2016年に、出羽三山での修験道体験(山伏修行)に参加した、ひかりの輪スタッフの感想や体験をご紹介いたします。毎年恒例で、今年2017年は7回目となります。
 

 毎年、羽黒修験の現地の本物の山伏の先達の方と宿坊にお世話になり、本物の山伏体験をさせていただくことのできる、生きた学びの機会です。

 今年2017年も以下の日程で行います。ご関心・ご興味のある方はお気軽にお問い合わせ下さい。

(2017年7月29~30日(土・日)、出羽三山(山形県)にて本格的な体験山伏修行のお知らせ)

 

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◆水野愛子(6回目)

 毎年、修行に入らせていただいている出羽三山ですが、毎回、色々な気づきを与えていただきます。
 

 山の中に入り、山から学ばせていただく修験道の修行は、普段繰り返し行っている「考えたり学んだりする」行為を止めないと作動しない、人の本能的な感覚が研ぎ澄まされるように感じます。
 

 ひかりの輪では、学んだ後に自分で繰り返し思索・瞑想をしますが、それに慣れていると、先達にお聞きして学ぼうとしてしまいます。しかし、自然の声に耳を澄ませ、自分が感じ取ることが大切なのだと思いました。
 

 例年は、一言二言、先達からアドバイスやヒントをいただくのですが、今年は、より一層、人としゃべらず修行に集中するような、無言のご指導をいただたように感じました。
 

 夜間とそう行の時、立ち止まってしばし見上げた満天の星空は何とも言えぬ感慨がありました。普段は夜空を見上げることもないことに気づきました。見ていると流れ星がいくつか見えました。心が素直に喜んでいました。この体験はとても衝撃的でした。
 

 湯殿山では滝行ができなくて残念ではありましたが、足湯場に現れた不思議な蛇が印象的でした。
 

 月山は久しぶりに頂上まで行かせていただきましたが、不思議と無心になっています。瞑想で無心になるのは、慣れないとなかなか大変ですが、この考えない心地よさ、体で感じることの心地よさが心のなにかを満たしていくように思えました。
 

 毎年、私たちのために、スケジュールを調整し、ご指導くださる先達に心から感謝いたします。ありがとうございました。 

 

 

細川美香(6回目)

 今年で6回目、そして、今年は私の父の命日である31日が月山とそうとなり、より心に残る出羽となりました。
 

 2日間通して印象的だったものは、やはり「夜間とそう」でした、真っ暗の中での満天の星、そして蛍の光。都会では味わうことができない状況の中、自分が生かされていること、地球、宇宙が生きていることをより感じることができました。
 

 月山とそうでは、今年はお天候に恵まれ昨年より楽にとそうを終えることができ、感謝です。
 

 人は少しの違いで苦しみ、そして楽を覚えるものなんだと実感しました。
 

 あとは、今回の出羽の研修の日程がたまたまた、父の亡くなった日にあたったため、父に育ててもらったことを感謝したりしながら気持ちの良い時を過ごさせていただきました。
 

 そして、自分は多くの人に支えられ、生かされているんだなと思う反面、油断するとすぐに傲慢になってしまう自分を改めて知った2日間にもなりました。
 

 今年もお世話になりました。来年は今年の研修で気づかされたことを心にとめて、行いたいと思います。来年もまたよろしくお願いお願いいたします。

 

 

◆広末晃敏(6回目)

 

 今回の出羽の修験道修行で最も印象に残ったのは、端的にいえば、「天空との一体感」でした。

 

 2011年以降、月山への登拝を繰り返してきましたが、私が登頂まで登ってきた経験に限っていえば、月山の山頂が晴れていたのは今回が初めてのことでした。数時間かけて登ってきた後の、身体の快い疲労感のもと、眼下に広がる雲海と山容を見渡し、どこまでも広がる天空を仰ぐと、天空と一つになるようでした。

 

 そして、夜間とそう(夜間の歩行瞑想)の際、歩を止めて、真っ暗闇の森の中で、満天の星空をしばし眺めた際には、宇宙に溶け込んでしまいそうでした

 

 自分という存在、一人の人間という存在は、無限の天空に比べれば本当に小さなものだけれども、その天空に思いを馳せ、意識を広げ、一体になることもできるのだから、小さくてもとても大きな存在なのだと感じさせられます。

 

 そんな人間存在の無限性を感じさせてくださった出羽の自然と、星野先生にあらためて感謝申し上げます。

 

