くくるくくぱろま(3) | 土方美雄の日々これ・・・

くくるくくぱろま(3)

朝食後、ベッドで寝ていると、カーテンが開き、担当医の本山先生と小日向先生が、顔を出した。

「どうです、痛みますか?」と、本山先生がいうので、そりゃあ、手術後、ま~だ、1週間しかたっていないので、痛いですよと、心の中ではそう思ったが、「痛いことは痛いですが、耐えられない痛みではありません」と、優等生風の応答をした。

「じゃ、お腹を見せて」といわれたので、パジャマの前をはだけ、アンダー・ウェアーを持ち上げて、ガーゼとビニール・テープで固定された、開腹手術のあとを、見せる。少しだけ、血の混じった液がたまって、ガーゼが変色し、ビニール・テープがパンパンに、膨れあがっている。

「大丈夫のようですね、管を抜いたあとも、しばらくは血の混じった液が出ますので、これは心配しなくてもいいです」と、本山先生。

それから、「あとで、処置室で、ガーゼを取り替えます」といって、本山先生と小日向先生が帰ると、入れ替わりに、栄養士の女性がやって来た。来週から、おかゆではなく、常食になります、という。食事のことで、何か、お困りのことがあるかと聞かれたので、ないと、答える。

あると答えたところで、メニューが替わるわけではないだろうし、それに、実際、朝昼夜の食事に、特に、不満はない。

トイレに行きたくなったので、ベッドの手すりにつかまり、えぃ、やぁと、気合いを入れて、一気に、身体を起こす。激痛が走るが、痛むのは、下腹に力を入れる時だけで、いったん、起きてしまえば、もう大丈夫。

ベッドから降り、トイレに行って、ついでに、エレベーター・ホールに向かう。病棟内では、ここだけで携帯の使用が、認められているのだ。

一応、病室から持って来た携帯の電源を入れて、留守電やメールのチェックをするが、誰からの電話も入っておらず、メールも1件も入っていなかった。どうやら、私がいなくても、誰も困らないらしい。

家に電話をしてみるが、誰も出なかった。まぁ、涼子はずっと家を出たままだし、家には他に、誰もいないんだから、誰かが出たら、逆に恐いが、あるいは、涼子が家に戻っているかも・・という、淡い願望がないといったら、ウソになる。あわれなもんだ。

部屋に戻ろうと、携帯の電源を切る寸前、まさに、その時を狙っていたように、マナーモードにしてある携帯が、ブルブルと鳴った。

「ハイ」

「オレだよ、わかるかい」

そいつは、そういって、あとは沈黙した。

私は、何もいわず、携帯の電源をオフにした。

もちろん、それが誰か、わかっている。しかし、彼が私に電話をしてくるハズがない。彼は死んだのだから。

(続く)