覚書2 哲学者との対話~オルテガ・22〈小林秀雄の「歴史」を考える2〉 | 秀雄のブログ

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写真掲載のテキスト『100分de名著 オルテガ・大衆の反逆』で、中島岳志氏は「トポス」を持たないのが大衆だと述べています。「トポス」とはギリシャ語で「場所」の意味ですが、氏によれば「自分が意味ある存在として位置づけられる拠り所のような場所」ということです。

 
結局そのような喪われた「トポス」を回復しようと思えば、私がリブログ記事で申し上げた「歴史」が大切になってくるのではないでしょうか。すなわち自分の存在理由のようなことを考えはじめた時、「自分は何処から来て何処に行くのか」ということに思いを馳せなければならず、アカデミズムの「歴史学」ではなく、自分を知ることに繋がる「歴史」が必要になるからです。
 
ところでオルテガの
 
「大衆とは、善い意味でも悪い意味でも、自分自身に特殊な価値を認めようとはせず、自分は『すべての人』と同じであると感じ、そのことに苦痛を覚えるどころか、他の人々と同一であると感ずることに喜びを見出しているすべての人のことである」
 
という言説は、このブログの世界、あるいはツイッターの世界にこそ、鋭く突き刺さるものではないでしょうか。