「花を買いに行こうか」
「……うん」
麻奈は、少し躊躇したように答えた。よく解らない。そんな感じでキョトンとしながら。
そこには矛盾がある。その矛盾は、誰もが何時かは感じものだった。当たり前のようでいて当たり前ではない。そんな矛盾がそこにはあった。無垢な存在だからこそ、いまから多くの疑問を見つけるだろう。いや、今までにも多くの疑問を見つけてきただろう。その中で、幾つもの矛盾を見つけていたはずだ。でも、それを矛盾として理解している事は無い。
健太は、麻奈を見つめる様にして少し考えた。
どう伝えるべきなんだろう。
きっと社会が起こした矛盾が此処に凝縮されている。そう思えて仕方が無かった。
鶏や牛、豚、魚は、殺して食べる事を否定する。でも、買って食べる事は普通の事だ。それは、健太の世界における常識だった。蓄膿家や猟師では、それは普通に行われる仕事として。それを否定する事は無い。それに、肉類は好きだ。だから、かって食べている。
社会のルール。それは、何をさすのだろう。
常識、良識、その何処に境があるのだろう。それらは、育つ時の流れの中で身につけてきたものだ。たぶん、健太の世界でのルールのはずだ。
それを麻奈に押し付けるのは正しいのだろうか。
全てのものに命は宿る。宗教家みたいな事をいう気は無いが、そう感じる事は大切だと思っている。この自分という小さなテリトリーの世界に存在する全てのものに意味がある。全ての想いに意味があるはずだ。不必要なものなど存在していないはずだ。
「あのね…健太」
「ん?」
「大丈夫…えっと……答えは見付かる」
「……そうだな…」
それは、弥生の口癖のようなものだった。
『答えは見付かる』、いま出した答えが必ずしも正解ではない。時の流れの中にいて、感じた、得た情報の中で出した今のベストが、一つの答えであって、それが絶対ではない。少し先の未来では、その答えは変わるかもしれない。その時に、修正すれば良い。間違っていたのなら、頭を下げればいい。そう、あっけらかんとして弥生は言っていた。
「矛盾だね…」
「?むじゅん」
「ああ…矛盾だ」
「?」
「これは良いけど、これは駄目……今は良いけど、後は駄目…、おかしいよね」
「?」
「きっとね…俺は、俺の生活の中で、俺の価値観の中で…」
健太は、空をフッと見上げた。常識、良識……それらは知識に過ぎない。それを人に押し付ける必要は無い。自分はそう感じている。だから、お前もそう感じろ。では、何も変わらないし、意味が無い。自分の考えは、自分だけのものであり、他人に押し付けるものではない。とかく、親は、子に自分の価値観を押し付ける。自分にとっての都合の良さだけを、ごまかして。
「?」
「ごめんな…難しいや、正確に伝えるのって…」
「うん、大丈夫…ママも一杯知らない言葉使った…」
「そっか…」
健太は、麻奈の視線までしゃがみこんだ。
虫を殺す。害虫という定義は誰がつけたのだろう。彼らは彼らで生きているのに。でも、虫を殺す。自分に不利益だから。実に、見事なまでに身勝手だ。でも、それを否定しない。
命を奪ってはいけない。
そう教えられているのに、それに反した事も教えられている。
そこに疑問は生じなかった。周りがそれをしているのだから。
きっと、その人にとっての良識や常識、世界のルールはそうしてつくられるのだろう。
「健太?」
麻奈は、土で汚れた手で健太の顔を自分のほうに向けた。
「ん?」
「大丈夫?」
「ああ……大丈夫」
健太は、麻奈を抱き上げた。この子は、きっと未来へ繋がる光になる。学ぶ事に、早いも遅いも無い。一緒に学んでいけば良い。色々な事を。これから、ゆっくりと。
「一杯、これから一杯、いろんな事を知っていこう」
「?」
「麻奈が知っている事、俺が知っている事、いろいろな疑問を、一緒になって考えていこう…矛盾もその中では、幾つもあるだろうけど……正しい答えが見付からないかもしれないけれど…一緒に考えていこう」
「うん」
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