する」ということの重大性を改めて感じた次第。

たった一つの対応の誤りが全ての従業員を巻き込むことも起こり得る。

 

慎まなければ。

 

 

未経験者大歓迎!!