これも恋物語… 第3幕10 | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

第1章 第5話


「君が、麻生くんか?」

「えっ、はい…」

重厚なトーンで不意に話しかけてきたのは事業部部長柏木士十郎だった。

「この企画書だが…」

パサッと柏木は、千尋の机に企画書と銘打たれた書類を投げ落とした。それは、千尋が組んだ始めての企画だった。主任から係長に預けられた企画書だ。

(やったー)

「これ全然駄目だぜ…」

「えっ」

「企画書の最大の目的はなんだ?」

「それは…」

「色んなものがあると思うけどさ、相手を納得させる事なんだと思う…内部に対しては、質問が出ないように、外部に対しては、知りたい事をワザと質問できるようにする事も大切だろうし、その辺は技法だけどさ…『うん』を引き出せるものを書かないと」

「…すみません」

「いや、謝らなくていいんだよ…でもな、価値観は、人それぞれだから企画をたてる奴が価値を限定したら駄目だと思うんだ…せめて、価値観が高く感じられるように書かないと…」

「はぁ…」

「……例えばさ」

柏木は、千尋の机の上の消しゴムの粕を手で拾い上げた。

「これは、ゴミだけど…」

「はぁ」

「これをゴミと表現しなければ、誰もゴミとは思わない」

「?」

「お前にとっては、これは、消しゴムを使用した時に出るゴミだけど、これを原材料にしている人にとって…どうなんだろう…」

「………」

「お前がゴミと認定したら、これには価値が無くなる…でも材料としたら、これには価値が付く…」

「あっ…!」

「なんとなくでもいいからさ…気が付いたら書き直せ…まだ、大田原は見てないからさ」

「…はい」

それが、柏木との始めての接触だった。

柏木は、社内でも評判の出世頭だった。派閥を持たずに、必要に応じて色々な派閥を渡り歩く習性をもっていた。身のかわしから、蝙蝠と揶揄する者もいたが、結果が全ての社会という世界で、文句の言われない結果を出し続けることで周囲を黙らせていた。

柏木にとって、会社組織は、自分の希望を叶える為のツールに過ぎない。だからこそ、派閥に属さない。それだけだった。派閥に属する必要など何処にもなかったし、逆に派閥に入ることが欲望の足枷になる事を知っていた。

そのアウトロー的な仕事に千尋は引かれた。

一真に背を向けてから、千尋は、何処か冷めた気持ちで恋をしている。一真以上に熱くさせてくれる存在がいないだけだったのだが…。大学を卒業すると年下の恋人は、物足りない存在に変わった。子供子供する相手にさめていったのも事実だった。

大人。それをどう定義すれば良いのかはわからない。ただ、一真は、大学生の頃とは雰囲気が変わっていた。他の男性社員も、学生とは何処か違った。同じ新入社員たちも。それが、大人というものなのかはわからない。ただ、色んな発見が増えた。

その発見を増やしてくれる存在として柏木がいた。

信頼という名の感情は、いつの間にか熱い想いへと移り変わっていった。たぶん、それは特別ではなかったのだろう。それだけ同じ時間を共有している。相手の考えている事が読み取れるようになる。それを恋というのなら、それも恋なのだろう。

新米は、新人の教育係に抜擢されるほどの実力をつけた。無論、部署における能力として、だ。ついでに社会に必要とされる礼儀も身につけさせてもらった。そのどれもが、良い思い出だった。

27歳の秋。一緒に組んだ仕事の帰り、「帰りたくない」と柏木の胸に飛び込み呟いてみた。そこには何気ない嫉妬があった。時間になれば、家に帰って行く男性へ対する嫉妬が。少し生まれる時期がずれただけだ。少し出会うのが遅かっただけだ。それなのに…。そんな想いが何処かにあったのかもしれない。

「俺は、妻子ある身なんだぜ…」

柏木は、少し困ったように苦笑を零しながら、そう静かに言った。

千尋もその答えを待っていた。そうでなければいけないと思っていた。何かのきっかけで、予期せぬ事が起きるにしても、真摯に振舞うべきものだと思っていた。だから、だせる答えはひとつだった。

「わかっています…」

そう、力弱く答えるしかなかった。好きになった人に振られるのは初めてではない。縁というものが無かったのだろう。少し、本当に少しずれただけで、全てが破綻する事がある。何を言ったところで変えられない事実もある。それを素直に受け入れるだけのしおらしさは持っている。

ひとつの恋が終わる。それだけだった。

憧れという名の感情が、現実と虚実の隙間を埋めていた。

「だったら、遊びになるのも承知で言っているのか?」

「………」

千尋は、愁いを帯びた表情で微笑み、柏木にKISSをした。肩に手をかけ、背伸びをして。

「飽きたら、そう言ってくれ…」

この時、この言葉にどんな意味があるのかは解らなかった。ただ、大学以降初めての恋人が、妻子ある相手だった。それだけだった。

スマートな恋愛が常識などというわけでもない。ドロドロとした人間関係の裏側にしか存在できない関係も有る。ただ、周囲の状況が、それを、そう呼ぶだけに過ぎない。だから、自分達だけは、恋人という意識を持ち続けるだけだった。


第1話

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