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前々回、前回と、吉本隆明と江藤淳の村上龍・村上春樹に対する評価の差異をみてきました。
 
前々回の記事に、ある方からいただいたコメントで
 
「江藤は伝統という所に足をつけ、吉本はあくまで『現在』を解析しレスポンスしなければ」
 
という差異である、との御意見がありました。
 
的確な御指摘だと思います。ここから2人の対談は〈歴史〉は存在するか、という話になります。
 
(引用)
江藤:それは、もうひとついえば、進歩という概念にかかわるのかもしれないという感じがする。吉本さんはおそらく、大江君もそうかもしれないけれども、若い世代や、新しい時代や、そこにおける展開というようなものを何ほどか信じておられるのではないか。私はまったく信じてないのですよ。お恥ずかしいぐらいまったく信じてない。そうかといって、昔はよかったといっているわけじゃないですよ。昔は昔でよくも悪くもないのです。それは私が年を重ねてくるに従ってわかったことです。ー たいしてわかったことはないのですが、昔はよくもない。しかし今もよくもない。じゃ何がいいかといわれれば、別にいいこともない。じゃ、おまえはなぜ生きているか。死ぬわけにもいかないから生きている、というぐらいのことしかないんです。
だから、あいつは日本帝国を理想化しているというようなことをいうヤツがいたら大バカヤロウで、僕は日本帝国はよくも悪くもない、存在すべくして存在し、敗れるべくして敗れたんだろうと思ってますよ。それを復元しようとも何とも思ってないのですが、だからといって、いまが進歩しているとは思えないぞという確信があるのです。
もうひとついえば、歴史ってものが存在するのだろうか。進歩も停滞もないじゃないか。歴史ははたして存在するのか。歴史が存在すると考えたのはいったいだれだろう。歴史という概念は、ヘロドトス以来、旧約聖書以来あるんでしょう。それこそ中国でいえば司馬遷以来どころではない、「春秋」以来あるんでしょうが、歴史とはいったい何だという気持ちがありましてね。そのへんから、そう無責任に言うのではなくて、私が年を重ねてきて今日に至った考えの積重ねからいって、そういうことがちょっと言ってみたくなってくるんです。
 
(引用終わり)
 
人間は縄文時代の昔から、ヘロドトスの昔から、ほとんど何も変わっていません。
 
これが私の人間の見方です。
 
人と人は愛し、憎み、喜び、悲しみ、生まれて死んでいきます。国と国は平和になり、戦争になり、友好関係を結び、敵対関係になり、誕生し、滅亡していきます。その点は進歩もなければ、退歩もない。今の人間が賢いというのなら、昔の人間はもっと賢かったとも言えますし、昔の人間が愚かだというのなら今の人間も愚かだと言えます。
 
そういう意味では、私も吉本隆明や大江健三郎氏と違って、「若い世代や、新しい時代や、そこにおける展開というようなもの」をまったく信じていません。
 
民主主義の時代になれば、オルテガの「大衆」が台頭し、平和の時代になれば、ユベナリウスの「パンとサーカス」に大衆が熱狂し、国防をおろそかにし、惰眠をむさぼり、そして戦が起これば、その国は滅びる。
 
古代ギリシャ・ローマから現代日本まで何も変わりません。
 
 
 
 
つづく
 
 
 
 
 
 
 
 
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