 

◆宗形真紀子(7回目)

 

 昨年、怪我をしたため、今回は、可能なところのみ参加させていただく形となりました。

 

 一番印象的だったのは、9合目の社務所で待機していて、皆が月山から下りてきたときに見た、皆の爽快な笑顔でした。皆、生き生きと楽しそうに、嬉しそうに、さわやかな満面の笑顔で降りてこられ、とても嬉しくなりました。今回は天候にも恵まれ、登りやすかったとのことでした。

 

 自分が登れなくても、皆が嬉しそうに登っていることが本当に嬉しかったことに、幸せを感じました。これまで、知らないうちに、おそらく、最初に出羽をご案内した責任感のようなものから、自分がちゃんと先を示さねばというような意味のない力が入っていたことに気付かされました。

 

 無心に修験道の修行に参加してきたつもりでしたが、無心が足りなかったことに気付かせていただいたことが、とてもありがたかったです。

 

 お忙しい先達や宿坊のみなさまに、毎年、このような機会を与えていただき、本当にありがとうございます。

 

 

 

◆大野哲夫(6回目)

 

 昼間の大自然の中での修行もよかったのですが、今回は夜間とそうの中で、五重の塔を参拝した後、暗闇の中で長めの小休止をしたのが特に印象的でした。
 

 満点の星空や、多くの虫の声以外は静寂の中にいると大都市やテクノロジーといったものばかりに価値があるわけではないというか、自分の中でその価値が相対化される感じがしました。
 

 修行期間中、先達には丁寧にご指導いただき、大変ありがとうございました。

 

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◆小林由紀(2回目)

 

 今回は4年ぶり、2度目の参加でした。

 

 羽黒山、湯殿山、月山と、自然の中に身を置いているうちに、だんだんと自然との境界線がなくなり、ぴったりとくっついて同化して行くような、とてもすがすがしく気持ちの良い状態になりました。

 

 一瞬一瞬に感じるものが、出羽の山からの恩恵であり、愛だなあと感じて、普段の緊張や疲れが解きほぐれるようでした。

 

 まずは羽黒山。大先達のほら貝の音とお立ち娘の癒される声ではじまる修行は、山が持っている女性性にとても入りやすかったと思います。これからどんな体験が待っているのだろうというワクワク感とともに、人よりはずいぶん歩くのが遅くて不安だった私も楽しく修行に入って行けました。

 

 湯殿山では、やはり3匹の蛇との出会いが印象的でした。はじめは一匹が、なんとなく笑いながら近づいて来るように見えて面白いなと思っていたのですが、だんだんと2匹め、3匹めと向こうからやって来て、まるで私たちに会いに来てくれたようでした。

 

 先達が「これは宇賀(?)神だよ」とおっしゃって、横にいた地元の方も「神様だ」と言って拝んでいたりして、神様が修行を励ましてくれているような気がしました。どういう関連性か幼少期に神社の祭りで人形劇を観た時の感覚が蘇って来たりしました(ストーリー性を感じました)。

 

 夜の修行では、南蛮いぶしが4年前よりもかなり強烈になっているように思えました。一度咳をすると、反動で息を吸い込んでしまうので、かなり喉に沁みました。

 

 それと、段張りのご飯が少し増えていて、私には普通のちょうど良い量でした。虫歯があったので餓鬼のように急いでご飯を掻き込むのが大変でしたが、いつも飢えている餓鬼は苦しいだろうと感じながら、生活をすべて修行ととらえる機会を持てるのは幸せだと思いました。

 

 月山では八合目までしか行かなかったのですが、少し足をのばして周りを歩いたりしたのも良かったです。たくさんの年配の方が登っておられる姿を見て、私もいつか頂上まで登れるようになりたい、というひとつの目標ができました。

 

 火渡りの時、確かに自分の中の何かが生まれ変わっているのを感じたのは不思議な感覚で、嬉しかったです。

 

 修行の終わりに先達のおっしゃった、「山伏修行というのは、『感じたことを、考える』ということなんだね。」というお言葉が、ほんとうに、長い間山に入って来られた方が感じた、深い深い意味がこもっているんだなあと感じられ、心に残りました。

 

 このような修行に参加できたのは多くの人のおかげです。先達をはじめ、周りのすべての人に感謝したいと思います。ほんとうにありがとうございました。

 

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