ゴッホ展 | 秀雄のブログ

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先日ゴッホ展(兵庫県立美術館)に行った。「ゴッホ展」は、もう何度目か判然としない。今回も相変わらずの混雑で、ゆっくり観ることができるかしらんと思ったが、初めて利用した「音声ガイド」のおかげもあり、人混みをさほど気にせず、絵の世界に没頭できた。(なお、普段は利用しない音声ガイドを利用したのは、Twitterで「感動」「泣ける」と評判になっていたからである。)
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ゴッホの絵は長い間観ていると好きとか嫌いを超えてくる。モネやルノワールが好きだという感想はとてもよくわかる。特にルノワールは絵の中に幸福感が漂っているから。ルノワールが好きだという同じ意味でゴッホが好きにはならない。同様にゴッホがあまり好きではない、という人の意見もわかる。絵から溢れ出るエネルギーがあまりにも過剰で、37年という短い生涯のたった10年足らずの画業の濃密さが圧迫してくる様で、落ち着きを与えてはくれない。

小林秀雄は「ゴッホの絵は美しい絵でもなんでもない、手紙を読まなければわからないような絵だ」と言っている。

若い頃、恋愛に挫折し、神学校に通うも教育制度に反発し中退してしまう、牧師になろうとしたがなれず、炭鉱労働者に福音を説く説教師になるも免職されてしまう。その頃の手紙にこうある。

「僕の唯一の關心は、どうしたら世間の役に立つ身になれるだろうか、何かの目的に適ふ人に、何か善い事の出来る人になれるだろうか、どうしたらもつと稼いで、一定の題目を深く究める事が出来るだろうか、それだけなのだよ、一途に思ひ込んでゐるのは。ところで、われと我が身を顧れば、貧窮の俘囚で、職にはあり付けず、必要物は手のとどかぬ處に在る。」(第133信)

御存知の様に、その後27歳で画家修行を始め、37歳で自殺するまで、ひたすら描き続けたゴッホの絵は1枚も売れなかった。(正確に言うと最晩年に1枚だけ売れたそうであるけれども。)全く売れない絵をひたすら描き続け、献身的な弟テオに、来る日も来る日も金の工面をお願いしなければならなかった彼の苦悩はいかばかりであったか。

それでも苦悩にみちたゴッホの生涯にあって、テオがいたことは1つの幸福であった。兄をとても尊敬していたテオは、兄を金銭的にも精神的にも支援し、ゴッホがこの世を去ることわずか半年にして、後を追うように死んでしまった。生前兄は弟に次のように書いていた。これらはアルルからのテオへの手紙である。

「現在、僕はまだ、君から受けた利益に値するようないい絵を描いてはいない。だが、もし君の好意に相当するような良い絵ができた時には、それは僕と同様君が生み出したものなのだ。つまり、僕たちは二人で制作しているわけだから。」(第583信)

「一年たってみれば、われわれは二人で一つの芸術的な仕事をしたのだということを、君も感じるだろうと思うよ。」(第555信)

我々が今日見ることができるゴッホの絵の大部分は、兄弟の共同作業、共同制作であった。

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今回の展覧会の目玉は「糸杉」。7年ぶりの来日だという。ゴッホがゴッホらしい絵を描くのはアルルに来てからだが、この独特の厚塗り、ぐるぐると渦を巻くような杉の緑、空の青、雲。「糸杉」は「死」を象徴するとも言う。1889年にこれを描いたゴッホは、そのことを知っていたのだろうか。私はしばらくこの絵の前に立つと、これは死を予感しながら、得体の知れない方向に蜷局を巻いていく、自らの精神を表した「自画像」ではなかったか、という気がした。

この「糸杉」を描いて1年後にゴッホは他界する。(1890年)
死の約1ヶ月前の妹宛の手紙にこうある。

「ぼくは百年たった後にもそのころの人々に生ける幻と思われるような肖像画を描いてみたい。」(W第22信)

100年後の人に観てもらえるように、100年後に愛されるような絵を、と思いながら描いていたゴッホ。





今回の「ゴッホ展」、兵庫県立美術館の来館者は10万人を超えた。





「たとえ物価が高くても南仏に滞在していたいわけは、次の通りである。日本の絵が大好きで、その影響を受け、それはすべての印象派画家たちにも共通…」(第500信)

「日本人は素描をするのが速い、非常に速い、まるで稲妻のようだ、それは神経がこまかく、感覚が素直なためだ。」(同上)

生前憧れていた日本で、自分の絵が沢山の人々に愛される様子を、天国にいるゴッホはどう見ているだろうか。





(参考文献)
・『ゴッホの手紙・上』『同・中』『同・下』硲伊之助訳、岩波文庫
・『ゴッホ書簡全集・第6巻』みすず書房
・『近代絵画』小林秀雄、新潮文庫
・「ゴッホの手紙」(『小林秀雄全集』)
・「ゴッホの墓」(同上)
・「ゴッホの病気」(同上)
・「ゴッホの絵」(同上)
・「『ゴッホ書簡全集』」(同上)
・『新潮美術文庫29 ゴッホ』新潮社
・「ゴッホの日本、私たちの日本」福田和也(『「内なる近代」の超克』PHP 研究所)
・『週刊美術館 ゴッホ』(小学館)





(新型コロナの影響で「ゴッホ展」は現在臨時休館ですが、3月17日から再開されるとのことです。ー14日時点)