第4章 第13話
「もしもし」
『どうしたの?一真』
「いや…面白いボディガードが…俺の会社の前で泣いているけど…どうする?」
孝之に背を向けて歩き出すと一真は、栞に電話をかけた。
『えっ?』
「陣内っていうガキだ」
『坊や?…何しているの?』
「俺に聞くな…お前が泣いていた原因があれか?」
『……うん』
「わるいけど…世話は、しないぜ…」
『……うん…(ありがと…)行くわ…』
「そっか…じゃ、俺は消えるよ…」
『えっ』
「他の男に構っているのを見るのは遠慮したいからね」
『あっ、焼きもち?』
「しらねぇ…」
『莫迦』
「そればっかりだな…お前」
『うん』
「こら、何しているの?」
ガードレールにもたれかかる様にして歩道に座り込んだままの孝之に栞は声をかけた。
「…栞さん」
「いい男でしょ…あたしの恋人」
栞は、そう言うと孝之の前にしゃがみ込み、微笑みかけた。何か伝えるべき言葉を、ずっと探しながらここに来た。何を言えば、すっきりとするのか。孝之にとっても、栞にとっても。でも、その答えは、きっと存在していない。頭の中で考えたところで、相手の思いを汲み取る言葉なんて見付かるわけがなかった。だから、自分の気持ちを、素直に口にした。
「…解りません…」
「そうね…!…あれ?どうしたの?」
栞は、孝之にハンカチを差し出した。口元が切れている。明らかに殴られた痕だと解る。そして、その原因も想像がついた。
「一真に殴られたの?」
「……殴りかかった結果ですけどね」
「そう…」
「………」
「………」
「俺って間違えていたんですか?」
「何が?」
「好きだから幸せにする…では駄目なんですよね」
『好きだから』では、何もならない事がある。思いは、決して一方通行にはならない。だからこそ、相手の思いを汲まなければならない。相手の聞くことのできない思いを。きっと、誰もがその事で思い悩むだろう。偶々、栞の選んだ生き方には、それがないわけではない。ただ、今の栞には、それは選択肢に入っていないだけだった。
「アタシはね…」
栞は、クスッと笑いながら応えた。
だから、それ以上の言葉はいらなかった。言うつもりも無い。孝之と栞の感情が寄り添う事はきっとないだろう。今までもそうだったように、これからも…。
栞のラヴソング 了
第4章 第1話