意外と一真が戯れに歌った歌が好きだ。それを新九朗がアレンジすると心に響くものがあった。それが何かはわからないけれど、何故か惹かれていた。
新九朗は、意外と初心で純粋なタイプだった。大学に進学したのは、ただ、音楽をしたかったからと笑っていたのが印象的だった。確かに、大学の寮にいて、親の仕送りの中で過ごせば、音楽に集中できるのは間違いが無かった。もちろん、それなりの勉強はしている。勝手する分の自由を確保するための努力も惜しんでいなかった。
話せば話すほどにまっすぐな音楽莫迦、それが新九朗だった。
でも、だからといって、特別に惹かれるものが合ったわけではない。
ただ、なんとなく…そんな始まりだった気がする。
後輩。その応援のためにした行動が、いつの間にかかけがえの無いものに変わっていた。
あれから3年。時がすぎ、心だけが熱く強い絆の中にあると感じていた。
不思議だけど、新九朗のもとに独りで行くのは初めてだった。
新九朗のマンションに行くとき、いつも新九朗が横にいた。勝手に訪れるのは、新九朗の方だった。
そういえば、呼ばれた事も無い。
格好をつけている分、甘えてくる事はほとんど無かった。
それがいいのかどうかはわからないけれど、そんな微妙な距離感も意外と好きだった。
(それにしても、意外と勇気、いるのね)
あかねは、階段で何度も立ち止まりながら、溜息をついては歩みを進めた。
よりによって、そんな感じがある。
新九朗の周りを女性が囲む。それはそんなに気にする事は無い。新九朗がそんなに器用な生き物でない事は知っているのだから。添えられた華をいちいち気にしていたら疲れるだけだし。
でも、今回は違う。
添えられている華が、汚されたいるということに問題がある。
たぶん、新九朗のSOSは、そっちだろう。
あと、問題として捉えておくべきは、新九朗がどうやって助けたかだ。この手の問題で、遺恨を残すのは、本当に助けた相手が違う場合だ。助けられた方は、目の前にある現実だけを真実のように記憶する。そこには、周りの言葉が入り込めない事も多々あったりする。
そんな現状に足を踏み入れることへの不安があった。
(とはいえ…だよね)
あかねは、新九朗の家の前で深呼吸をした。
シャワーの音がしている。
はぁ~。
あかねは、ドアを開けた。鍵もかかっていない。
新九朗がテンパっているのが、こういうことからも判る。
「新九朗?」
「あかねぇ~」
「甘えない」
「すまん」
「いいけど、あれから、ずっとシャワーの中?」
「ああ、怖かったんだろうな」
「教われたらね、トラウマだよ、一種の」
「だよな」
「で、アンタ一人で助けたの?」
「えっ?いや」
キョトンとした顔で新九朗は答えた。
「誰と?」
「一真だよ」
「一真は?」
「たぶん、警察、引っ張られると思うって」
「そう」と、あかねは苦笑を漏らした。一真らしいといえばらしい。意外と一真の行動なら納得できたりするのが不思議なところだった。
「で、どうしよう」
「できることをするだけ、でしょ?」
「まぁ、そうだね」
新九朗は、飼い主が戻ってきたばかりの犬のように何度も頷きながら、あかねを室内にいれた。