これも…恋物語(14)inBarD | 気紛れな心の声

気紛れな心の声

気がついたこと 不意に感じたこと とりあえず残してみようって^^…最近は小説化しているけれど、私の書き方が上手くなるように感想くださいね

「おはようございます…チーフ」
「あっ、おはよう…」
哲也は、少し困ったように微笑みながら返事をした。こういう時は女性の方が堂々としているらしい。対応策も思いつかないまま哲也は麻奈に再会した。
「よく眠れたか?」
「ええ…ちょっと驚きましたけど…」
「ん?」
「チーフが、酔った女を捨てていくなんて思ってもいなかったから…」
「…ン、朝まで俺といたかった?」
「総務部の小池さんが見付けてくれなかったら、あたし、駅で凍死していたかも…」
「…まさか…」
「何言っているんですか、酔って凍死するのは都会の方が確率高いんですよ…」と、麻奈は、買ってきた缶コーヒーを哲也に向けて投げた。
冬場の都会の凍死率というのは結構高い。特に酔ってその場で寝てしまった人が翌朝死んでいるというケースは結構少なくない。諸説は色々有るが、眠らない街と呼称される場所ほど路地で誰かが死んでいるのは珍しくないのかもしれない。と、その事を知らないわけではない。だからこそ、絵里の部屋に連れて行ったのだから…。
「あっ、はい、すみません…」
「次からは、部屋に泊めてくださいね…」
(えっ?恋人は…?)
「駄目ですか?」
「いや…そういうわけではないけど…ほら、片付けてないし…」
「冗談です…また駅に置き去りにしたら適わないから…終電に間に合うように帰ります」
「はい…」
「昨日の会議結果まとめておきますね…」
「うん…」
哲也は、麻奈の背を見送った。
ふ~っ。と、溜息をつく頃、絵里から携帯メールが届いた。『駅で寝ていたのでつれて帰ったって言っておいたから』と。
「遅いよ…」
それから数日は、何もなく過ぎていった。それなりに忙しい毎日を過ごして。誰が言いだしたのか、「1月はいく、2月は逃げる、3月は去る」とその言葉通り日々が急速に過ぎていく。誰かが考えたから、そうなったのではないだろうか。と、思いたくなるほどにあっという間に日々は過ぎていく。
ただ、少し違うのは、人事課に呼び出される回数が増えるというくらいだろう。人事考課に人事異動相談、する事は尽きずに色々とあるものだ。

数日後。
ふーっ。哲也は、溜息をつきながら街中を歩いていた。別に何かに不満があるわけではない。何処かで、いつか、選択しなければいけないことがあるのならば、それは、それで仕方がないことだろう。
リストラクチュアリング。それは、普通に行われている。ただ、人減らしと勘違いしている人もいるが決してそういうわけではない。結果、人が減るのも事実だが、大義名分上、それは、それで成り立たない。単純に、事業を再編する事にある。無論、企業として成り立つようにしながら…。その日、哲也にも人事課からの呼び出しがあった。正確には、人事部長が態々部屋まできたのだが……。まぁ、あまり面白い話ではない。
とは、いえ、それを受け入れない。という立場に入られない。少なくとも、自分は、部下の人事考課をする。最終的な判断をするのは統括の責任者だが、チームのデーターを渡すのは自分の役目だった。
会社から駅に向かう道を、不意に曲がる。繁華街の賑わいを横目に、少し静かな感じの住宅街の方へと進んで行くと隠れるように一軒のバーがある。哲也は、その店へと向かった。
重厚な感じのする扉をあけ、店内に入ると、静かな口調で「いらっしゃいませ」と、声をかけてくれる。そのバーテンダーは、チラッとだけ客を見るとすぐに視線を手も共に戻した。どの客にでもそうしている。多分、それがスタンスなのだろう。
哲也は、カウンターの端の席に座ると、バーテンダーを見た。何も言う必要はない。そのうちにちょっとしたおつまみが出され、注文を聞いてくれるだろう。その場所、その場所にある雰囲気を愉しむ、それもバーの愉しみ方のひとつだ。と、教わった事がある。
「いらっしゃいませ…結城様」
「えっ…」
確か名乗った記憶はある。それも、もう何ヶ月も前の事だ。いや、一年は経過しているかもしれない。自分の記憶が正しければ、前にいるバーテンダーが接客をしてくれた、はずだ。だが、それは、客から見ての場合である。バーテンダーが、常連でもない客を覚えているのは少し驚きだった。それとも、印象に残る事でもしたのだろうか。
「何か、お作りしましょうか?」
「……水割りは…」
「お好みのウィスキーはございますか?」
「だるま……が、懐かしいかな」
「かしこまりました…」
バーによっては、水割りを嫌がる店もある。水割りをカクテルというかどうか、という客観的な問題なだけなのだが。水割りは、カクテルではない。という人も少なくない、と、言う事だ。
「それにしても…」
「何か?」
「よく、名前を覚えていてくれましたね……」
「偶然ですけどね…」と、男は屈託のない笑みを零した。
「どうぞ…」
バーテンダーは、グラスを哲也に前に置きながら微笑んだ。
「ありがと…」
哲也は、グラスを手に取ると、少しグラスを揺すり、氷とグラスをぶつけ合って音をならしながら、口へと運んだ。
それからどれだけの時間が過ぎたのだろう。
バーテンダーは、一人の女性客の前に立っていた。