「あのぅ…いいのですか?」
寧々は、章也の様子をしばらく眺めてから、章也を見上げるようにして声を掛けた。一応タイミングは見計らっているのだろう。相手の様子もチラチラと見ながら、心配そうに、消え入りそうな声でボソッと。
「……改まって?」
「駄目?」
「いや…どうせ暇だし」
章也はそう言って苦笑いをこぼした。
警察が来るまでにそれなりに時間がかかるのは道路事情からも判断できた。相手と違って仕事の途中でもないし、身体に広がる鈍痛の相手を無言でするよりはいいかと、そんな軽い気持ちでの返事だった。
寧々は、ニッコリとほほ笑みかけると欄干に凭れるようにして立つ章也の前に立ち、大きく息を吸い込むと「自分だけのつもりで周りを泣かせるんだから気を付けてバイクに乗らないと」と半ば怒ったように、まくし立てるようにして言った。
「………」
「何か?」
「変わっているな。アンタ。それとも…ただ好奇心旺盛なのかな?」
章也は、寧々の顔を眺めながら溜息をひとつこぼした。正直、面を喰らっている。
泣き出しそうなその瞳に写っているのは……何処かで悲しんだことがある光とでもいのだろうか。理不尽で、唐突に舞い込んできた招かざる客。そこに込められる慟哭のような叫びは、決して他人にはわからない苦痛だ。目を背け、他人事として知らない顔をすればいいことにも関わらず、その場面に立ち合おうとしている。
「えっ?」
「巻き込まれてもしらないぞ」
「そんなつもりは」
「でも……そうなるぞ、俺のそばにいたら」
「だって」
「気になると、か」
章也は苦笑しながらため息をついた。
「・・・・・・駄目ですか?」
「別に。で、何が『いいのか?』」
「喧嘩腰だったので」
「ああ~それはね、相手の合わせるんだ。対立的で来るのなら、対立的に」
「そういうものなんですか?」
「まぁ、やり方はいろいろだけどね。とりあえず、謝らせた勝ちと思われるからね。この手の事故は」
章也はそういうと転がったままのバイクに目を向けた。車線をひとつふさいで倒れたままのバイクを寂しげな、悲しげな瞳で見つめて。
(この人は…)
寧々は、流された視線を追う様にして横たわるバイクを見つめてから、章也へと視線を戻した。
大事なモノが壊れたような…まるで生き物が息を引き取るさまを見つめるかのような寂しげな表情にドキッとさせられていた。
事故の現場は幾つも見てきた。別に事故を誘発しているわけでもなく、大通りを歩いていればそんなに驚かされるような光景でもない。もちろん、時々は目を背けたくなるような凄惨な事故現場に遭遇することもあるが…。多くは、事故したミスを嘆き悔やんでいる運転者が傍で頭を抱えている光景だ。その光景は、加害者も、被害者も変わらない。そんな光景を。
誰もが溜息をつき、流れていく時間の中で少しでけ自責をして相手の所為にする。それが楽だから。
共通しているのは壊れたモノに対して向ける蔑みとも諦めとも言える視線だった。